褥瘡(じょくそう)は一般的に「床ずれ」と呼ばれ、高齢者の介護において特に注意が必要な症状です。
日本褥瘡学会の定義によると、「身体に加わった外力は骨と皮膚表層の間の軟部組織の血流を低下、あるいは停止させる。この状況が一定時間持続されると組織は不可逆的な阻血性障害に陥り褥瘡となる」とされています。
寝たきり状態や車いすでの長時間の座位により発生しやすく、一度発症すると治療に時間がかかり、重症化すると生命に関わる危険性もあります。
実際、褥瘡は24時間という短時間でも発生することがあり、「昨日までなかったのに、今日になって皮がむけている」といったケースも少なくありません。
なお、日本褥瘡学会の実態調査委員会の調査「療養場所別自重関連褥瘡と医療関連機器圧迫創傷を併せた『褥瘡』の有病率,有病者の特徴,部位・重症度」によると、褥瘡の推定発生率は、一般病院で0.37%から1.34%、介護保険施設で0.58%から0.83%、訪問看護ステーションで0.91%とされています。
褥瘡(床ずれ)の4つの原因とメカニズム
褥瘡の発生には主に以下4つの原因が複雑に絡み合っています。
- 圧迫
- 摩擦
- 不潔・蒸れ
- 栄養不足
圧迫
褥瘡の最も基本的な原因は、同じ部位への持続的な圧迫です。
健康な人であれば、無意識のうちに体の向きを変えて圧迫を避けていますが、寝たきり状態や意識レベルが低下している場合は、この自然な体動が制限されてしまいます。
圧迫による褥瘡は、まず皮膚と骨の間にある軟部組織が圧迫されることから始まります。この状態が続くと、圧迫された部分の血流が悪くなり、組織への酸素や栄養の供給が低下します。その結果、組織が壊死(えし)を起こし始め、表面から徐々に深部へと損傷が進行していきます。
特に注意が必要なのは、圧迫される面積が小さいほど単位面積あたりの圧力は強くなるという点です。
例えば、シーツや衣服のシワによる局所的な圧迫は、一見些細に見えるかもしれません。しかし、その小さな面積に大きな圧力が集中することで、予想以上に深刻な褥瘡を引き起こす可能性があります。
また、痩せている方は褥瘡のリスクが特に高くなります。
これは、皮膚と骨の間のクッションとなる脂肪が少ないためです。骨が突出しやすい体型では、その部分に局所的な圧迫が起こりやすく、さらに全身の栄養状態が低下していることも多いため、褥瘡が発生しやすい状態となってしまいます。
摩擦
二つ目の原因である摩擦は、日常的な介護動作の中で起こりやすい要因です。
例えば、ベッドでの体位変換時や車いすへの移乗時に、皮膚が擦れることで発生します。
特に注意が必要なのが、ベッドの上げ下げ(ギャッジアップ)時の摩擦です。
ベッドを上げた状態で時間が経過すると、徐々に体が足元方向へずり落ちていきます。このとき、皮膚が継続的に引っ張られ、傷つきやすい状態になってしまいます。
車いすに座っている場合も同様の問題が起こります。
姿勢が崩れて前方へずり落ちていく際、お尻や背中の皮膚に継続的な摩擦が生じます。この状態を放置すると、表面から少しずつ皮膚が傷つき、最終的に褥瘡へと発展していく可能性があります。
このような摩擦による皮膚損傷は、圧迫と組み合わさることで、より深刻な褥瘡を引き起こす原因となります。
不潔・蒸れ
三つ目の原因である不潔・蒸れの問題は、特に排泄介助が必要な方に多く見られます。
皮膚は本来弱酸性に保たれていますが、汗や尿、便による汚れが長時間放置されると、皮膚のpHバランスが崩れ、防御機能が低下してしまいます。
また、おむつ内部は蒸れやすい環境にあり、皮膚がふやけた状態が続くと、わずかな摩擦や圧迫でも傷つきやすくなります。
夏場は特に注意が必要です。気温と湿度が高くなることで発汗が増え、皮膚が常に湿った状態になりやすくなります。
また、冬場は暖房使用により室内が乾燥するため、皮膚の乾燥を防ぐケアが重要になってきます。
このように、季節によって皮膚の状態は大きく変化するため、その時々に応じた適切なスキンケアが必要です。
栄養不足
四つ目の原因である栄養不足は、褥瘡の発生と治癒の両方に大きく影響します。
十分な栄養が摂取できない状態が続くと、皮膚の弾力性が低下し、外部からの刺激に弱くなります。
特にタンパク質が不足すると、皮膚の再生能力も低下するため、小さな傷でも治りにくくなってしまいます。
また、低栄養状態が続くと浮腫(むくみ)が起こりやすくなります。浮腫により皮膚が伸展すると、より傷つきやすい状態となってしまいます。
さらに、高齢者の場合、食欲不振や嚥下機能の低下、基礎疾患の影響などにより、十分な栄養摂取が難しいケースも少なくありません。このため、その方の状態に合わせた適切な栄養管理が重要になってきます。
これらの原因を理解することは、効果的な予防対策を立てる上で非常に重要です。特に注意すべきは、これらの要因が単独で発生することは少なく、複数の要因が重なり合って褥瘡が発生するということです。
高齢者の場合、褥瘡のリスクはさらに高まります。その理由として、多くの高齢者が糖尿病や高血圧、心疾患、腎機能障害などの基礎疾患を併せ持っていることが挙げられます。
これらの疾患は血行を悪くしたり、皮膚の脆弱性を高めたりすることで、褥瘡の発生リスクを高めます。さらに、急性期の治療直後や終末期など、長時間の臥床を余儀なくされる状況では、特に注意深い観察と予防が必要となります。
褥瘡ができやすい部位と見分け方
褥瘡は、体の中でも特に骨が突出している部分に発生しやすい特徴があります。
しかし、その好発部位は姿勢によって大きく異なります。また、早期発見が重症化予防の鍵となるため、日常的な観察がとても重要です。
ここでは、それぞれの体位における褥瘡の好発部位と、その見分け方について詳しく解説していきます。
仰臥位での褥瘡リスク部位
仰向け(仰臥位)で寝ている場合、最も注意が必要なのは仙骨部です。
仙骨部とは、お尻と腰の間の出っ張った部分のことで、仰向けで寝た際に体重の約40%がこの部分にかかるとされています。このため、長時間同じ姿勢でいると、非常に高い圧力が持続的にかかることになります。
また、後頭部や肩甲骨部、脊柱部、かかとなども要注意部位です。
特に頭部は体の中でも重い部分であり、後頭部に持続的な圧力がかかりやすくなっています。頭蓋骨の形状によっては、より小さな面積に圧力が集中することもあり、注意が必要です。
これらの部位では、先述した4つの原因が複雑に絡み合って褥瘡を引き起こします。
例えば、仙骨部では圧迫による血流障害に加え、失禁による不潔な状態が重なりやすく、さらに体位変換時の摩擦も加わります。また、痩せて骨が突出している方では、より局所的な圧迫が起こりやすくなります。
側臥位・座位での注意ポイントと観察方法
横向き(側臥位)の場合、褥瘡のリスクは体の側面に集中します。
耳、肩関節部、肘関節部、腸骨部(骨盤の出っ張り)、大転子部(お尻の横)、膝関節部、くるぶしなどが特に注意が必要です。横向きは仰向けと比べて体の接地面積が小さくなるため、より強い圧力が局所的にかかりやすい姿勢といえます。
また、横向きの姿勢では体の部位同士が接触することにも注意が必要です。
例えば、膝と膝が重なり合ったり、くるぶし同士が当たり合ったりすることで、予想以上の圧迫が生じることがあります。
これらの部位は関節で骨が突出しているため、皮膚のすぐ下に骨があり、わずかな圧迫でも褥瘡につながりやすくなっています。
座位での主なリスク部位は、坐骨部と尾骨部です。
特に車いすで過ごす時間が長い方は、これらの部位に持続的な圧迫がかかります。さらに、姿勢が崩れて前方へずり落ちてくると、皮膚への摩擦も加わり、褥瘡のリスクが高まります。
円背(猫背)の方は、背骨が背もたれに強く当たるため、背部の褥瘡にも注意が必要です。
褥瘡の初期症状は?早期発見のためのポイント
褥瘡の早期発見で最も重要なのは、皮膚の発赤(赤み)を見逃さないことです。
しかし、単なる発赤と褥瘡の初期症状を見分けることは、専門家でも難しい場合があります。そこで有効なのが「指押し法」と呼ばれる観察方法です。
赤くなっている部分を指で3秒程度押さえ、その後指を離します。
指を離した後、すぐに赤みが戻る場合は、まだ血流が保たれている状態で、褥瘡の可能性は低いと考えられます。
一方、しばらく白く抜けたままで、なかなか赤みが戻らない場合は、その部分の血流が悪くなっている可能性が高く、褥瘡の初期症状として注意が必要です。
褥瘡の具体的な予防対策
褥瘡の予防は、発見してからの対処よりもはるかに重要です。
実際、一度発症すると治療に長い時間を要し、介護者の負担も大きくなります。
また、褥瘡により体位変換が制限されることで、さらなる褥瘡のリスクが高まるという悪循環に陥ることもあります。
ここでは、具体的な予防法と、医療職との連携方法について解説します。
圧迫・摩擦は定期的な体位変換で対応
圧迫による褥瘡を予防する基本は、定期的な体位変換です。一般的には2時間ごとの体位変換が推奨されていますが、これは画一的なものではありません。使用しているマットレスの種類や本人の状態によって、適切な間隔は変わってきます。
例えば、高機能エアマットレスを使用している場合は、4時間程度の間隔でも問題ない場合があります。
体位変換を行う際は、皮膚への摩擦を最小限に抑えることが重要です。体を持ち上げるように移動させ、引きずらないようにします。
また、体位変換後は必ず背抜きを行い、シーツや衣服のしわを丁寧に伸ばします。これは些細なことのように見えますが、褥瘡予防において非常に重要な作業です。
福祉用具の活用も効果的な予防策の一つです。
特に褥瘡予防用具は、テクノロジーの進歩により、より効果的な製品が開発されています。
例えば、圧切り替え型エアマットレスは、空気室を交互に膨らませることで、常に体重を分散させる仕組みになっています。また、低反発マットレスは体型に合わせて沈み込むことで、圧力を分散させる効果があります。
清潔保持
清潔保持は褥瘡予防の基本中の基本です。
特におむつを使用している方の場合、排泄物による皮膚の汚れは早急に除去する必要があります。
とはいえ、洗浄によって、かえって皮膚を傷めることもあります。洗浄後は、優しく押さえるように水分を拭き取り、必要に応じて保湿剤を使用します。
入浴や清拭の際は、全身の皮膚の状態をよく確認します。発赤や腫れ、熱感、痛みなどの異常が見られた場合は、早めに医療職に相談することをお勧めします。また、皮膚の乾燥が強い場合は、適切な保湿剤の使用も検討します。
栄養管理の実践的アプローチ
栄養管理では、バランスの取れた食事をとることが基本となります。
特にタンパク質は、皮膚の修復に必要不可欠な栄養素です。
しかし、高齢者の場合、食欲不振や嚥下機能の低下により、十分な栄養摂取が難しいことも少なくありません。
このような場合は、本人の嗜好や食事形態を工夫したり、必要に応じて栄養補助食品を活用したりすることも検討します。
医療職との連携
褥瘡の予防において、医療職との連携は非常に重要です。
介護職は利用者の一番身近な存在として、日々の皮膚の状態や食事摂取量、活動状況などを詳しく観察することができます。これらの情報を医療職と共有することで、より効果的な予防対策を立てることができます。
介護職ができる観察のポイントは、日々の小さな変化に気づくことです。例えば、いつもと違う様子、わずかな皮膚の変化、食事量の増減など、些細な変化でも見逃さないようにします。
「これくらいなら報告しなくても大丈夫かも」と迷った時こそ、報告することをお勧めします。早期発見・早期対応が、重症化を防ぐ鍵となるからです。
また、褥瘡予防は介護者にとって大きな負担となることがあります。特に在宅介護では、2時間おきの体位変換を24時間継続することは現実的ではありません。このような場合は、訪問介護サービスやショートステイなどの介護保険サービスを上手に活用することも検討しましょう。
予防用具の選択においても、医療職やケアマネージャーに相談することが重要です。
例えば、褥瘡予防用マットレスは要介護度や身体状況によって選択基準が異なります。また、介護保険でレンタルできる福祉用具もありますが、要介護2以上でないと利用できないものもあります。
早めに相談することで、適切な用具を必要な時期に導入することができます。
まとめ
褥瘡は4つの主要な原因(圧迫、摩擦、不潔・蒸れ、栄養不足)が複合的に作用して発生する皮膚のトラブルです。特に高齢者の場合、一度発症すると重症化しやすく、日常生活動作(ADL)の低下にもつながる可能性があるため、予防が最も重要となります。
予防の基本は、4つの原因それぞれに対する適切な対策を講じることです。定期的な体位変換や福祉用具の活用による圧迫・摩擦の予防、清潔保持、十分な栄養摂取を基本としながら、家族や介護者が褥瘡の好発部位や早期発見のサインを理解しておくことが大切です。
また、褥瘡予防は決して介護者一人で抱え込む必要はありません。
医療職との連携のもと、介護保険サービスも上手に活用しながら進めていくことが重要です。
「予防に勝る治療なし」という言葉の通り、褥瘡は予防できる皮膚トラブルです。本人の状態をよく観察し、適切な予防策を実践することで、褥瘡の発生を防ぐことができます。