認知症の家族の方が、同じ話を何度も繰り返したり、時と場所を考えずに話し続けたりすることでお困りではないでしょうか。
このような症状は認知症による行動・心理症状の一つとして多くの方が経験されています。本記事では、認知症の方のおしゃべりが止まらない原因と具体的な対処法についてご説明します。
認知症でおしゃべりが止まらない原因と心理状態を理解しよう
認知症の方がおしゃべりを止められない状態には、主に3つの要因があります。
認知症による脳の変化がもたらす「記憶障害」と「見当識障害」、そして不安やストレスによる心理的な影響です。これらの要因を理解することで、より適切な対応が可能になります。
記憶障害による同じ話の繰り返し
認知症による記憶障害は、特に最近の出来事を覚えることが難しくなる症状です。これは、記憶をつかさどる脳の海馬という部分が障害を受けることで起こります。
たとえば、「さっき話したこと」自体を覚えていないため、本人にとっては毎回が「初めて話す」という感覚になります。また、話の途中で何を話していたかを忘れてしまい、別の話題に飛んでしまうこともあります。
記憶障害は、認知症の種類によって現れ方が異なります。
たとえば、症例として最も多いアルツハイマー型認知症(65歳以上の認知症の約70%)では、脳内にアミロイドβというタンパク質が蓄積することで、特に海馬を中心とした記憶をつかさどる部分が萎縮していきます。
その結果、新しい記憶を形成する能力が低下し、「さっき食事をしたことを覚えていない」「10分前に話した内容を完全に忘れている」といった状態になります。
そのため、食事の内容や予定について何度も同じ質問を繰り返したり、ついさっき話したエピソードを、まるで初めて話すかのように繰り返したりすることが特徴的です。
一方、血管性認知症は脳梗塞や脳出血によって引き起こされます。
脳の血管が詰まったり破れたりすることで、その部分の脳組織が損傷を受けるため、症状は損傷を受けた場所によって大きく異なりますが、特に前頭葉の機能が低下すると、感情や行動の抑制が効きにくくなります。
その結果、周囲の状況や相手の反応に関係なく話し続けたり、話の脈絡が突然変わったり、時には興奮状態で矢継ぎ早に話し続けたりする様子が見られます。
また、血管性認知症の場合、症状は段階的に進行することが特徴で、新たな脳血管障害が起こるたびに、症状が急激に悪化することがあります。
また、前頭側頭型認知症では、前頭葉の萎縮により、「話し出したら止められない」「相手の状況を考慮せずに一方的に話し続ける」といった症状が顕著に現れることがあります。これは、前頭葉の働きである「適切な行動の選択」や「感情のコントロール」が難しくなるためです。
見当識障害による状況理解の困難さ
見当識障害とは、時間や場所、人との関係性を正しく認識することが難しくなる症状です。今が朝なのか夜なのか、自分がどこにいるのか、目の前にいる人が誰なのかがわからなくなることで、強い不安を感じます。
その結果、自分の置かれている状況を理解しようとして質問を繰り返したり、不安を紛らわすために話し続けたりする行動が見られます。
特に夕方から夜にかけて症状が悪化するサンダウンシンドローム(夕暮れ症候群)が現れることもあり、この時間帯におしゃべりが増える傾向にあります。
日が暮れて周囲が暗くなることで不安が強まり、それを言葉で表現しようとする気持ちの表れとも言えます。
不安やストレスによる心理的影響
記憶障害や見当識障害により、認知症の方は常に不安を抱えた状態にあります。
自分の状況が把握できない不安や、何かを忘れているかもしれないという焦り、周囲に迷惑をかけているのではないかという心配、そして根底にある寂しさや孤独感。
このような不安な気持ちを和らげようとして、絶え間なく話し続けるという行動につながることがあります。
特に、家族や介護者に対して「自分のことを忘れないでほしい」「かまってほしい」という気持ちが強く表れる場合も少なくありません。話し続けることで、自分の存在を確認し、安心感を得ようとしている側面もあるのです。
これらの症状は、認知症の進行度合いや時間帯、環境によって変化することがあります。また、本人なりの理由や目的があって話し続けているということを理解しておくことが、適切な対応の第一歩となります。
おしゃべりが止まらない認知症の方への具体的な対応方法
初めて聞いたように受け止める対応のコツ
認知症の方が同じ話を繰り返す場合、「さっき聞いた」と指摘したり否定したりすることは逆効果です。
むしろ、相手の目を見てうなずきながら、その都度初めて聞く話として受け止めることが大切です。
例えば、「今日は暑いねぇ」という話を何度も繰り返される場合でも、「そうですね、本当に暑い日ですね」と、その度に真摯に応えることで、本人は安心感を得ることができます。
また、相手の言葉をそのまま繰り返す「オウム返し」も効果的です。言葉をそのまま返すことで、「しっかり聞いてもらえている」という実感が得られるからです。
話題を上手に切り替える技術
同じ話が長時間続く場合、上手に話題を切り替えることで、本人も介護者も心地よい会話を続けることができます。
ただし、唐突な話題転換は混乱を招く可能性があるため、本人の興味や関心に寄り添いながら、自然な流れで展開していくことが重要です。
例えば、「お金を盗まれた」という話が繰り返される場合、まずは「そうですか、一緒に探してみましょう」と共感的な態度で接します。その後、探しながら自然な形で「そういえば、○○さんが若い頃は家計簿をつけていたと伺いましたが、どんな風に管理されていたんですか?」と、本人の得意分野や思い出話に展開していくのです。
また、季節の移ろいを感じられる話題も効果的です。窓の外の景色や季節の花、その日の天気など、その場で共有できる話題に移行することで、不安な気持ちから目先の楽しみへと意識を向けることができます。特に、かつての季節の行事や思い出に関連づけた会話は、本人の豊かな経験を引き出し、生き生きとした対話につながることが多いようです。
本人の不安を和らげる声かけ方法
おしゃべりが止まらない状態の背景には、多くの場合、不安や寂しさが潜んでいます。
そのため、単に話を遮ったり、別の話題に強引に切り替えたりするのではなく、まずはその不安な気持ちに寄り添うことが大切です。
例えば、「自分の居場所がわからない」という不安から同じ質問を繰り返す場合、「ここはご自宅ですよ」と説明するだけでなく、「私がそばにいますからね」「一緒にお茶でも飲みながらゆっくりしましょう」といった、安心感を与える声かけを心がけます。
この時、穏やかな口調で、相手の目を見ながら話しかけることで、言葉以上の安心感を伝えることができます。
また、思い出話に花が咲いた時は、その話に興味を示しながら聞き、「○○さんはそんな経験をされていたんですね」「それは素晴らしいですね」と、その人の人生の物語に敬意を示す姿勢も大切です。
このような関わりを通じて、「自分の話は聞いてもらえている」「自分は大切にされている」という実感を持ってもらうことができます。
おしゃべりが止まらない症状への中長期的な対策
介護保険サービスの上手な活用方法
介護者一人で抱え込まず、専門職の力を借りることも大切な対策の一つです。
特に、おしゃべりが止まらない症状に対しては、介護職の方という「新しい話し相手」の存在が、家族との関係性に良い変化をもたらしたり、時として症状の緩和にもつながったりすることがあります。
たとえば、デイサービスでは、他の利用者との交流を通じて、新しい刺激や気分転換を得ることができますし、趣味活動やレクリエーションを通じて、言葉以外の形で自己表現する機会も増えていきます。
ショートステイの場合も、介護者の休養になるだけでなく、本人にとっても生活リズムを整えたり、コミュニケーションの幅を広げたりする機会になります。
また、訪問介護では自宅という慣れ親しんだ環境で専門職による支援を受けることができますのでこちらもおすすめです。
介護者のストレスケア対策
同じ話を何度も聞くことは、どんなに心に余裕があっても、次第に精神的な疲労を感じるようになるものです。介護を続けていく中で、介護者自身の心身の健康を保つことは非常に重要です。
一日中ずっと話を聞き続ける必要はありません。例えば、「今から30分、ゆっくりお話を聞かせてね」と時間を決めて向き合う時間を作ることで、介護者自身のペース配分もしやすくなります。また、話をしっかり聞く時間と、軽く受け流す時間のメリハリをつけることで、より良質な傾聴の時間を確保することができます。
家族で介護を担当する時間帯を分担するのも効果的です。「午前中は母が、午後は私が」というように役割分担をすることで、一人あたりの負担を軽減できます。また、話し相手が変わることで、本人にとっても良い刺激となり、会話の内容が広がることもあります。
また、地域包括支援センターでの相談や、認知症カフェなどの地域コミュニティへの参加も検討してみましょう。
同じような経験を持つ方々との交流は、具体的なアドバイスを得られるだけでなく、心理的な支えにもなります。介護の悩みを打ち明けられる場所を持つことで、日々の介護にも前向きに取り組めるようになります。
コミュニケーション補助ツールの活用法
最近では、認知症の方とのコミュニケーションを支援するさまざまなツールが開発されています。
特に注目されているのが音声認識人形です。この人形は会話の相手として機能するだけでなく、季節や時間に応じた反応をしたり、歌を歌ったりすることができます。本人の話し相手となることで、家族の負担を軽減する効果も期待できます。
また、大きな文字で日付や時間が確認できるカレンダーや時計も有効です。「今日は何日?」「何時?」という質問が多い場合、これらを目につきやすい場所に設置することで、本人が自分で確認できる機会が増えます。ただし、設置する際は、本人の視線の高さや、普段よく過ごす場所を考慮して配置することが重要です。
思い出の写真やアルバムを活用するのも効果的です。「同じ話を繰り返す」という状況を、「思い出を共有する機会」に変えることができます。特に若い頃の写真は、本人の記憶が鮮明に残っている時期のものが多く、イキイキとした会話のきっかけとなることがあります。
【まとめ】
認知症の方のおしゃべりが止まらない症状は、決して本人の意思で制御できるものではありません。
背景にある認知機能の低下や不安な気持ちを理解し、適切な対応を心がけることが重要です。
また、介護者自身の健康を維持するためにも、利用できるサービスや支援を積極的に活用し、一人で抱え込まない介護を実践していきましょう。
症状への対応に不安を感じた時は、かかりつけ医や地域包括支援センターに相談することをおすすめします。専門家による適切なアドバイスを得ることで、より良い介護の方法が見つかるかもしれません。