はじめまして。甲斐・広瀬法律事務所の弁護士で、「介護事故の法律相談室」を運営している甲斐みなみと申します。今回から、介護の教科書「介護✕法律」の分野を担当させていただくことになりました。
介護事故を取り扱ってきた経験に基づき、事故が起きた場合の対処方法や、実際にどのような事故が介護現場で起こっているのか、事故をどうすれば予防できるのかなどをお伝えしていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
今回は、「介護事故に巻き込まれとき、家族はどのように対処すれば良いのか?」をテーマに説明していきます。
介護保険利用の増加と介護事故の増加
2000年に介護保険制度が施行されて17年が経過しました。制度の浸透、そして高齢者の増加により、介護保険の要介護・要支援認定者は年々増加の一途をたどり、厚生労働省発表の統計によれば、2015年度末時点の要介護・要支援認定者は、620万人(男性192万人、女性428万人)とされています。
介護保険の利用者が増加すれば、当然のことながら介護保険を利用中の介護事故も増加していきます。介護保険を利用中の介護事故件数について、全国的な統計は残念ながら見当たりませんが、たとえば東京都世田谷区の2015年介護保険事故報告によれば、介護事業所が報告をした介護事故の件数が年々増加していることがわかります。
介護事故が起こった後の流れ
介護事故にあった場合、通常は、施設などの事業所から家族に電話などでまず一報が入ります。その後、病院に駆けつけて入院の手続きをしたり、看病をしたりと、まずは治療の対応に追われるでしょう。死亡事故の場合は葬儀などの対応に追われることになります。
ただ、最初の事故の一報は、「お父さんが転倒されて、○○病院を受診します」、「お母さんが食事の時に誤嚥されたので、救急搬送されました」というような、ごく簡単なもの。少し落ち着いた段階で、介護事業所から、なぜ事故が起こったのか、どんな事故だったのかという事故の詳細な報告を受けることになると思いますし、報告がなされるべきです。
介護事故が発生した場合、介護事業者は利用者の家族と市町村に報告などを行うとともに、“必要な措置を講じなければならない”と厚生労働省令で定められています。
しかし、事業所によっては事故に対する対応に不慣れで、家族に対する事故報告が適切になされない場合も少なくありません。市町村に対する報告すら、家族から指摘をされるまでしていなかったというような事業所も実際に存在するのも事実です(事故か否かの認識に違いがある場合もあるかもしれませんが、事業者側の過失の有無を問わず、事故は事故として報告しなければなりません)。
介護事故が起こった場合、ご家族としては、「なぜ事故が起こったの?」、「事故は防げなかったの?」、「どんな事故だったの?」などと、数々の疑問を抱くのが自然だと思います。
その自然な気持ちにしたがって、介護事業所に対して事故の詳細な事実経過や原因について説明を求めることはおかしくありません。当然、家族としては求めるべきでしょう。
事故の事実経過については、時間が経つと曖昧になってしまうこともよくあります。担当していた施設従業員の記憶も時間の経過とともに薄れていきますし、事業所自体も日々の忙しさの中で事故に対する意識が薄れていくからでしょう。
事業所によっては、従業員がなかなか定着せず、事故当時の従業員がすでに退職してしまっているというような場合もあるので、できるだけ早期に事故の説明を求めることが重要です。
介護事故の説明は面談と書面でしてもらう
事故の説明を求めるときは、面談(口頭)と書面のどちらでも良いですが、もし可能であれば、両方を求めるのが良いと思います。理由としては、当該介護事故について事業者側の過失があるとして、後日、損害賠償請求をしようとする場合に、事故の経緯や原因が書面でまとめられていると、事業所側は何を認めていて、何を認めていないのかが明確になるからです。
また、書面での報告書などは事業所側の視点のみで記載されているため、ご家族が知りたいことが必ずしも網羅されているとは限りません。詳細な事実経過(事案によっては時刻も重要となります)が省かれていたり、事故に遭った方の事故前後の心身の状態について十分に言及されていないこともあります。
したがって、書面での報告とは別に、面談で事故経過などについて説明を受け、その際に質問をし、事実経過の把握が不十分な点についてさらに説明をしてもらったり、その場でわからないことは追って調査の上、回答してもらったりといった対応をとることも重要です。
電話や面談での説明内容については録音をしておいても良いでしょう。仮に、当該介護事故に事業者側の過失があるのではないかということで損害賠償請求などの手続きに弁護士が関与するのは、事故が起こってからかなり時間が経過してからのことが良くあるケースです。
事故状況が介護記録などにあまり記載されていないことも少なくないので、事故直後にご家族が説明を求めることが、事実解明にとって重要となることが多いのです。
必要に応じてできる情報収集例
介護事業者側が、ご家族からの要求に応じて誠意ある事故の説明をしてくれ、それでご家族が納得できたということであれば、それ以上調べる必要はないかもしれません(損害賠償請求の際には必要になることもあります)。
しかし、介護事業所の説明に納得ができない、不信感がぬぐえないといった場合には、必要に応じて別途資料を収集して調査を行う場合もあります。
この調査の段階から弁護士が関与する場合もあり、事案によっては証拠隠滅などの恐れがあるとして、証拠保全という裁判所の手続きをとることが適切な場合もあるので、「どのような資料を」「どの段階で」「どのような手段で」取得するかについては弁護士に相談するのが良いでしょう(なお、弁護士が介護事故に関与した場合の手続きの流れについては、次回以降の記事で詳しくご説明します)。
ここでは、そのような資料収集の手段についてはひとまずおいておいて、ご本人や家族が収集することのできる代表的な資料についてご紹介していきます。
- 介護記録
- 介護事業所が日々の介護サービス実施状況や、利用者の心身の状況についての記録。ただし、介護記録と一口に言っても、フェースシート、アセスメントシート、ケアプラン、介護経過表など、複数の文書から成り立っていることが多く、その名称は事業所によってさまざまです。ここでは、介護事業所が当該利用者の介護のために作成している記録全体のことを介護記録とさせていただきます。
- 介護記録は、個人情報の保護に関する法律25条並びに厚生労働省作成の「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」に基づき、介護サービス利用者本人は、介護事業所に介護記録の開示を求めること可能です。
- ご本人が死亡した場合、遺族は、厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」に従い、介護事業所に介護記録の開示を求めることができます。
- ※事案によっては、介護記録の開示請求を自分でせずに、裁判所の証拠保全手続きを利用した方が良い場合もあります。
- 市町村への事故報告書
- 介護事業所は前記のとおり、介護事故について市区町村に事故報告書を提出しているはずです。事故説明がなされない場合には、事故報告書を市町村から開示してもらうことで、事故内容や事故についての事業所側の認識を知ることができます。
- 事故報告書は個人情報ですから、利用者ご本人またはご家族が条例に基づき市町村に開示請求することができます。
- ※各役所のホームページに書式があります。
- 救急活動記録票
- 119通報により救急搬送された事案では、通報がされた時刻や救急隊が現場に到着した時刻、病院に搬送された時刻、最初の119通報の内容などを知るために救急搬送記録が重要となることがあります。救急搬送記録も個人情報ですから、利用者ご本人、または遺族が条例に基づき消防局などに開示請求することが可能です。
- 介護保険認定調査票
- 事故前のご本人の心身の状態を客観的に知るために、要介護認定調査時の介護保険認定調査票が参考になる場合があり、特に認定調査票特記事項欄には、ご本人の転倒のおそれや、嚥下(えんげ)・咀嚼能力、認知症の程度などが詳細に記載されているので重要な参考資料になります。
- 要介護認定調査に関する資料も個人情報ですから、利用者ご本人またはご家族が条例に基づき市町村に開示請求すること可能です。
- 診療録
- 事案によっては、介護事故発生後に搬送された医療機関における診療情報や、かかりつけ医による診療情報が重要となる場合もあります。利用者ご本人またはご家族は、厚生労働省の「診療情報の提供などに関する指針」に従い、医療機関に対し、診療録の開示を求めることが可能です。
今回は、「介護事故が起こってしまった場合に、家族はどのような対応をすれば良いのか」をテーマにお話ししました。
介護事故はいつ起こるかわかりません。いざというときのためにもある程度の知識や対応の流れは把握しておくと良いですね。その方が弁護士を活用するときにもスムーズに動けます。
「弁護士が介護事故に関与して解決に至るまでの流れ」については次回以降に説明いたします。お楽しみに。