介護施設から自宅に戻るためのステップと手続き
介護施設から自宅へ戻る際には、いくつかのステップを踏む必要があります。退所のタイミングの見極めから、施設との調整、関係者との会議まで、計画的に進めることが大切です。
退所を検討すべきタイミングと判断基準
介護施設から自宅へ戻ることを検討するタイミングは、一人ひとりの状況により異なります。心身の状態が安定し、在宅での生活が可能と医師が判断した場合が一つの目安でしょう。
在宅復帰のメリットとして、住み慣れた環境での生活は精神的な安定につながりやすく、家族との時間を大切にできる点が挙げられます。自分のペースで生活でき、好きな時間に食事をしたり、趣味の時間を持てたりするのも魅力です。
一方で、24時間体制の見守りが難しくなり、家族の介護負担が増える可能性があります。また、緊急時の対応に不安を感じる方も少なくないでしょう。
退所を決断する際には、介護支援専門員(ケアマネジャー)や医師、施設スタッフなど、他職種との十分な相談をすることが必要です。
本人の身体機能や認知機能、必要な医療的ケアの内容、家族の介護力、住宅環境などを総合的に評価し、在宅での生活が継続可能かを慎重に判断します。
施設との調整と契約解除・退所手続き
退所の方向で進めることになった場合は、一般的には以下のような手順で手続きを進めていきます。
- 施設側に早めに伝える
退所の申し出期限は、施設の種別や契約内容によって異なります。多くの民間施設では「退所希望日の○日前まで」といった予告期間が定められていますが、公的施設では別途手続きが必要な場合もあります。契約書や運営規程を確認し、余裕を持って手続きを進めましょう。
- 施設との調整
退所日の決定に加え、これまでの介護記録や医療情報の引き継ぎについて打ち合わせます。服薬内容や注意すべき症状、日常生活での留意点など、在宅生活に必要な情報を詳しく聞いておくとよいでしょう。また、実際のADL状態の確認やステークホルダーとの連絡体制などIADLに関連する確認も必要です。
- 契約解除の手続き
ここでは利用料金の精算を行います。月途中での退所の場合、日割り計算になるのか、それとも月単位での精算になるのかは施設により異なるため、事前に確認が必要です。また、預けていた預かり金や保証金の返還についても、返金時期や方法を確認しておきましょう。
- 施設を退所
施設で使用していた私物をすべて持ち帰ります。衣類や日用品はもちろん、居室に置いていた家具や電化製品なども忘れずに引き取りましょう。施設によっては、退所後に私物を一定期間保管してくれる場合もありますが、基本的には退所日までに引き取るのが原則です。
在宅復帰に向けた引き継ぎ・支援担当者会議の実施
在宅復帰をスムーズに進めるため、退所前に支援担当者会議を開催するケースが多いです。この会議には、本人と家族、施設の担当者やケアマネジャー、在宅サービスを担当する訪問介護事業所や訪問看護ステーションのスタッフなどが参加するのが一般的です。
会議では、施設での生活状況や介護内容を詳しく共有します。食事や排泄、入浴などの介護方法、移乗の際の注意点、服薬管理の方法など、日常生活にかかわる具体的な情報を引き継ぎます。
また、本人の好みや生活習慣、コミュニケーションの取り方なども伝えておくと、在宅介護がスムーズに始められるでしょう。
在宅復帰後のケアプラン作成も、この会議の重要なテーマです。どのような在宅サービスをどの頻度で利用するのか、緊急時の連絡体制はどうするのかなど、具体的な計画を立てます。
介護保険サービスだけでなく、地域の見守りサービスやボランティアの活用なども検討すると、より安心な在宅生活につながります。
可能であれば退所前訪問も行っておくとよいでしょう。施設のスタッフや在宅サービス担当者が自宅を訪問し、住環境を確認します。段差の有無、トイレや浴室の使いやすさ、介護スペースの確保など、実際の生活を想定しながらチェックすることで、必要な住宅改修や福祉用具の準備を的確に進められるでしょう。

自宅介護を続けられる環境整備とサービス利用のポイント
在宅での介護生活を安全に続けるには、住環境の整備とサービスの活用が欠かせません。介護保険制度を利用することで、費用負担を抑えながら必要な支援を受けられます。
自宅のバリアフリー化と住宅改修の進め方
介護施設から自宅に戻る際には、住みやすい安心・安全な住環境づくりの観点が必要です。段差のある玄関、滑りやすい浴室、手すりのない階段など、日常生活で危険な箇所は早めに見直し、必要時には住宅改修も手段の一つです。
介護保険の住宅改修制度を利用すれば、改修費用の負担を大幅に軽減することができます。支給限度基準額は20万円で、要支援や要介護の区分にかかわらず定額です。ただし、20万円を超えた場合は実費負担となるため注意が必要です。
利用者は1割から3割の自己負担で改修が可能になります。例えば1割負担の方なら、20万円の改修に対して2万円の自己負担で済むでしょう。
住宅改修の対象となるのは、手すりの取り付け、段差の解消、滑りにくい床材への変更、引き戸への扉の取り替え、洋式便器への取り替え、そしてこれらに付帯する工事です。2000年12月以降は、玄関から道路までの屋外での工事も対象に含まれるようになりました。
申請の流れは、まずケアマネジャーに相談することから始まります。住宅改修が必要な理由書を作成してもらい、工事業者または、仲介として窓口になってくれる福祉用具の担当者から見積もりを取得します。
その後、改修前の写真や図面とともに市町村に申請書類を提出し、承認を得てから工事に着手するのが一般的な流れです。工事完了後は、領収書や工事内訳書、改修後の写真を提出することで、費用が償還払いで支給されます。
なお、要介護状態が3段階以上の認定が降りた場合や住居を転居した場合は、20万円を上限として支給限度基準額が設定されます。

福祉用具・介護用品の選び方と費用負担
介護ベッドや車椅子、歩行器などの福祉用具は、在宅介護を支えるアイテムです。購入すると高額になりがちですが、介護保険の貸与制度を利用すれば、月額1割から3割の自己負担でレンタルできます。
福祉用具貸与の対象は13品目に定められています。具体的には、以下の通りです。
- 車椅子
- 車椅子付属品
- 特殊寝台(介護ベッド)
- 特殊寝台付属品
- 床ずれ防止用具
- 体位変換器
- 手すり
- スロープ
- 歩行器
- 歩行補助つえ
- 見守りセンサー
- 移動用リフト
- 自動排泄処理装置
要介護度によって利用できる品目に制限があります。車椅子や特殊寝台、床ずれ防止用具などは、要介護2以上でなければ原則として保険給付の対象になりません。ただし、身体状況などから必要性が特に認められた場合には、「特例給付」により、要支援1・2や要介護1の方でも利用できる場合があります。
2024年4月の制度改正により、これまでレンタルのみだった一部の福祉用具は、購入も選べるようになりました。固定式のスロープ、固定式または交互式の歩行器、一部の歩行補助つえがその対象です。
利用期間の見通しや身体状況の変化を考慮し、レンタルと購入のどちらが適しているかを専門家と相談しながら決めましょう。
一方、ポータブルトイレや入浴補助用具など、再利用に心理的抵抗感があるものは特定福祉用具として販売対象になります。年間10万円を上限に、1割から3割の自己負担で購入が可能です。
福祉用具専門相談員が利用者の状態に合わせた適切な用具を提案し、取り付けや調整も行ってくれるため、安心して利用できるでしょう。
訪問介護・訪問看護など在宅サービスの利用手順
自宅介護を続けるには、訪問介護や訪問看護、通所リハビリテーションなど、複数の介護事業所サービスを組み合わせることもあります。これらのサービスは介護保険制度のもとで提供され、ケアマネジャーが作成するケアプランに基づいて実施されます。
訪問介護(介護保険制度における指定訪問看護ステーションのサービス提供)では、ホームヘルパーが自宅を訪問し、食事や排泄、入浴などの身体介護や、掃除や洗濯、買い物などの生活援助を行います。
訪問看護は、看護師が自宅を訪問し、医師の指示に基づいて療養上の世話や診療の補助を行うサービスです。
訪問看護の基本報酬は、訪問時間に応じて変わります。ある地域では訪問看護ステーションの場合は以下の通りです。
- 20分未満:314単位
- 30分未満:471単位
- 30分以上1時間未満:823単位
- 1時間以上1時間30分未満:1,128単位
ただし、20分未満の訪問については所定の算定要件を満たす必要があり、また提供主体(訪問看護ステーション/病院など)や地域単価、加算・減算の有無によって実際の金額は変わります。 単位あたりの金額は地域区分で異なり、概ね10円前後となることが多く、利用者は1割~3割を自己負担します。
訪問介護・訪問看護サービスを利用する際も、まずケアマネジャーへの相談から始まります。本人の状態や家族の希望を伝え、必要なサービスの種類や頻度を検討しましょう。
訪問看護では介護保険だけでなく、医療保険を併用できる場合もあります。厚生労働省が指定する難病を持つ方や、主治医から特別訪問看護指示書が出された場合などが該当します。
介護家族の不安を軽くするための支援制度
在宅介護を続ける中で、多くの家族が介護疲れや費用負担に悩んでいたり、高齢者本人も再入所への不安を抱えているケースがよくみられます。しかし、利用できる支援策や制度を知ることで、これらの不安を軽減ですることができます。
家族の負担を軽くする支援制度と相談窓口
在宅介護では家族の肉体的・精神的負担が大きくなりがちですが、制度的支援を活用すれば無理なく介護負担を軽減できます。最も身近な相談窓口が地域包括支援センターです。
地域包括支援センターは、高齢者やその家族の総合相談窓口として、全国に設置されています。2024年4月現在、全国で5,451ヵ所が設置されており、ブランチ(支所)を含めると7,362ヵ所に上ります。
地域包括支援センターでは、介護サービスの利用方法だけでなく、権利擁護や虐待防止、認知症支援など、幅広い相談に対応しています。どこに相談すればよいかわからない場合も、まずは地域包括支援センターに連絡すれば、適切な窓口を紹介してもらえます。
家族介護支援事業として、多くの自治体が家族介護慰労金制度を設けています。自治体により制度の有無や金額が異なるため、お住まいの市区町村に確認してみましょう。
介護保険・医療保険を組み合わせた費用対策
在宅介護では、介護保険と医療保険を組み合わせることで費用負担を抑えられます。特に重要なのが、高額介護サービス費制度と高額療養費制度の活用です。
高額介護サービス費制度は、1ヵ月の介護サービス自己負担額が一定の上限を超えた場合に、超過分が払い戻される仕組みです。上限額は世帯の所得状況により異なります。
生活保護を受けている世帯は月額1万5,000円、世帯全員が住民税非課税で年金収入等が年間80万円以下の場合は個人で月額1万5,000円、世帯で月額2万4,600円が上限です。
世帯全員が住民税非課税の場合は月額2万4,600円、住民税課税世帯は月額4万4,400円が基準となります。
2021年8月の制度改正により、高所得者については課税所得に応じて上限額が細かく設定されています。世帯がどの上限額に当てはまるのか事前に確認しておくことも必要です。
これらの制度に加え、高額医療・高額介護合算療養費制度もあります。これは、毎年8月1日から翌年7月31日までの1年間にかかった医療保険と介護保険の自己負担額を合算し、定められた限度額を超えた場合に、その超えた金額が払い戻される制度です。
これらの制度は介護と医療の両方が必要な方にとって、大きな負担軽減になります。どのような制度を活用できるのか不明な場合は、ケアマネジャーや相談窓口に問い合わせてみましょう。

一時帰宅や短期での在宅復帰の進め方と家族ができること
介護施設から完全に退所するのではなく、一時帰宅や短期間の在宅復帰を選択する方法もあります。本人の状態や家族の状況に応じて、柔軟な対応を考えることが大切です。
一時帰宅は、施設に入所しながら週末や祝日などに自宅へ戻る方法です。多くの施設では事前に申請することで外泊が可能になります。
外泊時には、施設で使用している薬や必要な介護用品を持ち帰ります。食事や排泄、服薬など、日常生活で注意すべき点を施設スタッフから詳しく聞いておくと安心です。万が一のときの連絡先も確認し、緊急時には施設や医療機関に相談できる体制を整えておきましょう。
一時帰宅を何度か繰り返すことで、本人は住み慣れた環境で家族と過ごす時間を持つことができ、家族も介護に慣れていくことができます。完全な在宅復帰の前段階にもなるでしょう。
短期での在宅復帰は、数週間から数ヵ月程度の期間を自宅で過ごし、その後の生活を判断する方法です。在宅での生活が可能かどうかを実際に試してみることで、より現実的な判断ができます。
短期での在宅復帰を成功させるポイントは、無理をしないことです。24時間の介護体制を家族だけで担おうとすると、すぐに疲弊してしまいます。デイサービスやショートステイを組み合わせ、家族の休息時間を確保することが長く続けるコツです。
また、あわせて家族ができることとして、住環境の整備が挙げられます。段差や手すりの有無など、自宅の安全性を改めて確認しましょう。簡易的な対応として、滑り止めマットを敷く、照明を明るくする、動線上の障害物を取り除くなどの工夫も有効です。
あわせて、可能であれば近隣住民への共有も行っておきましょう。一時帰宅や在宅復帰について近所の方に伝えておくと、見守りの目が増え、緊急時に助けを求めやすくなります。
まとめ
介護施設から自宅に戻るには、施設との調整、関係者会議など、計画的な準備が必要です。住宅改修や福祉用具の活用、在宅サービス、自治体独自で提供しているサービスを組み合わせることで、安全な在宅生活を送ることができます。
高額介護サービス費制度などの費用対策や、地域包括支援センターへの相談も活用しましょう。一時帰宅や短期での在宅復帰から始めることも選択肢の一つです。本人と家族にとって無理のない形を、専門家と一緒に探っていきましょう。
