退去要件に当てはまっていれば退去勧告には強制力が認められる
老人ホームへの入所も賃貸アパートや賃貸マンションを借りるときと同じで、入所の際には必ず契約書が交わされます。
退去勧告も、基本的にその契約書に記載されている退去要件に当てはまれば効力があります。
ただし、退去要件に当てはまるか否かの判断が難しいケースもあります。
たとえば、通常は「一般的な介護や接遇では対処・防止できない場合」という退去要件は記載されているものですが、介護職員やほかの入所者の方に暴力や暴言などの迷惑行為があった場合、それがその要件に該当するかどうかは施設側と入所者側で判断が分かれることもあるでしょう。
退去勧告が妥当であるにもかかわらず入所し続けていると、施設側から訴えられることもあります。
90日間の予告期間は設けられる
退去勧告を受けたからといって、すぐに退去しなくてはいけないわけではありません。多くの場合、90日間は猶予が設けられています。
その間に新しい入所先を探すことになるのですが、転居先探しは入所している施設に協力してもらいましょう。
退去勧告を受けたからといって入所している施設と敵対する必要はありません。
むしろ協力してもらうほうが新しい施設をスムーズに見つけることができるでしょう。
協力してもらえば、たとえばどうしても新しい施設が見つからない場合、転居先が決まるまで退去期間を延長してもらえるかもしれません。
それでも見つからないときは、とりあえずショートステイやミドルステイを利用したり、一時的に在宅介護を検討する必要があります。
退去勧告の理由になり得る要件
老人ホームといえば「終の棲家」というイメージがありますが、入居契約をしたからといって「終身利用」が約束されたわけではありません。
一般的な賃貸アパートや賃貸マンション同様、すべては入所時の契約書や重要事項説明書の内容によって決められます。
そのため、入所者側が解約をしたり、事業者側から退去勧告されることも当然考えられます。
契約の際には必ず退去要件や契約解除の内容などを確認しましょう。
具体的な退去勧告の理由には下記のようなものがあります。
費用が払えなくなった場合
老人ホームは公的、民間にかかわらず、国から支払われる介護報酬と入所者の利用料によって成り立っています。
そのため、入所後に経済状態が悪化して利用料の支払いが滞った場合は退去勧告の対象になります。
ただし、すぐに退去勧告されることはありません。
本人に支払い能力がない場合は連帯保証人や身元引受人に請求がいくことになります。
何度か督促しても、それでも支払いがない場合は最後の手段として退去勧告に至ります。
利用料が安い特養などでは支払いの遅延はないと思われがちですが、居住費や食費は自己負担なので利用料の額にかかわらず起こるトラブルです。
医療依存度が上がってしまって施設では対応できない場合
老人ホームには提携している協力医療機関があり、医師や看護師が在籍している施設もあります。
なかには病院と隣接している施設もありますが、老人ホームはあくまでも介護を主体とした生活をする施設なので、あまりにも医療依存度が上がってしまうと退去勧告に至ることがあります。
たとえば、看護師が常駐していても日中だけの場合は、夜間の体調急変などには対応できません。
また、痰の吸引や経管栄養などは講習を受けた介護職員以外はできないので、状況によっては退去勧告の理由になることも考えられます。
そのため、契約時にはどのくらいの医療依存度なら入所を続けられるかも必ず確認しましょう。
長期の入院をしなければならない場合
入所後、長期の入院を余儀なくされた場合も退去勧告の理由になります。
3ヵ月以上が一般的ですが、施設によっては90日~6ヵ月というところもあります。
せっかく入所できたのに復帰できないというトラブルもあるようなので、契約時には長期不在に関することも必ず確認しましょう。
入院が理由なのに退去させられるのは理不尽なように思われますが、3ヵ月を超える場合は復帰するのが難しいという判断からです。
長年、その施設で暮らしてきた方は老人ホームとはいえ自宅と同じですから、せっかく回復しても「戻れない」という精神的なダメージは大きいようです。
他の利用者へ迷惑をかけてしまう場合
ほかの入所者や介護職員に対する暴力や暴言、大声で奇声を発したり、器物を破損するなどの行為も退去勧告の理由になります。
これらの行為は通常の介護方法では対応できないと判断されるからです。
認知症などによる周辺症状が疑われますが、そもそも本人がもっている気質や生活環境の変化によるストレスが原因ということもあります。
本人の気質であるなら、入所前にそのことを施設側に伝え、ほかの入所者との接触はできるだけ避けるなど、適切な介護方法を考えてもらう必要があります。
もし心当たりがあるなら、入所後のトラブルを避けるためにも必ず入所前に相談しましょう。
納得できる退去勧告の理由かを見極め、納得いかなければ公的機関に相談
たとえ退去勧告を受けても、納得ができない場合は安易に受け入れる必要はありません。
まずは施設側にきちんとした説明を求めましょう。
詳しく説明してもらったうえで、退去勧告に正当な理由があるのかを見極め、正当性があると思えるなら素直に従うほかありません。
退去勧告に従わず、不当に入所を続けると裁判沙汰になる可能性もあります。
せっかく入所した施設ですから、簡単に納得できないかもしれません。
そのような場合は第三者を間に入れるのがいいでしょう。
市区町村が設けている苦情相談窓口や、国民健康保険団体連合会(国保連)の担当窓口なら、当事者ではない客観的な立場から解決策を提示してもらえます。
退去が決まったら確認すべきこと
①返還される費用はあるのか
入居一時金を支払っている場合、入居金の償却期間内であるなら残金が戻ってくる可能性があります。
入居一時金は家賃の前払いの意味合いが強いのですが、たとえば償却期間が5年の契約をしているのなら、5年以内の退去ならば未償却分が返還されます。
入居金の返金については契約書や重要事項説明書に記載があります。
入所時に必ずチェックしましょう。
また、わからない部分は施設の担当者に確認し、納得した上で入所することも大切です。
②退去時までに支払わなければならない費用はあるのか
老人ホームの退去に関しても、一般的な賃貸アパートや賃貸マンションと同じように「原状回復」が条件として記載されている場合がほとんどです。
しかし、ここでいう原状回復というのは、経年による自然劣化や損耗などは当てはまりません。
あくまでも入所者による故意や過失によるものですから、普通に生活をしているぶんには追加で費用を請求されることはないでしょう。
それでも気になるなら、多くの施設が参考にしている国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を確認してみることをおすすめします。
老人ホームは必ずしも終身利用できるわけではない
老人ホームは、一度入所すれば亡くなるまで利用できるイメージがありますが、そんなことはありません。
もちろん、何も問題なく過ごせれば「終の棲家」となりますが、退去勧告もあり得ることを覚えておきましょう。
入所時には必ず「退去要件」を確認する必要があります。
退去要件は入所者の権利が不当に狭められない内容になっているはずですが、たとえば暴言や暴力に関する考え方などは施設によって温度差があるのも事実です。
考えたくないかもしれませんが、退去要件まで含め、施設選びは慎重にしたいものです。
また、ご家族も日ごろから施設のスタッフとコミュニケーションを取るようにしましょう。
施設側としっかりと意思疎通ができていれば、いざというときも早めに対処できるはずです。