こんにちは。介護の教科書「メンタル」を担当している、介護者メンタルケア協会代表で、心理カウンセラーの橋中今日子です。
介護と仕事の両立は、これからの日本の大きな課題です。私が代表を務める介護者メンタルケア協会では、「介護と仕事の両立」をテーマとしたセミナーや講演会のご依頼が年々増えています。
対象者は経営者や管理職、人事担当者、産業カウンセラーなどで、当事者はもちろん、雇用者サイドでも介護離職を防ぎたいことがわかります。
その一方で、年間10万人もの人が、介護を理由に仕事を辞めてしまっている現状があります。
特に、働き盛りの40~50代の方が、仕事と介護を抱えて身動きが取れなくなり、力尽きてしまっているように感じています。
私は、理学療法士として病院で勤務しながら、重度身体障碍者の母、認知症の祖母、知的障害の弟の3人を、たったひとりで介護していました。
仕事と介護の両立ができたのは、「やるべきこと」ではなく「減らせること」に注目したからです。
今回は、何をどう減らせばいいか、減らしたりなくしたりしてはいけないものは何かについてご説明します。
「両立」について、多くの人が誤解していること
「介護と仕事」の両立とはどういう状態を指すのでしょうか。
「両立」というのは、状況に応じて比重を変えることです。
学生のときによく言われる「勉強と部活」の両立を例にして考えてみましょう。
勉強と部活の両立とは、定期テストの前日に、暗くなるまで部活に励むことでしょうか?
大切な試合の前に、寝る間も惜しんで勉強することでしょうか?
違いますよね。タイミングに応じて、勉強と部活のウェイトを変えるのが「両立」です。
ところが、「仕事と介護」の両立となると、どちらも同じくらい全力で対応しようとしている人が多いのです。
そこで削られているのが「自分自身の生活」です。
学生が勉強と部活を両立させられるのは、自分自身の生活が家庭で守られているからですよね。
私たちはつい「仕事と介護」の2つだけに意識を向けてしまいがちですが、ベースとなる「自分自身の生活」を加えた3つを両立させることを考えましょう。
ある調査では、介護離職の原因の1位は「職場が両立できる環境ではなかった」ですが、第2位は「自分の心身の健康が損なわれたから」との結果が出ています。
「仕事と介護に意識が向き過ぎて、自分を後回しにして倒れて退職」というのが、介護離職によくあるパターンです。
介護は長期化しやすく、先が見えないので計画が立てられません。
入院などの急なトラブルが起きたときは、介護に全力投球しなければいけないタイミングですが、仕事のことや自分自身のための時間を思いきり優先する時期を意識して取る、このメリハリが大事です。
トラブルに対処する時間を物理的に減らす
仕事を優先したいときや、自分自身の生活リズムを立て直したいときに必要不可欠なのがショートステイです。
「仕事と介護」、そして「自分自身の生活」の3つの両立を難しくしているのが、認知症の方を介護する方に多い早朝・夜間のトラブルです。
例えば、「トイレに何度も起こされる」「早朝深夜に騒ぐ」「汚物の処理や片づけ」といったトラブルは、家族が対応せざるを得ない時間帯に起こりやすくなります。
私たちはこうしたとき、目の前のトラブルに対処することに意識が向きがちですが、ショートステイを利用すれば、トラブルそのものに向き合う時間を減らすことができます。
両立がうまくいっている人は、必ずと言っていいほどショートステイをうまく利用しています。
介護の負担を減らすには、「家で介護する時間を減らす」こと以外にないからです。
私が理学療法士の仕事を続けられたのも、ショートステイを積極的に利用していたからです。
要介護3の祖母、要介護5の母は、それぞれで最大月14日間のショートステイが利用できました。
私の場合、その日数を連続利用することで、自分の意志で思い通りに使える時間をまとめて取るようにしていました。
この期間は残業することも可能ですし、技術を向上させるために勉強したり、飲み会に行って同僚と親交を深めたりすることもできました。
祖母や母が食べやすい食事ではなく、自分の好物を食べたいときに食べられましたし、トイレの世話のために起こされずに眠ることができました。
ショートステイを利用することに慣れてくると、旅行にも行けるようになって、イライラが激減しました。
こうして、心の余裕ができると、ショートステイから戻った祖母と母に、驚くほど優しく接することができるようになったのです。
「本人が嫌がるから」と、ショートステイの利用をためらう人がいます。
しかし、家族の気力や努力、我慢や根性で成り立っている介護は、必ず行き詰まります。
介護殺人や心中事件、介護放棄、遺棄事件は、一人きりで介護を抱え込み、頑張りすぎてしまった末に起きてしまう悲劇だということを心に留めておいてほしいです。
介護が大変なときほど、今の職場で踏みとどまる
介護をしている人の中で「育児・介護休業法」を使ったことがある人はわずか6%です。
調査では、育児・介護休業法を利用しないまま介護離職した人の約60%が「会社に制度がなかった」と回答していますが、これは大きな誤解です。
介護休暇や介護休業は、就業規則になくても、要件を満たしていれば事業主に申し出して取得可能なのです。
デイサービスを使えるようになっても、送迎のタイミングが合わず、正規の就労時間で出退勤できなくなることから退職を決断する人もいます。
退職を決断する前に「所定労働時間の短縮等の措置」制度を利用しましょう。
最大3年間、フレックスタイムにしたり、働く時間を短縮したりすることができます。
勤めている会社がどのような制度を採用しているのか、人事や総務に相談してみてください。
担当者が「過去、制度を利用した従業員がいなかったので、知らなかった」というケースもあります。
「介護をしているけれど、仕事を続けたい」という意思を明確にして相談に臨みましょう。
介護のトラブルに日々対処していると、疲れ果ててしまって「もう仕事を辞めるしかない」という考えが浮かんでくるかもしれません。
でも、介護が大変なときほど、今の職場に踏みとどまってください。
よりよい環境を求めて転職するのも選択肢のひとつですが、トラブルの最中ではなく、状況が落ち着いて冷静な判断と選択ができるようになってから決断しましょう。
長期化しやすい介護で、制度を利用できる期間や日数に限りがあることに不安がある方もいらっしゃるかもしれません。
けれども、期間や日数が決まっていることを生かすこともできます。
私は労働時間の短縮を利用した前職の病院から「3年以内に、フルタイムで働けるように環境を整えて欲しい」と言われました。
職場からの要望を聞いたときは、厳しいと思いましたが、現実的には、「3年」と期間を決めたからこそ、以下のメリットがありました。
- 「この3年は介護を優先して、今後の身の振り方を考える時期」と割り切れた
- ケアマネが「3年以内に施設入居を進めなければ!」と積極的に動いてくれた
- 施設介護への抵抗感はゼロではなかったが、介護のためにまとまった時間を使いきったという実感から、仕事を優先する決断ができた
特に、私の母が施設に入居するときに、ケアマネが介護施設に対して「娘(私)さんが●年●月にはフルタイムでの職場復帰をされる予定です。一人で家族3人の介護は負担が大きく、このままでは離職も余儀なくされます。早期の対応を希望します」と調整に向けて動いてくれたことが大きかったです。
施設へ申し込み後、なんと3ヵ月で母の入居が決まりました。
期限がなければ、ここまでスムーズにはいかなかったでしょう。
まとめ
20年以上介護をしてきて、また、800人を超える介護の相談を受けて感じることは「大変な時期には退職や転職といった重要な決断はしない」ことです。
介護が大変な時期とは、介護のトラブルが起きている時期だけではありません。トラブルは起きていなくても、介護者自身の健康が損なわれるほど疲労が蓄積したときこそが、もっとも大変な時期です。
そのときには、思い切って働く時間を調整したり、ショートステイなどを利用したりすることで介護時間を減らすことを積極的に取り入れて、自分自身の生活と健康を守ってください。