2021年6月、アルツハイマー病の新薬「アデュカヌマブ」が、米食品医薬品局(FDA)から条件付きで承認されました。認知症治療薬としては約10年ぶりの新薬となります。 ※米食品医薬品局(FDA):日本の厚生労働省に似た役割をもつアメリカ合衆国の政府機関
今回は、既存の認知症治療薬との違いなどを中心にご紹介いたします。第41回で既存の認知症治療薬について紹介しているのでそちらもご覧ください。
既存の認知症治療薬は4種類
2021年7月現在、認知症の治療薬として承認を受けているのは、コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル塩酸塩、ガランタミン臭化水素酸塩、リバスチグミン)と、NMDA受容体拮抗薬(メマンチン塩酸塩)の4種類です。
私たちの脳では、多くの神経細胞がネットワークを組み、絶えず信号を送っています。その信号を送る際に必要な神経伝達物質の一つがアセチルコリンです。認知症の人は信号を伝達するのに必要なアセチルコリンが十分ではない人が多いことがわかっています。伝達に必要なアセチルコリンの減少を防ぐための薬が、コリンエステラーゼ阻害薬です。
また、NMDA受容体拮抗薬(メマンチン塩酸塩)には、脳内で神経細胞を興奮させる神経伝達物質(グルタミン酸)の働きを抑えることで、神経細胞の障がいを防ぐ作用があります。既存のコリンエステラーゼ阻害薬、NMDA受容体拮抗薬は、認知症を根本的に治療する薬ではなく、進行を遅らせる薬であるという点が特徴です。
新薬「アデュカヌマブ」の特徴
アルツハイマー病の原因は完全には解明されていませんが、脳の神経細胞の外側にタンパク質のゴミ(アミロイドβ蛋白)が溜まり、老人班と呼ばれるシミのようなものができることがわかっています。
また、30年以上もの年月をかけて、神経細胞内で「タウ蛋白」という物質が変化し、やがて脳の神経細胞が死んでしまうと考えられています。これがアルツハイマー病発症の機序(仕組みやメカニズム)だと言われています
このたび承認された新薬アデュカヌマブは、アルツハイマー病の進行に対して本源的な変化をもたらす可能性を持つと言われている新しい機序の治療薬です。
アデュカヌマブはタンパク質のゴミ(アミロイドβ蛋白)をつくらないだけでなく、溜まってきたゴミを掃除する作用を持ちます。ゴミが溜まらなければ、その後の神経細胞死も減少するはずなので、夢の新薬との期待が高まっています。
しかし、手放しで喜べない点もあります。今回のアデュカヌマブの承認に対して、否定的な専門家が一定数いることも事実です。というのも、今回FDAはアデュカヌマブについて臨床的なデータが十分ではないけれど、効果が期待できるとして「迅速承認」を行いました。
迅速承認とは、重篤で、生命にかかわる疾患に用いる新薬を対象とした制度です。皆さんの記憶にも新しい新型コロナウイルス治療薬のレムデシビルも迅速承認の薬の一つです。
迅速承認された薬は、その後も臨床試験を実施し、実際の効果を確認する必要があります。試験結果によっては承認が取り消されることもあります。
つまり、「今の時点では100%の有効性を実証することはできないけれど、効果が期待できるので少しでも早く世に出して患者さんに使ってもらいましょう」というようなイメージになります。
このような点から、今回FDAはアデュカヌマブに対して条件付きでの承認をしました。
アデュカヌマブの具体的な使用について
米国で承認されたアデュカヌマブは、4週間に1回注射で行われます。年間薬剤費は5万6,000ドル(約613万円)と、とても高価な薬剤になります。
アデュカヌマブの適応は、アルツハイマー病の人になります。また病期としては軽度認知障がい(MCI : Mild Cognitive Impairment)の人、軽度アルツハイマー型認知症の人が対象となっています。これよりも早期の人や、後期段階の人には安全性や有効性がわかっていません。
2021年7月時点で、日本での承認や販売時期については未定です。米国での臨床試験結果などを踏まえたうえで、承認するか否かが判断されると思います。
薬以外の治療も大切
認知症になっても、必ずしも薬が必要な人ばかりではありません。薬を使わずに行う非薬物療法でも、十分に質の高い生活を送れている人もいます。
一人ひとりにあった治療やケアを考えながら、周囲がその人のことを尊重しながら寄り添っていく姿勢が大切ですね。
※本記事を執筆するにあたり、製薬企業などから一切の利益供与はありません。