私が認知症の方に「福祉ネイル」を始めて以降、周囲から頻繁に尋ねられることがあります。
「あなたのガテン系のルックスからは想像ができませんが、なぜ福祉ネイルをしているのですか?」。
「理学療法士なのに、どうして福祉ネイルに着目したのですか?」…など。
実は私は、福祉ネイルの研究に至るまでに、「認知症高齢者を対象とした理学療法」について研究を進めていました。
そのなかで偶然、福祉ネイルの効果に衝撃を受けるきっかけがあり、福祉ネイルの研究に至ったのです。
今回は、理学療法を研究してきた私が考える“福祉ネイルの魅力”についてお話しします。
認知症に対する理学療法の限界
まず、私が認知症の方を研究対象にした経緯についてお話しします。
認知症の理学療法を研究していた10年間
私は理学療法士の国家資格を取得して大学を卒業したあと、病院に入職しました。
その病院では85歳くらいの患者さんが多かったため、必然的に認知症の方と関わる機会が多くありました。
そこで私は「認知症高齢者を対象とした理学療法」に関する臨床研究に興味を持ち、病院勤務を続けながら、大学院生として、さらには大学教員として研究を続けました。
その間も一貫して、認知症高齢者におけるBPSDの軽減やQOL向上に有効となるアプローチを探究していたのです。
理学療法の限界とは
私は10年間もの間、一途に理学療法にこだわりを持ち続け、認知症の高齢者を対象にQOLを向上するための研究を続けました。
しかし、理学療法を通じた認知症高齢者へのアプローチは、思いのほか骨が折れる仕事でした。
そして皮肉なことに、10年間にわたって現場で汗を流して臨床研究を行った私は、理学療法による認知症へのアプローチについて、"有効性を持たせることが思いのほか非常に大変である"という結論を出したのでした。
私の正直な気持ちとしては、認知症の高齢者に対して、理学療法や運動療法が顕著な有効性を担保できる部分は確かに存在してはいるものの、限界があると今でも感じているのです。
福祉ネイルの驚きの効果
福祉ネイルの研究を始めたきっかけは、私が理学療法士になって11年目に訪れました。
私のゼミに在籍していた学生(理学療法学専攻の学部生)が、卒業研究において「認知症高齢者を対象としたネイル・カラーリング介入(以下、彩爪介入)の効果検証を行いたい」と申し出てきたのです。
私は、そのゼミ学生の申し出に「いやいや、爪に色を塗っただけでBPSDが軽減したり、QOLが向上したりするのであれば、誰も苦労はしないよ」と笑いながら否定しました。
しかし学生は一歩も譲らず、「先生は女性の気持ちというものを全く理解できていない」と繰り返し私を説得。
彩爪介入が持つ効果の可能性を根気よく説明してきました。
結局、私はゼミ学生の提案を受け入れて「認知症高齢者に対する彩爪介入が対象者のQOLに及ぼす影響」に関する卒業論文を指導することにしました。
この出来事が、私が福祉ネイルに対する取り組みや研究を開始するきっかけとなったのです。
認知症への彩爪介入で信じられない結果がでた
この学生が卒論への取り組み(彩爪介入)を本格的に開始して1ヵ月間が経過したとき、学生から取り組みの中間報告を受けて「えっ?ウソでしょ!」という結果を目の当たりにしました。
そこには、QOLのレベルが向上していると判断せざるを得ない結果がありました。
特に対象者(認知症高齢者)における「周囲とのいきいきとした交流」や「自分らしさの表現」、そして「対応困難行動のコントロール(BPSD関連)」に改善が認められていました。
その結果を見て私は思わず「なんじゃこりゃ」と唸りました。
あのときの衝撃的な経験が、今でも私を福祉ネイルの活動に向けて背中を押し続けていると思います。
認知症の有無に関わらずみんなを笑顔にできる福祉ネイル
福祉ネイルの具体的な効果については前回の記事で説明しましたが、私が自分の目で見て実感した、嬉しかった出来事についてお話しします。
これまで私が女性高齢者に対して彩爪介入を実施したなかで、不快な表情をされた方はひとりも存在しません。
同意を得たうえで施術を実施しているため、ネガティブな感情を示す人が存在していないことは当然といえばそうなのですが、共通のリアクションとして「認知症の有無にかかわらず一律に笑顔が発生する」という点はきわめて意義深いと思います。
そして、福祉ネイルを受けた利用者さんたちの笑顔には、概ね2種類の感情が見え隠れしています。
それは「素直に嬉しさが込み上げてくる感情」と「照れくさいという感情」です。
私の経験上からは嬉しいという表情を見せてくれる方が多いように思いますが、対象者によっては照れくささが勝るときもあるようです。
そのような人間臭さや温かみのある表情を周囲の介護者さんたちが見て、心や表情が和む…といった光景を見ることができるのは、福祉ネイルの大きな強みであると思います。
そして、そのような現場を生み出しているスタッフの一人として関われていることに大きな喜びを感じます。
このように、福祉ネイルの効果は研究者としての視点以外のところでも実感することができるのです。
福祉ネイルはコスパも良く人材不足の施設でもできる!
施設の方々にも、福祉ネイルは大変喜んでもらっています。
近年、介護系サービスを提供する全国各地の事業所などにおいて、利用者さんを対象とした美容系介入(フェイスメイクやヘアセッティングなど)が精力的に行われるようになりました。
また、地域イベントでも高齢者を対象とした美容系介入が盛んに行われるようになったと思います。
このような現場に携わっているスタッフは、「彩爪介入は対費用効果が高い」「人手不足の現場でもやっていけるし効率が良い」と言ってくれます。
福祉ネイルは1回の介入で、何日間も施術効果を維持することができるからです。
また、福祉ネイルはわざわざ鏡を見る必要がなく、日常生活のなかで自然と視界に入ってくる指先が彩られているので、自動的に女性としての喜びを認識することができます。
それから、現場で活躍されている福祉ネイリストさんや、その活動を見た介護スタッフさんから頻繁に言われることがあります。
「福祉ネイルを継続的に受けている利用者さんには、身だしなみへの関心が強くなる傾向がある」と言うのです。
具体的には、対象者が着用している衣服が変化したり、寝癖を直すようになったり、簡単なフェイスメイクをご自身で実施されるようになったり…など。
認知症の方のなかで眠っていた“女性が本来持っている美意識”を、福祉ネイルが呼び起こしているのかもしれませんね。
最後に一言
爪を彩ることが契機となって、若かった頃のようにおしゃれ心が再燃し、その人らしさが滲み出ている身だしなみに変化していく様子は、バイタリティに溢れています。
その様子は、これからの生活を前向きに歩んでいこうという活力があるように私には見えるのです。