脳の病気や障がいなど、さまざまな原因により認知機能が低下し、日常生活に支障が出てしまう状態を認知症と呼びます。
急速な高齢化に伴い、認知症を患う人は増加の一途をたどっています。2020年の推計によれば、日本において認知症を患う65歳以上の高齢者は約600万人であり、2025年には約700万人、高齢者の5人に1人は認知症を患うと見積もられています。
そのような中、認知症の治療薬に対する関心は国内外でも高く、近年ではエーザイ株式会社が開発した新薬、「レカネマブ」がマスメディアでも広く取り上げられました。
しかし、認知症の患者さんでは、薬の飲み忘れも多く、適切に飲み薬の管理ができない方も少なくありません。そこで、製薬会社は貼付剤(貼り薬)の治療薬開発も進めてきました。
この記事では、新たに製品開発された認知症治療薬「ドネペジル貼付剤」の有効性や特徴をまとめ、メディアでも話題となったレカネマブとの違いについても解説します。
認知症の種類と特徴
認知症は大きく次の4つに分類されています。
- アルツハイマー型認知症
- 血管性認知症
- レビー小体型認知症
- 前頭側頭葉変性症
それぞれ解説していきます。
アルツハイマー型認知症
最も多いのがアルツハイマー型認知症です。アルツハイマー型認知症は、脳の神経がゆっくりと変化し、その正常な機能が徐々に失われていく状態で、症状の進行とともに物忘れが多くなり、日常生活に支障をきたすようになります。
アルツハイマー型認知症による脳神経の変化は、脳内にアミロイドβと呼ばれるタンパク質が蓄積することによって生じると考えられており、近年ではアミロイドβの蓄積を阻害する薬の開発に、高い期待が寄せられています。
なお、マスメディアでも広く取り上げられた新薬、レカネマブはアミロイドβが凝固するプロトフィブリルを取り除くことでアルツハイマー型認知症の進行を遅らせると考えられています。
血管性認知症
アルツハイマー型認知症に次いで多く、主に脳梗塞や脳出血によって脳が直接的に障がいを受けて発症します。血管性認知症は、出血や梗塞の部位によって症状の程度や病状の進行が異なります。また、血管性認知症とアルツハイマー型認知症を同時に発症することもあります。
レビー小体型認知症
手足が震えたり、運動機能が低下し転倒しやすくなる、現実には存在しないものが見えるように感じる幻視(げんし)と呼ばれる症状が特徴です。
蛇足ではありますが、座敷や蔵に住む妖怪、座敷童子(ざしきわらし)をご存じでしょうか。5歳くらいの子どもの姿をした妖怪で、柳田國男さんの「遠野物語」にも登場します。実は、座敷童子が見えるという現象も、レビー小体型認知症による幻視との関連性が指摘されているのです。
前頭側頭型認知症
脳の中でも人格や社会性をつかさどる前頭葉や、聴覚や言語能力をつかさどる側頭葉前方と呼ばれる部位に障がいが発生します。
そのため、スムーズに言葉が出てこない、言い間違いが多い、感情の抑制がきかなくなる、社会のルールを守れなくなるといった症状が出やすくなります。
認知症治療薬の特徴と有効性
いずれの認知症も完全に治す治療法は未だ存在しません。現在では、認知症の病状進行を抑えるコリンエステラーゼ阻害薬やNMDA受容体拮抗薬のメマンチンと呼ばれる薬が用いられています。
分類 | 成分名 | 主な商品名 | 剤形 |
---|---|---|---|
コリンエステラーゼ阻害薬 | ドネペジル | アリセプト | 飲み薬 |
ガランタミン | レミニール | 飲み薬 | |
リバスチグミン | イクセロンパッチ | 貼り薬 | |
NMDA受容体拮抗薬 | メマンチン | メマリー | 飲み薬 |
記憶の形成や、正常な認知機能を維持するためには、脳の神経にさまざまな情報を伝達し続ける必要があります。この情報伝達にはアセチルコリンという物質が関与しており、コリンエステラーゼ阻害薬は脳内のアセチルコリンの濃度を高める働きがあります。
また、アルツハイマー型認知症の患者さんでは、脳内のグルタミン酸神経と呼ばれる部位に異常をきたすことが知られています。メマンチンはグルタミン酸神経の活性化に関与するNMDA受容体という部位に働きかけることで、神経の異常を抑えると考えられています。
ただし、メマンチンは中等度から高度のアルツハイマー型認知症の患者さんにしか用いることができません。
新しい剤形のドネペジル
表に記した通り、認知症の治療薬はリバスチグミンを除いて、すべて飲み薬です。一方、リバスチグミンは皮膚から薬剤成分が吸収されるように設計された貼付剤(貼り薬)です。
認知症を患うご高齢の方では、飲み薬を決まった時間に毎日飲むことが難しく、飲み忘れてしまうことも少なくありません。
介護にあたっているご家族が薬の管理をしている場合でも、患者さん本人が薬を飲むのを嫌がることもあるでしょう。また、認知症が進むと飲み込む能力(嚥下能力)が低下することも多く、飲み薬では治療が難しい患者さんも少なくありません。
貼付剤は飲み忘れが多い方、薬を嫌がる方、薬が上手く飲み込めない方にも、容易に使用することができ、薬を適切に使用できる可能性が高まります。
実際、海外で行われた研究データによれば、薬を適切に使用できる確率は、ドネペジルの飲み薬よりも、リバスチグミンの貼り薬で高いことが報告されています。
その中で、これまで飲み薬しかなかったドネペジルに、新たに貼付剤が登場することとなりました。
「アリドネパッチ」の商品名で開発されたこの薬は、日本初のドネペジル貼付剤で、2022年12月23日に厚生労働省より製造販売の承認を得ました。発売は2023年4月に予定されています。
アリドネパッチは1日1回の貼付で、飲み薬のドネペジルと同等の効果が期待でき、飲み薬の服用が難しかった患者さんでも容易に使用できるメリットがあります。
注目を集めるレカネマブとの違い
レカネマブは、アルツハイマー型認知症の原因と考えられているアミロイドβと呼ばれるタンパク質に作用する薬で、コリンエステラーゼ阻害薬やNMDA受容体拮抗薬とは異なる作用メカニズムで認知症の病状進行を抑えます。なお、レカネマブは飲み薬や貼付剤ではなく注射剤です。
レカネマブは2023年1月6日付で、米国食品医薬品局より迅速承認を取得しており、日本においても承認申請がなされています。2023年3月時点では継続審議中となっておりますが、近い将来にレカネマブが実用化される可能性は高いと思います。
認知症治療薬の考え方
レカネマブやアリドネパッチに限らず、現在までに開発された認知症の治療薬は、病状進行を抑えるものであり、認知症そのものを治癒させるわけではありません。
また、病状進行の抑制に対する有効性も、必ずしも大きな効果ではありません。患者さんそれぞれの状況や、病状の程度によっても異なります。
認知症の治療薬については、新薬だから効果的というわけでなく、患者さんの生活環境に適した薬を使うことが大切です。認知症の治療で不安に思うこと、気になることがありましたら主治医の先生やかかりつけの薬剤師に相談しましょう。
【参考文献】
厚生労働省. みんなのメンタルヘルス総合サイト.認知症
アルツハイマー病治療薬 レカネマブの効果と副作用は?
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