いいね!を押すと最新の介護ニュースを毎日お届け

施設数No.1老人ホーム検索サイト

入居相談センター(無料)9:00〜19:00年中無休
0120-370-915

野依良治「科学は真理の探究、そして福祉の実現のためにある」

最終更新日時 2021/03/15

野依良治「「知は力なり」。21世紀を生き抜くには知識を使う“知恵”が必要」

コロナ禍は従来の教育を改め、再生する絶好の機会

みんなの介護 野依さんはノーベル化学賞を受賞される以前、30年以上にわたって、名古屋大学で教鞭を執っておられました。また、教育再生会議座長を務めるなど、教育関連の場で多く発言をされています。新型コロナの感染拡大に直面している教育界の現状を、どのように見ておられますか。

野依 すでに、大学などに在籍していた5,800人の若者が中退、休学したことを聞きました。日本だけではなく、昨年末のユネスコの調査よれば、学校に通学できない子どもは世界で3億2,000万人以上。学生や生徒から貴重な教育機会を奪うことで、世界レベルで学力低下することを懸念しています。

みんなの介護 日本の多くの大学では、オンライン授業がもはや当たり前になりつつあるようです。

野依 それも困った現象です。もちろん、オンライン授業には利点があります。学生がどこにいても講義が受けられ、移動の効率化や地域格差の解消ができます。対面では受講できなかった著名な人の講義も在宅で受けられ、理屈上は「学びの場について機会均等な状態になった」ともいえます。しかし、そのために情報端末や通信環境の整備が必要で、経済的理由による格差が拡大しないよう配慮が必要です。

単にオンラインセミナーを受けるだけなら、学校に行く必要はありません。学校とは人と人が出会い、互いに連帯感を持って成長していける場所。大学生の場合、教授や講師による授業よりも、本当は友人や先輩との交わりから教わることのほうがはるかに多いと思います。コロナ禍で大学構内への立ち入りが制限され、大学生たちはかわいそうです。

大学は仕方なくオンライン授業を続けるのではなく、教育再生に向けて新たに挑戦する絶好の機だと捉えるべきです。例えば、個別の専門分野に偏ったカリキュラムを見直し、遠隔授業を活用してリベラルアーツ(自由で能動的な市民となるための基礎的教養)を重視する方向に大胆に舵を切るなども良いかと思います。

人の能力を育成・開花させる教育の先に健全な社会がある

みんなの介護 野依さんは大学教育の現場から退いた今でも、教育に対する思い入れが強いのですね。

野依 私は人生というものを、少しばかりの必然と数多くの偶然からなる長い旅路だと考えています。日本も人生100年時代を迎えた今だからこそ、長い人生をまっとうに歩むための実りある教育が求められます。

教育は、若者や子どもたちが将来充実した生活を送れるように、それぞれの能力を育み開花させるためにあります。そして、そうした一人ひとりの人生の集積こそが健全な社会をつくることになります。だから教育は個人のためだけではなく、社会全体にとって重要です。

そうだとすれば、教育は各家庭や学校だけに任せるのではなく、地域社会、産業界、国家をも巻き込んで、総掛かりで取り組むべき課題だといえるでしょう。

みんなの介護 教育といえば、大学入試センター試験が2021年から大学入学共通テストに変更されましたね。

野依 はい。高校教育、大学教育、大学入学者選抜を一体的に更新する「高大接続改革」の一環として導入されました。しかし、もっと早い時点で人間性を育むSTEAM教育を実践するなど、劇的に改革しなければなりません。

みんなの介護 STEAM教育とは何でしょうか。

野依 これからのグローバル時代に即した多様な人材を育てるため、アメリカで提唱された手法です。STEAMとは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Arts(芸術・人文科学)、Mathematics(数学)のそれぞれ頭文字を並べた言葉。従来のような受け身の教育ではなく、自ら問題を発見し、他者と協調して解決していくための思考力・判断力・表現力を醸成する教育ともいわれます。

17世紀の哲学者フランシス・ベーコンは「知識は力なり」という名言を残しました。しかし21世紀の今、単にKnowledge(知識)だけではAIに太刀打ちできません。これを十分に使いこなせるWisdom(知恵)が必要です。彼の言葉を修正するならば、知識と知恵の両者を掛けて「知は力なり」でしょう。

「独創」から「共創」へ。イノベーションのあり方も変わってきた

成育とともに視野を狭める日本の教育制度

野依 私には孫が3人いますが、幼い子の感性の豊かさ「Sense of wonder(センス・オブ・ワンダー)」は素晴らしいですね。花や草、虫、鳥、動物、お絵かき、歌、お話も、とにかく好奇心の幅がものすごく広いのです。ところが、この国では成育するにつれて、人の興味の対象はどんどん狭くなり、美意識や感受性も失われていきます。

これは、不都合な社会環境によるもので、わが国の教育制度の問題点は、まさにここにあると思います。入試のためだけに必死に勉強して、有名な学校に入って、大企業に就職して…。今50歳で大手企業に勤めている多くの人は、社内の人事考課と、第4四半期の売上げ以外に興味がないのではないでしょうか。政治家に仕える有能な官僚も疲労困憊しています。たった一度きりの人生、それで楽しいのかと本当に気の毒に思います。

私は世界中のノーベル賞級の数々の頭脳に巡り合ってきました。彼らの多くは、試験で要領良く点数を取る、いわゆる“良い頭”ではなく、自学自習を実行する “強い頭”を持っています。そして年齢を問わず、みずみずしい感性と強い好奇心を持ち合わせているのです。

みんなの介護 ノーベル賞を受賞するような科学者が、いわゆる“良い頭”ではないというのは興味深いです。

野依 与えられた問題を解くことは、むしろ日本の大学生のほうが得意かもしれません。幼児期から学生時代の間は先生から問いを与えられ、社会人になってからは上司からの課題に取り組みます。忍耐強さは育まれますが、そんな作業はいずれAIに取って代わられます。逆に「自ら良い問題をつくってみよ」と言われると、そういう経験をしてきていないから、ほとんど考えられません。一方、世界の科学界では、自ら良い問題をつくり、鮮やかに解いてみせてはじめて評価されます。この自己実現は楽しいことです。競争相手がいないから、世界のオンリーワンでもいられます。

国家としても、気候変動や技術革新の大きな課題を自ら発案して実行しなければ、他国から尊敬されるどころか周回遅れとなるでしょう。

「異との出会い」が創造を生む

みんなの介護 先ほど、ノーベル賞を受賞する科学者は自ら良い問題をつくると伺いました。彼らはなぜ、そんなことができるのでしょうか。

野依 自由と個性。それと世界中の異質の人と数多く出会って、気づきやひらめきを得ています。

私たち世代は貧しく、教育水準も低かったのですが、盛んに海外の有名大学に留学してさまざまな国籍の人たちと出会い、科学以外のことも多く学びました。ところが、最近の優秀な学生は極端に内向きで、なぜか異質の存在に接することを嫌います。

コロナ禍以前の世界統計によれば、海外留学生の総数は年間約420万人。そのうち、日本人はわずか3万人しかいません。また、アメリカで理工系博士号を取得する学生は1年間に約5万5,000人。外国籍では中国人の約6,200人が最も多く、インド人は約2,000人、韓国人は約1,000人。日本人は極端に少なく、わずか120人です。

みんなの介護 それはショッキングな数字ですね。

野依 渡航する日本の研究者が減れば、それだけ人脈も広がりません。学位取得には6年間かかるので、少なくとも300人くらいの外国籍の友人・知人ができるはずです。その人的ネットワークがその後の個人や組織、そして国家の研究活動の大きな力になります。これはビジネスについても言えることです。

分野を問わず、世界に通用する人間になるためには、小さな池でなく恐ろしいサメもいる大海に自ら身を投じて、たくましい回遊魚として生きていかなければなりません。

現代の科学界や産業界は、もはや一人の天才の独創性に頼る時代ではありません。多くの異質の叡智を結集し、その接触から新たな創造を生み出す時代。つまり、「独創」から「共創」へとイノベーションのあり方も変わってきたのです。

この時代に求められるのは、競争力だけでなく協調力。これから子どもたちや若者には、自らの特技を生かして国内外の信頼できる人たちと連携し、そこから新たな価値を生み出す能力を身につけてほしいと思います。

野依良治氏の主な著書に 『私の履歴書 事実は真実の敵なり』(日本経済新聞出版社)がある。

湯川秀樹博士に憧れて歩んだ科学の道、ノーベル賞までの知られざる足跡、間近で目にした「科学者」としての天皇陛下―。稀代の化学者が半生を語り尽くす。

野依氏が最近の関心事や問題意識などを綴ったコラム「野依良治の視点」もぜひご覧ください。

関連記事
医師・医療ジャーナリスト森田豊氏「認知症になった母への懺悔 医師である僕が後悔する『あの日』のこと」
医師・医療ジャーナリスト森田豊氏「認知症になった母への懺悔 医師である僕が後悔する『あの日』のこと」

森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07