新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、手指の消毒やマスクの着用、人混みを避けるなどの感染対策によって、2021年のインフルエンザウイルス感染症は激減しました。
インフルエンザウイルスの中でも、B型の山形系統と呼ばれるウイルスは、2020年の4月から2021年8月にかけて、感染例が1例も報告されませんでした。
一方、ワクチン接種の普及や、新たな治療薬の開発によって、新型コロナウイルス感染症の重症化リスクは大きく低下しました。そのため、感染対策に向けられた関心は弱められつつあり、2022年はインフルエンザウイルスの再流行が懸念されています。
この記事では、インフルエンザウイルスの特徴や感染した場合の症状、治療や予防法について解説いたします。
インフルエンザウイルスの特徴
インフルエンザウイルスにはA型、B型、C型、D型の4種類が知られています。このうち、主に人に感染して流行を引き起こすウイルスはA型とB型です。
A型インフルエンザウイルスは、ウイルスタンパク質の違いによって、さらに細かく分類され、現在確認されているものだけでも120種を超えます。一方、B型のインフルエンザウイルスは山形系統とビクトリア系統の2系統に分類されます。
多様なウイルス株が存在するため、インフルエンザワクチンは、シーズンごとに流行が予測されるA・B型から2株ずつ合計4株に免疫が得られるように製造されます。4つのウイルス株を対象としていることから4価ワクチンと呼ばれます。
インフルエンザウイルスは地域によって流行時期が異なり、北半球では10~3月、南半球では4~8月に流行します。これは、インフルエンザウイルスが寒い時期に流行しやすいためで、季節性インフルエンザと呼ばれる理由でもあります。それに対して新型コロナウイルスの流行には、今のところ季節性は確認されていません。
インフルエンザウイルス感染症の症状
インフルエンザウイルスは新型コロナウイルスと同様、飛沫によって感染が拡大します。インフルエンザウイルスに感染した人が、咳やくしゃみをすると、ウイルス粒子を含んだ飛沫が拡散し、その飛沫が別の人の鼻やのどの粘膜に接触することで感染が広がっていくのです。
インフルエンザウイルス感染症の代表的な症状が38.5℃を超えるような高熱です。また、頭痛、手足の痛み、疲労感、咳などの症状に加え、吐き気や嘔吐、下痢などの胃腸症状が出ることも少なくありません。
多くの場合で自然に治癒し、症状は3~7日で回復することがほとんどです。ただし、ご高齢の方や、生後6ヵ月未満のお子さん、妊娠中の女性、持病のある方は、重症化しやすいことが知られています。
インフルエンザウイルス感染症による肺炎のリスクは、75歳以上の方では75歳未満の方と比べて1.27倍、介護施設に居住している方では、そうでない方と比べて1.37倍、肺の持病をお持ちの方では持病のない方と比べて1.37倍であることを報告した研究データもあります。
重症化の危険性が高いご高齢の方などでは、リスク軽減のためにも、インフルエンザウイルスワクチンの接種が推奨されます。

新型コロナウイルス感染症との違いは?
新型コロナウイルスが拡大した2019年末時点では、同ウイルス感染症はインフルエンザウイルス感染症よりも重症化しやすく、致死率も高いことが報告されていました。
しかし、2022年に流行している新型コロナウイルスのオミクロン変異株は、それ以前のウイルス株と比べて重症化のリスクが低いと考えられています。
実際、新型コロナウイルスのオミクロン変異株とインフルエンザウイルスを比較した研究論文でも、オミクロン変異株は感染力が強い一方で、致死率は低いことが報告されています。
ただし、この結果は、インフルエンザウイルス感染症が、新型コロナウイルス感染症と同じくらいに重症化しやすい感染症であると解釈することもできます。特に重症化の危険性が高いご高齢の方では、「ただの風邪」ではないことに改めて注意が必要です。
インフルエンザウイルス感染症の治療薬とその有効性は?
インフルエンザウイルス感染症の治療は症状を抑える対症療法と、ウイルスそのものを標的とする抗ウイルス薬による治療(抗ウイルス療法)に大きく分けることができます。
このうち対症療法は、症状に応じて解熱薬や咳止め薬などが用いられます。
解熱薬
インフルエンザウイルス感染症の治療に用いられる解熱薬は、アセトアミノフェン(商品名:カロナール)です。ただし、その有効性は必ずしも高いものではありません。
また、アセトアミノフェンはインフルエンザウイルス感染症の重症化を防ぐ効果も証明されていません。症状の緩和に重要なことは、十分な栄養補給と休養です。
抗ウイルス薬
病院で処方されることの多い抗ウイルス薬は、ノイラミニダーゼ阻害薬とキャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬というお薬です。
ノイラミニダーゼ阻害薬
- オセルタミビル(商品名:タミフル🄬)
- ザナミビル(商品名:リレンザ🄬)
- ラニナミビル(商品名:イナビル🄬)
- ペラミビル(商品名:ラピアクタ🄬)
キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬
- バロキサビル(商品名:ゾフルーザ🄬)
これらの抗ウイルス薬は、インフルエンザウイルス感染症の症状の回復を半日~1日ほど早める効果が期待できます。一方で、重症化を予防するような効果はありません。
抗ウイルス薬で異常行動が起こる?
医療機関から処方されることが多いオセルタミビルは、飲み薬のため服用しやすい薬です。一方で、吐き気や嘔吐などの副作用が出ることもあったり、服用後に異常行動を起こしたとされる症例が報告され、テレビなどのメディアでも広く報道されました。
異常行動の事例が報告されて以来、厚生労働省は事故防止予防の対応として、服用有無にかかわらず、異常行動が発生する危険性があることや少なくとも2日間は患者さんが一人にならないよう配慮するなどの注意喚起を行ってきました。
しかし、その後に行われた統計調査では、オセルタミビルと異常行動に因果関係は認められませんでした。そもそも、インフルエンザウイルス感染症による発熱でも異常な行動をしてしまう危険性が高まります。
実際、インフルエンザウイルス感染症による異常行動は、抗インフルエンザ薬を服用しているか否かに関わらず発生することを報告した研究論文もあります。この論文ではまた、異常行動の7割が、発熱から2日以内に発生していることが報告されていました。
抗ウイルス薬を服用する・しないにかかわらず、インフルエンザウイルスの感染から2日間は、異常な行動の危険性があることを踏まえ、家の戸締りなどをしっかりと行い、自宅で安静に療養することが望ましいでしょう。

まとめ
今回は、インフルエンザウイルス感染症について解説しました。これから本格的に流行のシーズンになるので、手洗いうがいなどを徹底し、感染しないよう対策を行うようにしましょう。
- 人に感染するウイルスはA型とB型で10~3月が流行期
- 症状は高熱のほか、頭痛や手足の痛みなどの症状も出ることもある
- 場合によっては重症化することもあり、ただの風邪ではないことを意識する
- 抗ウイルス薬は症状の回復を半日~1日ほど早める効果が期待できるが、重症化を予防する効果はない
- オセルタミブル(商品名:タミフル🄬)の服用と異常行動の因果関係は認めてられいないが、感染から2日間は異常行動に気を付ける
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