野依良治「科学は真理の探究、そして福祉の実現のためにある」
シルバー民主主義に向かわず若者の意見を尊重すべき
みんなの介護 2025年の日本では、4人に1人が75歳以上となり、少子化も加速し続けます。少子超高齢化問題とどう向き合っていけばいいとお考えでしょうか。
野依 21世紀の今、少子超高齢化の流れは止められません。私たちには科学技術を駆使するだけでなく、人びとの考え方を変革する「価値観のイノベーション」が求められていると思います。
この深刻な問題を解決するうえで重要なことは、孫世代、ひ孫世代に思いを寄せつつ、若者たちを議論に巻き込んでいくことです。介護を含む社会福祉制度は全世代にかかわる問題ですが、とかく現在の高齢者と現役世代の間だけで議論しがちです。しかし、高齢者を支えるのは間違いなく若者たちで、いずれ彼らも高齢者になります。だから、支えられる側だけでなく、むしろ支える側の意見を十分に尊重するべきです。
敬老精神は必要ですが、シルバー民主主義の方向に向かってはなりません。そして、多数の高齢者を支える若年層の人口分布を可能な限り分厚くする思い切った施策を考え、実現していくべきです。
みんなの介護 これから若年層の人口を増やすことは可能でしょうか。
野依 価値観のイノベーションを起こすことで、絶対に不可能ではないと思います。
未成年に投票権を与える「ドメイン投票方式」
野依 社会の年齢構成が大きく変化しました。生産活動の現役から退いた65歳以上、また知力が低下した我々世代の選挙権を引き続き認めるのであれば、明日を担う0歳から18歳未満の若者や子どもたちにも選挙権を与えるべきです。現行制度は民主主義の観点からもとても不公平と言わざるを得ません。ここで、未来を担う子どもたちの声を聞くための方法を一つ提案したいと思います。
アメリカの統計学者ポール・ドメインは、1986年にきわめて合理的な投票方式を考案しました。簡単に言うと、子どもの投票権を親が代行して行使するのです。例えば、選挙権年齢に達しない子どもが2人いる夫婦の場合、自分たちの分と合わせて4人分の投票ができることになります。
この「ドメイン投票方式」を採用すれば、子育て世代の意向が政治に強く反映されるようになります。認可保育所の数を3年で2倍にするとか、子どもが就学年齢に達するまで育児休業・休暇を取れるようするとか、大学の高い授業料を減額、ないし全額給付するとか…。現代社会の実態を踏まえ、良き明日をつくるべく意見が集約されます。政治家は、これらのまっとうな要望を選挙公約に掲げるようになります。子育てしやすく、また子どもたちにとって明るい社会環境が整備されれば、子どもを産みたいと思う夫婦は確実に増えるでしょう。結果として、少子化が緩和されるはずです。
みんなの介護 なるほど。きわめて現実的に有効な施策だと思います。
野依 この投票方式について、ドイツやハンガリーの議会で何度か議論されながら、まだ実際に導入されてはいません。しかし、出生率の減少と高齢化がさらに深刻なわが国こそ、世界に先駆けて導入すべきと考えます。
なぜ75歳以上は後期高齢者なのか
みんなの介護 今日は、少子超高齢社会についていろいろとお話を伺ってきました。最後に、野依さんご自身は今後の人生についてどのように考えていますか。
野依 私が75歳になったある日、突然に「後期高齢者医療被保険証」が送られてきました。それを見て一人憤慨しましたね。私は世の中のためと思って毎日働き、納税者としての役割も果たしています。なのに、形式的に「後期高齢者」に区分けされ、「もう役に立たないので墓に入ってくれ」と言われた思いです。何故“後期”なのか、役所の国語力の欠如と、傲慢・冷徹な権威主義にあきれました。
人間は、生まれた瞬間から老いが始まっています。と同時に、死ぬ瞬間まで一定の若さも保っています。生まれたときは若さと老いが「100:0」だったところが、年々変化していき、最後は「0:100」になって人生を終えます。若さと老いはいつも共存しているのです。人それぞれの身体的・精神的な健康状態は、生活環境などによってもきわめて非直線的に変化します。にもかかわらず、行政が一律に前期・後期と年齢だけで規定するのには、強い違和感があります。65歳、75歳を迎えたとき、国の命令で自分の生き方を変える必要などまったくありません。
生物学的には、人間は120歳くらいまでは生きられるそうです。私はそこまで生きられないでしょうが、今のところ年中休日もなく働き続けていて、死ぬための用意は何もしていません。今、大いに反省しています。
人に感謝されることを働きがいに
みんなの介護 わが国では、生産年齢を「15歳以上65歳未満」と定めています。これについてはどのようにお考えですか。
野依 仕事にもよりますが、研究では実質的な生産年齢の下限は20歳くらいでしょうね。しかし、0歳から20歳が教育期間、20歳から65歳が現役世代で、65歳から100歳が老後という社会的慣習や制度の決めつけが、わが国の社会を硬直化させ経済生産性を損なっていると思います。芸術やスポーツでも少年・少女たちがすごい才能を発揮しているし、他方で、私と同年代でも、十分な知力・意思力を持って、自立的かつ自律的に働いている人はたくさんいます。人それぞれであるにもかかわらず、65歳で一律に仕事を辞めさせられ、低賃金で再雇用される現状では、国民の意欲はそがれます。もっと人びとが誇りを持ち、生きがい・働きがいを感じられる社会を実現していくには、雇用制度のイノベーションも必要です。
最近私は、若い人によくこんな質問をします。「君は尊敬されているか、それとも感謝されているか」。誰かに尊敬されることはとても難しいことですが、感謝されることは心がけ次第で誰にでもできます。そして、それも一つの働きがいだと思うのです。
私は、学問や科学技術の世界で働くしか能のない人間ですが、これからは若い世代や孫子の世代を助けるために、生きていきたいと考えています。人生を振り返ってみると、国内外の本当に多くの先生や先輩、友人の教えに導かれてここまで来たと感じます。「その恩返しをしたい」というのが、目下の私の働きがいになっています。もっともっと社会のために役に立たなければ、人生の辻褄が合いません。その思いで明日も、一生懸命働きます。
野依良治氏の主な著書に 『私の履歴書 事実は真実の敵なり』(日本経済新聞出版社)がある。
湯川秀樹博士に憧れて歩んだ科学の道、ノーベル賞までの知られざる足跡、間近で目にした「科学者」としての天皇陛下―。稀代の化学者が半生を語り尽くす。
野依氏が最近の関心事や問題意識などを綴ったコラム「野依良治の視点」もぜひご覧ください。
連載コンテンツ
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さまざまな業界で活躍する“賢人”へのインタビュー。日本の社会保障が抱える課題のヒントを探ります。
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認知症や在宅介護、リハビリ、薬剤師など介護のプロが、介護のやり方やコツを教えてくれます。
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