こんにちは、行政書士の山田拓郎です。
今回は「サービス提供中に介護事故が起こったときの家族への連絡の仕⽅」についてお話したいと思います。
介護事故が起こったら事業者はご家族に報告しなければならない
介護サービス事業所は身体的・精神的な要因によって、日常生活における基本的な動作に介護を必要とする方が利用する事業所です。その意味において介護サービス事業所は、介護事故と隣り合わせであると言えるのかもしれません。今記事を読んでいる介護職員の中にも、利用者の方が歩行中に転倒したり、ベッドや車椅子から転落する場面に遭遇した人がいるのかもしれません。
介護サービス提供中に事故が起こった場合、法令上事業者は利用者の方のご家族などに連絡する必要があります(指定居宅サービス等の事業の人員、設備および運営に関する基準第37条、指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準第35条など)。
しかしその結果、ご家族がその内容に不信感を抱けば、事業所とのトラブルに発展しかねません。そのようなことが起こらないよう、ご家族に事故の報告するときは、しっかりとした対応が求められます。
介護事故の定義は定まっていない
「介護事故」の定義についてですが、法律上は定まっていないのが現状です。指定権者によって違いはあるかもしれませんが、今回は、介護事故を「介護サービスの提供中に起きる利用者の生命、身体、財産の安全に危害が及ぶ可能性のあるすべての事故」と定義します。
つまり、先ほど述べた「歩行中に転倒した」「車椅子から転落した」といった事故だけではなく、「訪問介護サービスの提供中に職員がご利用者のお金を盗んだ」「特別養護老人ホームのご利用者の衣類を洗濯中に縮ませてしまった」などといった場合も含まれます。
介護事故が起きた場合、どのような方法でご家族に連絡をすれば良いでしょうか。ご家族へ連絡する人は、第一発見者や管理者、生活相談員など事故が起こった状況や介護サービス事業所によってさまざまだと思います。そのため今回は誰が報告する場合でも共通するポイントを説明します。
「ご家族への謝罪」は「法的責任」を認めることとは別物
ご家族に事故の連絡する際に、「謝罪をしたほうが良いのか」「謝罪をしたことにより、何らかの責任を取らなければいけなくなるのではないか」と疑問をお持ちの方もいると思います。中には、上司や同僚から「謝罪をすると"悪いことをした"と認めたことになるから、事故の内容だけ伝えて、謝罪はしないほうが良い」と教えられた人もいるのではないでしょうか。
ここでは、責任を「法的責任」と「道義的責任」に分けて考えてみたいと思います。「法的責任」とは、相手方に対して損害を賠償する責任のこと。つまり、入院費や慰謝料などの金銭を賠償する責任です。一方、「道義的責任」とは、人としての道理を守るべき責任です。ご家族に連絡する際、道義的責任を認め、ご家族に対してしっかりと謝罪することは、法的な責任を認めることとは異なります。
ここで、実際にあった裁判例をご紹介します。
デイサービスを利用していたAさんが、2008年12月16日の昼食時に誤嚥して2009年3月5日に死亡しました。この件についてAさんの妻子が介護事業所に対して損害賠償を求め、裁判を起こしたのです。この裁判の中でAさんの妻子は、「介護事業所の施設長が当初は責任を認めていたにもかかわらず、後日介護事業所が法的には責任がないと態度を明らかにしたことは不当である」と述べました。
しかし裁判所は、以下のように答えたのです。
「施設長が謝罪の言葉を述べ、原告らには責任を認める趣旨と受け取れる発言をしていたとしても、これは施設を運営する者として、結果として期待された役割を果たせず、不幸な事態を招いたことへの職業上の自責の念から出た言葉と解され、これをもって被告に本件事故につき法的な損害賠償責任があるというわけにはいかない」
つまり、介護事故が起こった場合に事業所として「サービス利用中に、Aさんに痛い思いをさせてしまい、大変申し訳ありませんでした」などと謝罪をしたとしても、すぐに賠償責任を負うことを意味しないということです。
このことからも、まずは事業所としてサービス利用中に事故が起きてしまったことについて、真摯に謝罪することが大切です。
専門用語は使わずに事実を正確に伝える
ご家族に事故について連絡するときは、報告者の個人的な見解や嘘ではなく、「事実」を伝えなければなりません。事故が発生したときの状況や事故発生後のご利用者の状況など、しっかりと事実を調査し、それを正しく伝えることが大切です。個人的な見解や嘘は、説明する人によって異なってしまいます。後日、「別の職員から説明を受けたときと説明が違っている」となってはご家族から信用されません。
トラブルに発展してしまう原因は「事業者側の説明不足」と「ご家族側の理解不足」にあります。しっかりと事実を確認した後は、専門用語を使わずご家族がわかる言葉を使い、正確に伝えることが大切です。また、事実として利用者の方の身体状態などの情報を伝えるのは大切ですが、事故の当事者である利用者の方に責任を転嫁することはやめた方が良いと思います。
事故によって利用者の方が入院してしまった場合、ご家族は「退院後も自宅で過ごすことができるのか」、「退院後も施設に戻ることができるのか」といった不安を抱えていることも少なくありません。そのような場合には、事業所として最大限の協力をさせていただくことをお伝えすることも必要になるでしょう。
利用者の意向や自由の尊重を忘れずに!
以上、介護事故が起きた場合のご家族への連絡のポイントについてまとめてみました。もし真摯に謝罪し丁寧に事実関係を説明したにもかかわらず訴訟や処罰の話が出た場合には、弁護士や契約している保険会社に相談するほうが良いでしょう。
前述したように介護サービス事業所は、身体機能や精神機能の低下した高齢者が利用する場です。どうしてもそこで事故は避けて通れません。むしろ安易に利用者の方の意向を無視し、自由を奪ってまで事故を防止することは、「利用者の利益の保護(社会福祉法第1条)」「個人の尊厳の保持(社会福祉法第3条、介護保険法第1条)」「利用者の意向を十分に尊重(社会福祉法第5条)」という規定から考えても、適切な支援方法とは言えません。
簡単ではありませんが、これが介護サービスに携わる職員の専門性ではないかと思います。