皆さんこんにちは。株式会社てづくり介護代表取締役の高木亨です。
「自立支援」をうたっている介護保険制度ですが、支援の中で、ご本人に社会の都合を押しつけてしまっている場面は少なくありません。
ご本人の「良かれ」と思っている内容と、支援者を含む社会が考えている「良かれ」の内容にずれがあることが理由です。
今回は、自立促進の観点から考える福祉施設の在り方について見ていきたいと思います。
バリアフリーはご本人の「自立」を妨げている!?
2000年の介護保険制度の設立により、新たに「介護市場」が出現し、急速に介護サービス事業所や介護施設が増えていきました。
今、ご本人が生活する環境は「身体的負担が少ないことが正義」という考え方が主流です。
実際にバリアフリーの考え方は広く浸透し、施設や事業所にも取り入れられています。僕自身、それを「正しい」と思って仕事をしていましたし、間違っていないと思います。
しかし、長く介護に携わる中で、ある矛盾に気がつきました。
それは、「『自立支援』と言いながらも、生活しやすい施設のような環境を提供し続けることは、知らず知らずの内に、自宅での自立した生活を奪っているかもしれない」ということです。
僕は就職氷河期世代ですので、異業種で何度か職を失い、2000年にパート職員として介護業界に入りました。
当時は、それまでの常識と大きく異なる世界観を持つ介護業界についていくのに必死。日中は仕事、夜は勉強に明け暮れて、その大きな矛盾に気がつくまでに長い年月を要しました。
異業種を経験していたこともあって、介護現場の特異性が目についてしまう「生意気なおじさん」という自負はありましたが、僕自身がいつの間にか、「自立支援の考え方に則して介護している」つもりになっていました。
デイサービスやショートステイでの訓練が自宅での転倒、骨折の原因に
デイサービスの管理者になって利用者の出入りを見られるようになった頃、奇妙な場面に遭遇しました。
バリアフリー化しているデイサービスやショートステイでは歩行器をつかんで、足を上げなくてもすり足で移動できれば「自足歩行できる」ことになっています。
そうしたデイサービスやショートステイに慣れて利用回数も増えれば、我々の手の届かない自宅で転倒や骨折をして、施設や病院で生活せざるを得なくなってしまいます。
機能訓練やリハビリをしている方の自宅は、多くの場合バリアフリー住宅ではなく、自宅内にはさまざまな「バリア」が存在しています。
一方、「健康、交流、機能訓練」を目的としたデイサービスやショートステイには、その「バリア」はありません。
僕が過ごしたデイサービスは、丁寧すぎるほどにバリアフリーでした。
その結果、自宅で転倒事故を起こし、介護の重度化や自宅での暮らしを断念せざるを得ないケースを多く見てきました。
このようなケースを何度も見るまで、僕はそのことに気がつくことができませんでした。
「自宅環境」を想定した小規模デイサービスを開業
僕は、「自宅で必要とする動きを訓練する環境が必要なのではないか」と考えるようになりました。
2011年、東日本大震災を機に、利用者の自宅環境により近い畳やコタツ、敷居、段差を可能な限り残した、小規模のデイサービスを開業しました。
行政からは、「なるべくバリアフリーにするように」と指導を受けましたが、コンセプトと狙いを仔細に説明し、どうにか理解を得ることができました。
トイレに向かうときであっても、お風呂に入るときであっても、日常生活では意識せずに動く場面が多くあり、その際、体の各部位の筋肉が鍛えられます。
“高齢者にやさしい”環境では、その筋肉をつけることは決してできません。
僕たちのデイサービスでは、「ちょっと不便な」環境を提供しています。
ご本人の「自立」とは、自宅で支障なく生活していけること
もちろん、そうした動き自体が難しい方にとって、「自宅環境をバリアフリー化する」というのも間違いではありません。大規模な全館バリアフリーの事業所や施設も必要不可欠です。
一方で、それまでの生活習慣や性格、認知症症状などにより訓練やトレーニングを拒否したり、否定的な態度を取ったりする方もいます。そういった機能訓練メニューへ同意してもらうのは難しく、参加意欲を高めてもらうのは容易ではありません。
しかし、「ちょっと不便な」環境においては、ご本人にとって難儀な動きを繰り返さなければトイレにも行けず、玄関にも行けなくなります。
ご本人が自ら動き続けることで、日常的に必要な動作と筋肉は維持されます。
ご本人にとっての「自立」は自宅で生活を送ることです。
自宅での生活をご本人が望むとき、可能な限り日常で必要とされる動きを訓練できる環境が大切なのではないでしょうか。