皆さんこんにちは。株式会社てづくり介護代表取締役の高木亨です。
今回は「人生を豊かにする『学び』」ついて、お話いたします。
年齢を重ねてからの学びは心の栄養補給につながる
「『知るは楽しみなり』と申しまして、知識をたくさん持つのは人生を楽しくしてくれるもの。」
「クイズ面白ゼミナール」(NHK総合テレビ1981年〜1988年放送)という教養クイズ番組において、主任教授をされた鈴木健司さんの番組冒頭の言葉です。筆者の両親はこの番組が好きで、筆者自身強い影響を受けました。このセリフは現在でも空で言えるほど、今でも大切にしている言葉の1つです。
さて、「人間の知能は加齢とともに低下していく」といまだに思っていらっしゃる方も少なくありません。現在の脳機能に関する研究によると、60歳を過ぎてからピークを迎える知能もあることが解明されています。
もちろん、アルツハイマー病に代表される認知症により記憶や思考能力に異変が生じ、脳機能が低下していく場合もあります。しかし、たとえそうであったとしても失われにくい知能があります。経験の積み重ねの重要性が損なわれることはありません。また年を重ねてからの学びには、単純に「新たな知識の獲得」以外にも重要な役割があります。それは「意欲」や「生きがい」の獲得であり心の栄養補給としての役割があると私は考えています。
近年においては、成人の脳でも新たな細胞が生成できることが立証されています。これは年齢にかかわらず脳が成長を続け、再生する可能性があるということです。「年だからもう無理」とあきらめる必要はないばかりか、いくつになっても、たとえ病気になったとしても「脳機能を維持向上させたい」と願うすべての人にとっての希望となるでしょう。
勉強会で自己肯定感を増大させて生きがいを得る
「老後はキョウイク(今日行く)とキョウヨウ(今日用)が大切」という言葉が一時期大きな話題となりました。「「今日行くところ」も「今日の用事」もなければ、高齢者の方は家にいたまま1日が終了してしまう」という意味で、そのときは「なるほど」と思われた方も少なくないでしょう。
とはいえ、私も「キョウイク(教育)とキョウヨウ(教養)」も大切だと思っていますし、弊社の活動においてもいわゆる「脳トレーニング」や学習といった勉強会を行っています。意外に思われるかもしれませんが、勉強会はかなり人気のある活動なんですよ。
勉強会のテーマはその都度異なりますが、それが時事的な話題であっても高い意欲で参加される方が少なくありません。特に健康分野や生活関連の勉強会の人気が高いです。
例えば、世を騒がせている新型コロナについても勉強会のテーマとなります。覚えてもらえればそれに越したことはありませんし、覚えることができなくても効果は抜群です。
多少難解な言葉があっても、「なになに?」「それってどういうこと?」「どうするといいの?」という質問も多数寄せられます。身体トレーニングであっても「このトレーニングはどこにどう作用して…」と学びから入ることで、取り組みに意欲を持たせることが可能になります。生活分野においても、「オレオレ詐欺」の勉強会が実際に役に立ったなんてこともありました。
そのときに、興味が沸き、胸がときめき意欲が湧くことが重要なのです。いくつであっても、新たな知識を学ぶことや新たなチャレンジを試みることは自己肯定感を増大させ、生きがいをもたらします。
資料やプリントを大事そうに持って帰り、「孫に教えてやったんだ」「今日勉強してきたから」と自慢気に話す高齢者の皆さまの瞳は本当に輝いていらっしゃいます。「学び」とは教えられるばかりではなく、教えることにもつながっているのです。
「教える」こともご本人の生きがいにつながる
ときには、生徒の方に先生役をしていただくこともあります。今年はコロナ禍ですのでそうしたイベントは組めませんでしたが、「稲わらで縄をなう指導」「編みものを教える」などの企画をしたこともありました。それはもう大変な盛況ぶりで、時間になっても「もう少し」「あとちょっと」「せめて1つ仕上げるまで」と夢中になって教えていました。「教えられることがある」「伝えられることがある」となったときの意欲と言ったら目を見張るものがありますね。
そうして生まれる「生きがい」は、実際の精神機能や身体機能にも極めて大きな影響を与えることがわかっています。東北大学の調査によると、生きがいのない人は生きがいのある人に比べて、脳血管疾患や心疾患、循環器疾患などといった死亡リスクが高くなるのだそうです。「生きがい」と「健康」は互いに作用しあっていると言えそうです。
ほかにも、高齢になればなるほど、さまざまな喪失体験が生じます。大切な方々との別れ、社会的役割の低下、長年住み続けてきた環境を失うことなど、挙げればキリがないでしょう。そうした何かを「失っていく」傾向に対して何かを「得る」ということは、宝石のように輝くできごとになり得ます。「学びはいつ、どこであっても、お金がなくても知識や自信を『得る』ことができる貴重なものとなっている」と、学んでいる高齢者の皆さまから感じています。
豊富な知識は人生を楽しくしてくれる
当たり前の話ですが、強制的に「やらされた」や「させられた」であっては意味がないばかりか、むしろ害のあるストレスになりかねません。
しかし、少なくとも学びや学習機会をきっかけに話が多少脱線しながらも、「自分の知っていることを誰かに教えてあげよう」と身を乗り出してお話しする様子からは「意欲・自己肯定感・生きがい」といったものが自然と湧き出しているように感じられます。
まさに「知るは楽しみなり」と申しまして、知識を持つことが人生を楽しくしてくれると言えるのではないでしょうか。