「認知症について知りたい」「認知症の家族への接し方を学びたい」。そんな思いを抱えながらも、どこから始めればいいのか迷われている方も多いのではないでしょうか。
そんな時におすすめしたいのが、映画鑑賞です。文字では伝えきれない認知症の方の心情、家族の戸惑いや葛藤、そして時には思いがけない笑顔や希望まで。映画を通して、私たちは認知症の方とその家族の物語に寄り添い、共に歩むような体験ができるのです。
例えば、認知症の方が感じている「時間や場所の混乱」を、観客と同じ視点で体験できる作品。また、介護する家族の複雑な思いを、繊細な演技で表現した作品。そして、認知症になっても前を向いて生きていく人々の姿を記録したドキュメンタリーまで。それぞれの作品が、認知症への理解を深める大切なヒントを与えてくれます。
本記事では、そんな心に響く10本の映画をご紹介します。きっと、あなたやご家族の状況に寄り添う作品が見つかるはずです。
認知症の方との関係性について考えさせられる映画6選
【1】『アリスのままで』(2014年・アメリカ)
『アリスのままで』(2014年・アメリカ)は、コロンビア大学で言語学の教授として活躍するアリスが、若年性アルツハイマー型認知症と診断されるところから始まります。50歳という働き盛りで発症した彼女は、当初は些細な物忘れ程度でしたが、次第に講義中に言葉に詰まったり、いつも走っているジョギングコースで道に迷ったりするようになります。
さらには病気の進行とともに、言語学者として大切にしてきた「言葉」も少しずつ失われていきます。しかし、アリスは諦めることなく、自分らしく生きる方法を模索し続けます。
記憶が少しずつ失われていく中で、家族との関係性がどのように変化していくのか。そして、自分らしさをどう保っていくのか。ジュリアン・ムーア演じる主人公の繊細な心の動きは、認知症の初期から中期にかけての心理を理解する上で、大きな示唆を与えてくれます。
印象的な場面があり、家族に向かって「私は今この病気と闘っています。でも、まだ私は私です」と語りかけるシーンは、認知症と共に生きる人々の強さと脆さを同時に表現しています。進行する症状に戸惑いながらも自分らしさを保とうとする姿は、同じような状況にある人々や家族に、大きな共感と希望を与えてくれることでしょう。
【2】『ファーザー』(2020年・イギリス・フランス)
認知症の父親を演じるアンソニー・ホプキンスの圧巻の演技で、アカデミー賞主演男優賞を受賞した話題作です。81歳の主人公アンソニーは、ロンドンのマンションで一人暮らしをしています。そこへ娘のアンが新しい介護人を紹介しにやってきます。しかし、アンソニーは「自分のことは自分でできる」と介護を頑なに拒否するのです。
この映画の真骨頂は、アンソニーの視点から描かれる「現実の揺らぎ」を、観客も一緒に体験できる演出にあります。例えば、「昨日まで一緒に暮らしていたしかし、娘がパリへ引っ越しすることは、以前から決まっていたことだったのです。また、見知らぬ男が突然自分の部屋にいることに困惑する場面では、実はその男性が娘の夫だったことが後から明かされます。
特に印象的なのは、アンソニーの部屋の様子が少しずつ変化していくシーンです。いつもの場所にあったはずの絵画が消え、家具の配置が変わり、壁の色までもが違って見える。アンソニーは「ここは本当に自分の部屋なのか」と不安を募らせていきます。このように、時間軸が入り混じり、人物が入れ替わり、空間までもが変容していく演出を通じて、認知症の方が日常的に体験している現実の「揺らぎ」を、観客は生々しく追体験することができるのです。
【3】『きみに読む物語』(2004年・アメリカ)
(C)MMIV NEW LINE PRODUCTIONS, INC.ALL RIGHTS RESERVED.
ラブロマンスとして日本でも人気を博している映画ですが、実は認知症について深い洞察を与えてくれる作品でもあります。
豪華な老人ホームで暮らすアリー(ジーナ・ローランズ)のもとに、一人の老紳士(ジェームズ・ガーナー)が毎日訪れ、一冊のノートを読み聞かせています。そこには、1940年代の夏、17歳の令嬢アリー(レイチェル・マクアダムス)と製材所で働く青年ノア(ライアン・ゴズリング)の心温まる初恋の物語が綴られていました。
時にはアリーが混乱し、戸惑いを見せることもありますが、老紳士は決して諦めることなく、若かりし日の恋物語を紡ぎ続けます。その姿勢は、認知症の方との関わり方について、私たちに大切なヒントを与えてくれます。
この作品が教えてくれるのは、認知症によって記憶は失われても、人の心に宿る感情は確かに存在し続けるということ。そして、その感情に寄り添い続けることの大切さです。静かな感動とともに、認知症ケアの本質を考えさせられる珠玉の物語です。
【4】『長いお別れ』(2019年・日本)
山﨑努が演じる父・昇平を中心に、認知症と向き合う家族の姿を温かく描いた感動作です。蒼井優、竹内結子ら豪華キャストが脇を固め、それぞれの家族の想いを繊細に表現しています。
70歳の誕生日をきっかけに認知症と診断された昇平。かつては厳格な教師として、そして威厳のある父として知られた彼の変化に、家族それぞれが戸惑いながらも向き合っていきます。
印象的なのは、認知症の進行とともに、昇平が見せる思いがけない表情です。今まで見たことのなかった父の笑顔、思いがけない優しさ、そして家族への素直な感謝の言葉。それは家族にとって、戸惑いでもあり、新しい発見でもありました。
この作品は、認知症によって「失われていくもの」だけでなく、逆に「見えてくるもの」があることを、静かに、しかし力強く描き出しています。家族の絆とは何か、記憶とは何か、そして「長いお別れ」の中で私たちができることは何か。深い余韻とともに、観る人の心に確かな問いかけを残す秀作です。
【5】『オレンジ・ランプ』(2023年・日本)
©2022「オレンジ・ランプ」製作委員会
実在する若年性認知症の当事者・丹野智文さんの実話をもとに、認知症と診断された後も、希望を持って生きることの大切さを伝える感動作です。
人生の絶頂期とも言える30代後半で若年性アルツハイマー型認知症と診断された只野晃一(和田正人)。愛する妻・真央(貫地谷しほり)と2人の娘を抱えながら、晃一は不安と絶望の淵に立たされます。妻の真央は必死に夫を支えようとしますが、かえってそれが晃一の自尊心を傷つけてしまうことも。二人は徐々に心の距離が広がっていきます。
しかし、ある出会いをきっかけに、二人の意識は大きく変わっていきます。「認知症になっても、人生をあきらめる必要はない」。その気づきは、家族の在り方、仕事との向き合い方、そして地域との関わりまで、二人を取り巻くすべての環境に変化をもたらしていきます。
監督への取材記事はこちら▼
【新たな切り口で若年性認知症描く映画『オレンジ・ランプ』 山国秀幸P「誰かに手を差し伸べるきっかけになったら」】
【6】『ぼけますから、よろしくお願いします。』(2018年・日本)
映像ディレクターの信友直子さんが、ふるさと呉市で暮らす認知症の母・智子さん(87歳)と、耳の遠い父・英男さん(95歳)の日常を記録したドキュメンタリーです。
タイトルの「ぼけますから、よろしくお願いします」という言葉は、智子さんが認知症と診断された際に、自ら周囲の人々に伝えた言葉でした。
かつては「しっかり者」として知られた母は、認知症の進行とともに少しずつ変化していきます。例えば、同じ質問を何度も繰り返したり、夜中に「家に帰る」と言って外に出ようとしたり。
特に心を打つのは、智子さんと英男さんの何気ない日常の風景です。母が作る料理の味が少しずつ変わっていっても、父は「美味しい」と笑顔で食べ続ける。母が突然昔の歌を歌い出すと、父も一緒に口ずさむ。認知症による変化を受け入れながらも、二人で新しい生活リズムを作り出していく様子が印象的です。
また、この作品では「老老介護」の現実も淡々と映し出されます。介護する父も95歳という高齢で、時には体調を崩すこともあります。それでも「施設には入れたくない」という父の想いと、「ここで暮らしたい」という母の気持ちが交差する中で、二人は自分たちなりの方法を見つけていくのです。
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【7】『アウェイ・フロム・ハー』(2006年・カナダ)
カナダの雪景色を背景に、44年連れ添った夫婦の深い愛と別れを描いた珠玉の作品です。グラントとフィオナ。互いを深く理解し合い、穏やかな老後を過ごしていた二人の前に、突如として認知症という現実が訪れます。
フィオナ(ジュリー・クリスティ)は自らの変化に気づき、施設への入居を決意します。夫のグラントは、混乱する心を抱えながらもその決断を受け入れようとします。施設には「入居から30日間は面会できない」というルールがあり、その間の別離を経て再会した時、フィオナの中で何かが変わっていました。
施設入居の決断や、愛する人を他人に委ねることの葛藤が丁寧に表現された良作です。
【8】『アイリス』(2001年・イギリス)
イギリスを代表する知性派作家アイリス・マードックの人生を描いた感動の伝記映画です。若き日のアイリス(ケイト・ウィンスレット)と、晩年のアイリス(ジュディ・デンチ)。二人の女優が見事に演じ分けた一人の人物の対比が、作品に深い陰影を与えています。
オックスフォード大学で教鞭を執り、鋭い洞察力で小説を書き続けたアイリス。しかし、アルツハイマー型認知症の進行により、彼女の知的な輝きは少しずつ影を潜めていきます。それでも、夫のジョン・ベイリー(ジム・ブロードベント)は妻への深い愛情を持ち続け、献身的に支え続けます。
知的で活発だった人物が認知症によって変化していくプロセスを身近に感じられ、認知症という病の非情さと周囲の支えの両方が学べる作品です。
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【9】『ケアニン〜あなたでよかった〜』(2017年・日本)
(C)2017『ケアニン』製作委員会
特別養護老人ホームを舞台に、新人介護士の大森圭が成長していく物語です。介護の道を選んだ理由も特になく、ただなんとなく資格を取得した圭。しかし、認知症の入居者たちとの関わりを通じて、少しずつ介護の本質を理解していきます。
印象的なのは、徘徊を繰り返す山田さんとの関わりです。当初は「なぜ毎晩同じように出ていこうとするのか」と困惑していた圭でしたが、山田さんの過去を知ることで、その行動の意味を理解していきます。実は山田さんには、毎晩帰りの遅い娘を待っていた習慣があったのです。このことをきっかけに、圭は入居者一人一人の人生に向き合うことの大切さを学んでいきます。
【10】『毎日がアルツハイマー』( 2012年~・日本)
『毎日がアルツハイマー』は、映像ディレクターの関口祐加が、アルツハイマー型認知症の母との8年間の記録を綴ったドキュメンタリーシリーズです。29年間暮らしていたオーストラリアから帰国して母の介護を始めた関口監督。
母との生活は、予想以上に困難の連続でした。「今日は何日?」「何時?」という同じ質問が、一日に何度も繰り返される。最初は「月曜日だよ、お母さん」「3時だよ」と丁寧に答えていた関口監督も、次第に疲労感を募らせていきます。また、母は夜中に突然起き出して「帰らなきゃ」と言い出したり、食事の途中で「もう食べた」と言って立ち上がったりと、予測できない行動を繰り返すようになります。
しかし、そんな母との暮らしの中で、関口監督は大切な発見をします。たとえ母が数分前の出来事を忘れてしまっても、その瞬間の喜びや楽しさは確かに存在していることに気づいたのです。例えば、母の好きな歌を一緒に歌うと、すっかり上機嫌になる。散歩中に出会う猫に笑顔で話しかける。そんな些細な幸せの積み重ねが、新しい母との関係を築いていきました。
プロフェッショナルな視点と、娘としての視点が交錯する中で、認知症ケアの本質的な課題が浮かび上がってきます。
まとめ
これらの映画作品は、単なる物語以上の価値を私たちに提供してくれます。実際のケアや日常生活に活かせる具体的なヒントが、それぞれの作品に詰まっているのです。
映画を通じて得られたこれらの気づきは、認知症の人とその家族の暮らしをより豊かにするヒントとなるはずです。そして何より、認知症になっても、その人らしく生きていける社会を作っていくための、大切な一歩となるのではないでしょうか。