意外に思われるかもしれませんが、私が代表を務める介護者メンタルケア協会には「要介護者の生活音が辛い」というご相談がとても多く届きます。
相談者の多くが「音ぐらいで辛いなんて、自分は甘えている」と自分を責めていらっしゃいます。しかし、生活音にストレスを受けてしまうのはごく自然なことです。
特に聴力が低下している高齢者の場合は、テレビのボリュームを上げたり、力の加減がうまくいかずにドアを激しく開け閉めしたりと、生活音が大きくなり、受け手のストレスも大きくなります。
今回は、「音疲労」による介護疲れのケースと対処法を紹介します。
【事例】一人暮らしをする父親が心配で同居したケース
【50代・男性 会社員Aさん】
Aさんは数年前から、80代の父親と同居を始めました。
父親は耳が遠いものの、一人暮らしができていました。しかし、ゴミ出しや買い物などの家事が少しずつ負担になってきていました。
そこでAさんは、父親の自立した暮らしを守るために同居した方が良いと判断しました。
最初は問題なく同居できていたのですが、次第に「音」に悩まされるようになりました。父親は夜中に何度もトイレに行き、廊下を歩く足音や杖の音、ドアを強く開け閉めする音に悩まされました。そのたびに目が覚めてしまいます。明け方、Aさんがようやくウトウト眠りかけたかと思うと、朝の5時にはテレビの音が響きだすという毎日です。
Aさんは最近、父親が食事するときのカチャカチャという食器音が耳につき、イライラするようになりました。そのたび「こんな些細なことでイライラするなんて、俺がおかしい」と自分を責めたり、「静かに食べろよ!」と怒鳴ったりと、自分の気持ちや行動をコントロールできなくなり、どうしていいかわからなくなってしまったのだそうです。
「音疲労」は精神論では解決しない
Aさんのように、家族と同居を始めたり、高齢の家族との生活リズムが違う状況では、誰しもストレスが溜まりやすいものです。
生活音がその要因になるのは、珍しいことではありません。脳は、耳から聞こえてくる音を、必要なものとそうでないものに振り分けています。しかし、このフィルター機能は、長期的に小さなストレスが続いた結果として起きる「脳疲労」や、寝不足などの身体疲労によって機能が低下します。
脳が疲れきっていると、フィルターが機能せず、今まで気にならなかった家族の生活音が不快な刺激になってしまうのです。
これは、我慢という精神論では解決できません。耐えかねた方からは「音を出させないためにどうすればいいか?」という相談を受けることもあります。
しかし、高齢者の生活や行動を変えるには、部屋に閉じ込め、さらにベッドに縛り付けるようなことをしなければなりません。現実的ではないうえ、介護虐待とも見なされる、あってはならないことです。

対処法は、物理的に離れること
私自身も、認知症の祖母が夜中にトイレにいく足音や水の音で目が覚めて、音がするたび、動悸がして眠れなくなり、怒鳴ってしまった経験があります。
この苦しい状況を打開できたのは「物理的に音から離れる状況をつくった」からです。
まず、デイサービスの利用回数を増やし、ショートステイを利用して祖母が自宅で過ごす時間を物理的に減らしました。同時に、私も介護する家から離れてビジネスホテルに宿泊し、自分のリズムで寝起きする時間、読書に集中する時間をつくるようにしていきました。
心の健康には、自分が一人になれる時間が必要だといわれています。ただ、自室があっても、人の気配や物音が直接に伝わる環境下では「一人の休まる時間」をつくるのは難しいものです。
このような場合には、できるだけ家を出て、自分が快適に過ごせる場所をつくることをおすすめしています。
図書館や公園、社会人大学の講座など、自分が心地よく過ごせたり、熱中できる時間を意識的に増やしていきましょう。
ほかにも、道具で解決する方法もあります。ノイズキャンセリング機能があるヘッドホンを使って読書をする、動画配信を観るといった方法です。生活音のすべてをシャットアウトすることはできませんが、音刺激を弱め、何かに集中することで生活音の影響を和らげることができるでしょう。
介護保険の申請をして、根本的な負担を減らす
Aさんは「父親は自立できている、自分は介護というほど大げさなことはしていない」と、要支援・要介護申請をしていませんでした。
しかし、父親はすでにゴミ出しや買い物などの家事が負担になっています。詳しい状況をお聞きすると、畳から立ち上がるのにも時間がかかり、家の中を歩くときにも杖が必要な状態でした。
そこで、介護保険の申請をしてみるようにアドバイスしたところ、要支援2と判定が出ました。Aさんは、自立しているように見えた父親の状態も「支援状態の一つだ」と知り、驚いたそうです。
要支援2の判定がでたことで、父親は運動やリハビリに特化したデイサービスへ週2回通えるようになったほか、宅食などの介護保険外サービスを併用することで、Aさんの負担は大幅に減りました。すると、父親の生活音への不快感が和らいだといいます。
「こんなことぐらい、と思っていた家事も自分の負担になっていたんですね。すべてを解決できたわけではないけれど、自分がダメだからイライラするんじゃないとわかって、余裕が生まれました」と話してくれました。

橋中からの直接のお返事、対応はできませんが、みんなの介護の記事や当協会が配信している無料メルマガで解決策についてお伝えしていきます。
皆さんが介護で経験されていること、対策を取られていることを介護者メンタルケア協会の問い合わせフォームでぜひ教えてください。こちらの「介護の教科書」の記事でお答えできればと考えています。
「職場が介護の状況を理解してくれない」「何度も同じことを言われて怒鳴ってしまう」 といった日々の介護の悩みについては、拙書『がんばらない介護』で解説をしています。ぜひ、手にとって参考にしてほしいです。