中高年のアイドル!介護エンターテイナーの石田竜生です。デイケアで働きながら、日本全国を周り、介護施設に笑いあふれる体操を届ける活動や、レクリエーションやリハビリの技術や知識を研修で伝えています。→(笑いに特化した高齢者レクリエーション研修)
本連載では「家庭でも出来る脳と身体のトレーニング」をご紹介。活動を通して、介護を必要としている高齢者の「ご家族」から話を伺うことも多いのですが、皆さんこんな悩みを抱えているようです。
「いくら運動を勧めても動こうとしてくれない」
そうなんですよね。家族さんの言葉ってなかなかご本人に響かないものです。施設で働く僕らでさえ言葉がけには苦労しますから。
人は理由がなければ動きません。急に「お父さん体操してね」と言っても「なんでそんなことしないといけないの?」と疑問を与えてしまいます。なぜなら体操する理由がないから。
そこでまず、『動機付け』が必要になります。動機付けとは簡単にいえば「行動を起こさせるためのきっかけ」です。「なぜそのトレーニングをするのか」を説明しましょう。相手が納得してからがスタートです。
体がみるみる動き出す? やる気を引きだす魔法の言葉
僕も、動機付けにどんな工夫が出来るか常に考えています。今までの経験から生まれた動機付けを「動機付け12個の工夫」と名付け、研修でお伝えしています。
今回はその中から「家庭でも使える動機付け」を3つ紹介します。
動機付けの工夫
- 得られる効果を説明する
- 一番オーソドックスな動機付けの方法です。体操をすることで心身にどんな影響があるのかを説明します。 例えば…
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- 「この体操をすると足腰の筋肉が鍛えられて転びにくい体になるよ」
- 「体を動かすと脳が活性化してボケにくくなるんだよ」
(認知症というキーワードよりもボケの方が高齢者には伝わりやすい場合があります)
- 日常の生活場面を想像してもらう
- 人は歳を重ねるにつれて、『想像力』が衰えてきます。「転ばないように体操しましょう」と言っても、転んでいる場面や危険性がいまいち伝わらない場合も多いです。そこで日常生活で困っているであろう場面を具体的に言葉にすることで、その場面をリアルに想像してもらいやすくなります。
- 家庭でも転倒危険個所は、トイレやお風呂、玄関の上がりかまち、部屋と廊下の境目の小さな段差など。実際にその場面に一緒に行き「ほら、ここって危ないよね」と納得してもらうと、さらに効果的です。例えば…
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- 「お父さん、トイレで立ち上がる時にふらついて転びそうになるって言っていたよね。そうならないために足腰の体操をしましょう。」
- 「部屋と廊下の小さな段差で時々転びそうになっているよね。足の上がりが悪いみたいだから体操で転ばない身体作りをしましょう。」
(認知症というキーワードよりもボケの方が高齢者には伝わりやすい場合があります)
- 信用のあるものに頼る
- 家庭での動機付けに特におススメです。子供がいくら親のためを思って体操を勧めても、親にとっては「めんどくさい」「煩わしい」と、感じてしまうようです。
- そこで「高齢者にとって信用のあるもの」に代弁してもらいます。「プロの人」「その道の専門家」が勧めるものならば動いてくれる可能性は高くなります。例えば…
- 「NHKで見たんだけどね、すごく体にいい体操なんだって。」
- 「この体操お医者さんが考案した転倒予防体操らしいわよ」
誰でも簡単! 新聞紙を使った脳と身体のトレーニング
今回紹介する「家庭でも出来る脳と身体のトレーニング」は、誰でも簡単!新聞紙を使った脳と身体のトレーニングです。本連載のテーマでもある、
- ①簡単にできる
- ②使用する道具が身近なモノ
- ③家族間のコミュニケーションが図れるもの
にピッタリなトレーニングです。 ぜひ、紹介した動機付けを使ってご家族みんなでトレーニングしてみてください。
もちろん介護施設でも応用できますので、介護施設で働いている皆さんは、レクリエーションや体操の時間に利用者さんに実践してみてください。
『新聞紙で脳トレ!文字見つけトレーニング』
- 準備物するもの
- 新聞紙のみでOK
- 効果・ねらい
- 認知症予防・家族内のコミュニケーションUP
- ポイント
- 文字を見つけるトレーニングは脳への刺激だけではなく、眼球周りの筋肉も刺激していきます。漢字を見つける、数字を見つける、「あいうえお」を見つけるなどアレンジを加えていきましょう。
熱血主婦!香織の介護奮闘物語 -新聞紙で脳と指先のトレーニング編-

前回までは…「家庭でも出来る脳と身体のトレーニング」ーいぬねこ体操ーで義母との関係が修復したように感じた香織。しかし、そこに夫が帰宅し香織の目の前を、また深い霧が覆っていく。
ふと、夫が読む新聞に目が留まった香織。
香織よ!君は新聞を使って何をしようとしているのだ!
『この物語は、ある家庭の介護問題に戦いを挑んだ、熱血主婦の記録である。一般家庭においては、まったく介護知識のない無名の主婦が、荒廃の中から健全な精神を培い、わずか数年で義母の健康と、家族関係の回復を成し遂げた奇跡を通じて、その原動力となった信頼と愛とトレーニングを、余すことなくドラマ化したものである。』(スクールウォーズから引用)
ただ黙ってソファーに座って新聞を読むだけの夫(茂樹)。香織は新聞さえも憎らしく感じていた。 新聞め。新聞め。新聞め。…新聞?
何かが閃いた気がした。しかしその閃きはすぐにかき消される。 大きなあくびをしながらソファーから立ち上がる茂樹…「飯は?」
一瞬だけこちらを見た気がした。いや目は合っていない。合わす気などないのだ。香織はその表情が大嫌いだった。目を合わせる訳でもないが、視線はこちらを向いている。
そうしなければ何を言われるかわからない、だったら向けておいてやろう。そんな思いで香織の鼻から首元を見ているだけであろう茂樹に、見下されているような気がした。香織にはそう感るのだ。 もともとは上手くいっていると思っていた。
半年前、茂樹の携帯を覗くまでは。携帯の着信履歴には確かにあの女の名前があった。そう、香織は知ってしまったのだ…
(話を元に戻そう)
温めた料理を無言でただ口に入れていく。当然その口からは感謝の言葉はでてこない。期待などしていないが。
ふと梅子を見る。梅子は何をするでもなく茂樹と同じテーブルを囲んでいるだけだった。そういえば最近は、お母さんが新聞を読んでいる姿を見ていない。
昔は朝一番に玄関から新聞を取り、隅から隅まで読むのが梅子の日課だったはずだ。 高齢者は文字を追うだけでも疲れると言っていた気がする。香織はここにも梅子の衰えを感じていた。
翌日、香織は梅子に質問した。
『新聞紙で脳トレ!文字見つけトレーニング』
香織:お母さん、新聞を使って頭を刺激しませんか?ボケの予防です!
梅子:新聞を使って?どういうことだい?
香織:文字探しをするんですよ。
梅子:よくわからないからやりたくないわ。
乗り気ではない梅子。
香織は閃いた。
梅子に動機付けが出来ていない。あのキーワードを使って勧めてみよう。
- STEP①動機付けでやる意味を明確にする
- まずは「トレーニングをやる意味」を明確にし、やりたい気持ちを引き出します。今回は、信用のあるものに代弁してもらう方法です。
- 香織:お母さん。そういえばこの間のNHKの「ためしてガッテン」見ました?
梅子:好きだった番組だけどね。最近見ていないわね。
香織:香織:そうよね。実はこの間NHKでお医者さんがこの体操を勧めていたのよ!
梅子:えっ、そうなのかい?
香織:そうそう。志の輔も言っていたわ!
梅子:あら、志の輔も。まみちゃんは?
香織:山瀬まみはもう出ていないの…
梅子:そうなのかい・・・
香織:山瀬まみはいないけど、健康の情報はもりだくさんよ!
たくさんの文字の中から、決められた文字を探すの!するとそれが脳を刺激するんですって!ボケを予防してくれるのよ。お医者さんが言っていたんだから!
梅子:そうなのかい。じゃあちょっとやってみようかね。
(たとえ番組でそのトレーニングを紹介していなくても大丈夫。だって世の中のすべてのお医者さんは「運動しなければダメ」と言っているのですから。どんなトレーニングにもこの言葉は当てはまるということです。) - 梅子は乗り気になった。
夢中で好きな番組を見ていたころを思い出したのかもしれない。 - STEP②新聞紙の中から特定の文字を探す
- 何かを見つけた瞬間「はっ」とした瞬間に、脳の血流が一気に上がり脳を刺激すると言います。
- 香織:じゃあお母さん。「草かんむり」の漢字を探してみてください。
梅子:草かんむりの漢字?そうだね…。
香織:なかなか見つからないものでしょ。
梅子:そうだね…なかなか無いわね…。あった! - 見つけた瞬間梅子の表情が明るくなる。
顔全体の血流も上がっている気がした。 - STEP③いろいろなパターンを使う
- バリエーション例
- 「あいうえお」の順番に文字を見つけてもらう
- 1から10までの数字を見つけてもらう
- 女の人を見つけてもらう
- 赤色を見つけてもらう
- などなど。バリエーションを変えていきましょう。
- 香織:じゃあお母さん。次は数字を探しますよ。1から10までの数字を探してみてください。
梅子:見つけたわ!
香織:え?なんでそんなに早く見つかったの?
梅子:だってTV欄を見ていたもの。
香織:あはははは!お母さんずるいわ!
梅子:ふふふふふっ - 新聞だけで香織と梅子のいるリビングがこんなにも明るく温かくなるのだ。不思議だ。体操もコミュニケーションも少しの工夫で上手くいくのかもしれない。
- 梅子の衰えを考えると不安な毎日だった。だが少しだけ、香織の前に希望の光が射しこんだ気がした。
ガチャ
突然玄関のドアが開いた。香織の目の前をまた深い霧が覆っていく。茂樹の帰宅が香織の表情を暗くした。何も言わずにソファーに腰掛ける夫が、香織を見据えた。
「今日の新聞は?」
はっ!今日の新聞は、お母さんとの体操で使っていた。バラバラになっている…香織は茂樹に、バラバラになった新聞を差し出した。
「チっ」
舌打ちだった。香織の顔にみるみる血が上っていく。数分前、体操で梅子に与えた反応とは全く違う。怒りから来る反応だった。
新聞紙がバラバラになった理由をあんたは何も知らないくせに。あんたのお陰で私はボケずに済みそうだわ。もう少しで口から出そうなった言葉を香織はギリギリで飲み込んだ。
忌々しい。あんたをズタズタにしてやりたいわ。ぐちゃぐちゃににしてやりたい。新聞のようにビリビリに破いてやってもいいわね。ビリビリに。ビリビリに。ビリビリに…ビリビリに破く?
次回は新聞をビリビリ破くだけで簡単にできる「脳と指先のトレーニング」です。どうぞご期待ください!