皆さん、こんにちは。終活カウンセラー協会で講師をしている、ジャーナリストの小川朗です。
本日はゴルフジャーナリストとしての立場から、「ゴルフが与える高齢者への影響」について考えていきたいと思います。
コロナ禍でも楽しめる「ゴルフシミュレーター」
あまり知られていませんが、介護とゴルフの関係は、相性がとても良いのです。「ゴルフシミュレーター」というものをご存じでしょうか。室内でゴルフのプレーが楽しめて、18ホールを体験できる設備です。
打球が飛んだ方向にスクリーンがあり、そこにあたかもゴルフ場で実際にボールが飛んでいくかのような映像が映し出されます。自分の希望にあわせてコースを決めることができて、最長18ホール回ることも可能です。近年、このゴルフシミュレーターの設備がデイサービスの施設に導入されはじめています。すでに6ヵ所導入実績のあるメーカーにお話を伺うと、こんな答えが返ってきました。
「わが社の場合は個人宅に6割、会社の福利厚生を目的に企業が導入するケースがそれに続くのですが、デイサービス施設の中でも興味を示されるところが増えている感じですね。コロナ禍でも、このところ前年同月比2倍の売り上げです」(関係者より)。
シミュレーターは1台200~250万円と、決して安い商品ではありません。にもかかわらず個人宅での需要があるということは、まさに新型コロナの感染拡大を受けての「巣ごもり需要」。出控えで運動不足となる中、富裕層が自宅の空いているスペースにシミュレーターを設置しているというのです。会社でもリモートワークが増えオフィス内の改造が進み、共有スペースにシミュレーターを設置するケースもあるそうです。
ゴルフシミュレーターのブースの中では1人きり。感染のリスクが低い環境で行えるスポーツと言えます。ゴルフシミュレーター市場は、元来コロナ禍に強い体質を持っていたわけです。
フレイル予防のためにデイサービスで導入
コロナ禍であっても手軽にスポーツを楽しめるゴルフシミュレーターですが、デイサービスで人気を集めている理由があります。団塊から上の世代の多くがフレイル(虚弱)という状態を経て要支援・要介護の領域へと向かっています。そのキッカケとなっているのが、加齢だけでなく慢性疾患などに起因した筋力の低下。筋力・筋肉量の低下は基礎代謝量の低下を招き、活動量が減ることでエネルギー消費量がダウンします。
エネルギー消費量がダウンした状態では食欲が湧かないため、食事の摂取量も減ります。こうなってしまうと、タンパク質をはじめとした栄養の摂取不足となり低栄養状態に。これがさらなる筋力の低下を招いていくという「フレイル・サイクル」に陥ります。まさに加齢から来る負のスパイラルです。
この先にあるのが「活動量の低下」と「社会的交流の減少」。そこに認知機能や身体能力の低下が加わって転倒や骨折、慢性疾患の悪化などを招き、要介護状態になってしまうケースが多いのです。
活動量の低下と社会的交流の減少。その原因となるのが男性の高齢者に顕著な引きこもり状態です。高齢者がデイサービスに乗り気でない理由は、「大人の幼稚園になんか行きたくない」というもの。以前、シニアの方がこんな愚痴をこぼしていたというのです。
「歌を歌わされたり、体操をさせられたりで、まるで幼稚園みたい。あれじゃ行く気もなくなるよ」
そんな先入観を拭い去る決め手となっているのが、ゴルフシミュレーターなのです。ゴルフは高齢者の方であっても人気の高いスポーツ。体力が低下して、リアルなゴルフをできなくなった人でも深刻な問題となっています。そんな人たちにとって、ショットやパットがその場ででき、歩かなくても18ホールをプレーできてしまうシミュレーションゴルフは、魅力たっぷりの設備です。
ゴルフシミュレーターが決め手で通所を決めた利用者も
こうした長所に着目し、いち早くデイサービスの現場にシミュレーターを導入したのが、群馬の「エムダブルエス日高 日高デイトレセンター」です。2013年のオープンと同時期から設置されているとのことで、介護業界ではまさに先駆け的な存在。松本博所長は導入の裏事情をこう明かしてくれました。
「弊社の代表が設立に当たり、従来型では後期高齢者の方々の満足を得られないと考え、団塊の世代の人気スポーツであるゴルフに着目しました。要介護3で左半身麻痺の方でも、女性用のクラブを右手1本で打たれていました。『ほかのデイサービスではもの足りない』という方もおられるほどです。見学の折にゴルフシミュレーターを見て通所を決めた方もおられます」
また、3年前からシミュレーターを導入している栃木の「グッドエイジクラブ宇都宮」で施設長を務める中田良江さんは、こう言います。
「コロナ禍前はご友人同士で誘いあってくる方もおられました。今は感染対策のため、お一人での利用とさせていただいていますが、毎日どなたかが利用されていますね」
筆者が以前現地を訪れた際にも、対戦モードでラウンドする風景が見られました。しかし感染予防が優先される現在は感染症対策で「お一人様モード」。とはいえゴルフは元来個人競技ですので、1人でやっても十分楽しめます。
今年の8月に導入したばかりの「デイトレセンター・リヴァール長野」の江口明施設長は、「シミュレーターが前向きになるきっかけとなることを期待しています」と語ってから、こう続けました。
「シミュレーターをプレーすることで『もう一度、ゴルフ場に戻ってゴルフをしよう』という気持ちになってくれれば、リハビリのモチベーションにもなりうるのではないかと思います」
健康的な生活を取り戻す良いきっかけに
フレイルの状態からでも適切な治療や予防を行うことができれば、健康な状態に戻ることができます。逆にそのままフレイル・サイクルに身を置けば、要支援・要介護状態になってしまいます。
フレイルの状態は健康と要支援との分岐点にあります。誰もが「健康な状態に戻りたい」と思うはずです。歩かずともできるゴルフシミュレーターが、その入り口の役割を果たしてくれるでしょう。デイサービス施設で体力がつけば、実際にゴルフ場でプレーすることも可能になります。
解放感いっぱいのゴルフ場で、歩きでのゴルフを楽しめるようになればしめたものです。朝のうちに太陽光を浴びることができれば、セロトニンの分泌につながります。セロトニンは睡眠を促すメラトニンに影響を与えます。質の良い睡眠を取るためにも、太陽光を浴びることは重要なのです。心身ともに健康になるきっかけは、シミュレーションゴルフから。プレーしたことのない方も、ぜひトライしてみてください。