皆さん、こんにちは。薬剤師兼メディカルライターの青島周一です。
高齢者は、疾患などによって不眠症状を引き起こすリスクがあると指摘されています。不眠症に用いられる薬は多様で、それぞれ作用が異なります。そこで、高齢者に処方される薬の特徴と、服用時に考えられる副作用リスクについて解説いたします。
不眠症のメカニズムを知る3つの因子
不眠症は、加齢とともに増加する傾向にあり、高齢の方の約半数が、寝つきの悪さや途中で目が覚めてしまうなど、不眠の症状を感じていると推定されています。また、65歳以上の6,899人を対象とした米国の調査によれば、不眠症の発生率は年間5%と報告されています。不眠を感じている高齢者の約半数は、持続的な不眠症に移行(慢性化)することが知られており、特にほかの病気を治療中の方や、気持ちが落ち込みやすい方、男性よりも女性の方が持続的な不眠症になりやすいと報告されています。
また、米国のほかの調査では、不眠症は、睡眠の維持に関するものが50~70%を占め、次いで睡眠に入りにくいなどが35~60%、ぐっすり眠れないが20~25%だと報告されています。不眠症の原因や、持続的な不眠への移行に関するプロセスは、「素因」「誘因」「増悪因」の3つに分けて考えると整理しやすいでしょう。
- 素因
- 病気にかかりやすい素質といえます。素因が存在しなければ病気の発生リスクは極めて低くなります。不眠症の素因は年齢に加え、教育水準(最終学歴)、喫煙や飲酒習慣、運動量が少ないことなどが知られています。
- 誘因
- 病状を発生させてしまうきっかけといえます。素因があったとしても、誘因が存在しなければ不眠症は発生しません。不眠症の誘因には、睡眠を妨げるストレスの多い生活、うつ病などの精神的な病状、あるいは不眠を促しやすい薬(ステロイドや前立腺肥大症治療薬の一部など)や食品(カフェインを含んだコーヒーなど)の使用などが含まれます。
- 増悪因
- 病状を悪化させ、持続的な症状をもたらす原因です。短期的に不眠が発生したとしても、増悪因が存在しなければ、持続的な不眠症には移行しません。増悪因には、ベッドで過ごす時間が長い、頻繁に昼寝をする、日常生活における不安などを挙げられます。特に、定年退職をされたご高齢の方では、生活リズムに乱れが生じやすく、布団やベッドで過ごす時間が長い一方で、睡眠時間が短くなり、睡眠の質が低下しやすいとされています。

高齢者に対する不眠症の薬物療法
不眠症の薬物療法に用いられる主な薬として、ベンゾジアゼピン系睡眠薬、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬、抗うつ薬、メラトニン受容体作動薬、オレキシン受容体拮抗薬などが挙げられます。
- 1.ベンゾジアゼピン系睡眠薬
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脳の興奮状態を抑えて眠りやすくし、不眠症状を改善する薬です。その種類は豊富ですが、作用の持続時間から超短時間型(トリアゾラム)、短時間型(ブロチゾラムなど)、中間型(フルニトラゼパムなど)、長時間型(クアゼパムなど)に分類されます。寝つきが悪い方には、超短時間型や短時間型、寝ている途中で目が覚めてしまう方には中間型など、作用時間の長い薬を使います。ただし、作用時間が長い薬ほど、翌日まで効果が持続してしまうことが多くなります。
高齢者に対するベンゾジアゼピン系睡眠薬の有効性に関して、過去に報告された研究データを分析した論文が報告されています。この解析によれば、ベンゾジアゼピン系睡眠薬はプラセボ(偽薬)に比べて、総睡眠時間を25.2分延長し、夜間覚醒回数を平均0.63回減少させたと報告されています。一方で、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬はプラセボと比べて、一時的な記憶の障害が4.78倍、日中の倦怠感が3.82倍、それぞれ増加することが報告されています。
- 2.非ベンゾジアゼピン系睡眠薬
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ベンゾジアゼピン系睡眠薬とは別の化学構造にもかかわらず、よく似た作用をもたらす薬です。日本にはゾルピデム、ゾピクロン、エスゾピクロンがあります。高齢者に対する有効性を評価した質の高い研究データは限られていますが、過去の研究データを分析した論文によれば、エスゾピクロンはプラセボと比べて、総睡眠時間を26.69分ほど延長させました。
一般的に、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬はベンゾジアゼピン系睡眠薬と比べて有効性が高く、副作用の危険性が少ないと考えられています。とはいえ、どちらの薬も高齢の方では薬剤成分が体内にとどまりやすく、倦怠感や日中の眠気、ふらつきなどの副作用が出やすいので注意が必要です。また、ベンゾジアゼピン系や非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は、せん妄と呼ばれる精神機能の障害リスクを高めることが知られてます。
- 3.抗うつ薬
- 抑うつ作用に加え、鎮静作用を有する薬もあり、患者さんがうつ病を患っている場合、不眠症状の改善にも効果が期待できる薬です。抗うつ薬の中でもトラゾドンという薬は、不眠症治療に効果的であると報告されています。ただし、トラゾドンの保険上の適用は「うつ病」や「うつ状態」が対象であり、不眠症ではないことに注意が必要です。また、うつ病やうつ状態に伴う不眠では、うつに対する治療が優先されます。
- 4.メラトニン受容体作動薬
- 体内で睡眠に関与しているメラトニンというホルモンの受容体に作用することで、自然に近い睡眠を誘導し、不眠症における寝つきにくさなどを改善する薬です。日本では、ラメルテオンという薬が承認されています。不眠症を患う高齢者に対して、ラメルテオンによる治療を行うと、プラセボと比べて、寝つきまでの時間を8分ほど短縮させる効果が期待できます。また、ラメルテオンはベンゾジアゼピン系睡眠薬で問題となりやすい、せん妄のリスクを低下させることが報告されています。
- 5.オレキシン受容体拮抗薬
- 脳の覚醒を促進するオレキシンという物質の受容体を阻害することで、不眠症状を改善する薬です。日本にはスボレキサントとレンボレキサントがあります。オレキシン受容体拮抗薬は、高齢者の不眠に対しても、寝つきにくさや睡眠の維持に効果的だと報告されており、レンボキサントでは、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬のゾルピデムよりも優れた寝つきの効果や睡眠維持効果が認められています。なお、スボレキサントは、ラメルテオンと同様、ベンゾジアゼピン系睡眠薬で問題となりやすい、せん妄のリスクを低下させることが報告されています。

睡眠薬の正しい服用と注意点
ベンゾジアゼピン系や非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は、有効性を実感しやすい一方で、日中の眠気や倦怠感、せん妄などのほか、さまざまな有害事象との関連性が指摘されています。特に転倒、骨折、認知症、肺炎の発症との関連性は複数の研究データで示唆されており、長期にわたり服用されている方では注意が必要です。
また、ベンゾジアゼピン系睡眠薬は、おおむね1ヵ月で服用している人の約半数が依存(常用量依存)する傾向があると報告されています。そのため、ベンゾジアゼピン系睡眠薬の服用は、4週間以内に留めることが望ましいといえるかもしれません。ただし、依存している状態で、急に薬を中止すると不安、緊張、不眠症状、頭痛などの離脱症状が生じる可能性もあります。自己判断で服薬を中止せず、処方医の指示のもとで適切に減薬することが大切です。
とはいえ、不眠症は生活の質(QOL)をひどく損なう健康問題の一つに違いありません。患者さんによっては、必ずしもベンゾジアゼピン系睡眠薬の中止が最善の選択ではない可能性があります。薬剤成分が関連する転倒や骨折、認知機能、肺炎など、それぞれの患者さんに対するリスク・影響度を見極め、継続して問題ないかどうか、問題が懸念されるのであれば、どんな代替え治療が検討できるかを考えるのが医師や薬剤師の仕事です。不眠症の薬で不安に思うことがあれば、処方医や薬剤師にご相談いただけましたら幸いです。