ピョートル・フェリクス・グジバチ「身内に厳しい日本人。日本社会の慣習や文化にもっと誇りを」
ポーランド人の起業家であり経営コンサルタントでもあるピョートル・フェリクス・グジバチ氏。母国語のポーランド語や英語だけでなく、日本語にも精通する言語学のスペシャリストでもある。2000年に来日し、ベルリッツ、モルガン・スタンレー、グーグルのアジアにおける要職を歴任し、2015年に人材育成・経営コンサル企業のプロノイア・グループを設立。『ニューエリート グーグル流・新しい価値を生み出し世界を変える人たち』(大和書房)などのベストセラーも上梓している。そんな国際派経営コンサルタントの眼に、わが日本政府の新型コロナウイルス対策はどのように映っているのか話を伺った。
文責/みんなの介護
日本は感染者・死者数ともに欧米に比べて奇跡的に少ない
みんなの介護 新型コロナウイルスとの戦いはすでに1年半近く続いていますが、国民へのワクチン接種の遅れや変異株の出現などもあって、いまだに収束する兆しが見えません。長期の自粛生活を強いられている国民の多くが不平や不安を抱えています。ピョートルさんはポーランドに生まれ、ドイツ、オランダ、アメリカでの生活を経験し、2000年に来日してからもグローバルな活動をされていますね。国際的な視点から見て、日本の新型コロナ対策をどのように評価していますか。
ピョートル まず言えることは、日本の感染状況が欧米に比べて圧倒的に低いということ。例えば、アメリカの累計感染者数は3,100万人、死者数55万人を超えているのに対し、日本の感染者数は約50万人、死者数約1万人に抑えています(2021年4月15日時点)。感染者数ではアメリカの60分の1以下、死者数は55分の1以下です。ヨーロッパの主要な国々を見ても、2021年4月上旬時点でフランスが累計感染者数490万人超、死者数10万人超、イギリスが累計感染者数430万人超、死者数12万人超、ドイツが累計感染者数300万人超、死者数8万人超。感染対策が比較的優秀なドイツと比べても、数字だけで見れば日本は感染者数で6分の1、死者数で8分の1に抑えています。
みんなの介護 では、なぜ日本は新型コロナのパンデミックをある程度抑えることができているとお考えですか。
ピョートル 日本が欧米ほどの感染爆発を起こしていないのは、日本の文化的要因が大きいのではないかと考えています。
例えば日本には、欧米の人々のように他人と濃厚接触する習慣がありませんね。欧米人は知人と会うとハグしたり、ときにラテン系の国々では頬にキスしたりして挨拶をかわしますが、日本人は知人と会っても握手さえしないケースがほとんど。今回のパンデミックでそれらも変わってきていますが、単純に挨拶などのコミュニケーション文化にかかわらず、精神文化も含めて、さまざまな要因が複合的に合わさったことによるものだと考えられます。
日本人の文化と衛生観念が感染爆発を抑制している
みんなの介護 日本が欧米のように感染爆発しないのは、日本人固有の遺伝子の影響ではないか、という説もありますね。
ピョートル 遺伝子については専門外なのでよくわかりませんが、先ほどもお話した通り日本の文化が大きく影響しているのではないか、というのが私の考えです。
日本の人々は、子どもの頃から衛生観念もしっかり植え付けられています。新型コロナのパンデミックが発生する以前から、外出先から帰宅した際の「手洗い・うがい」は日本人の生活習慣の一部でした。また、風邪を引いて喉が痛かったり、咳がひどかったりしたらマスクをする。これも、日本人にはごく当たり前の行動様式だったはずです。日本人は清潔好きで衛生観念も行き届いているからこそ、新型コロナの感染予防対策もスムーズに行えたのではないでしょうか。
もう一つ、私は日本語という言語にも注目しています。
私は大学院で言語学を学び、現在はおもにポーランド語、英語、日本語を話しますが、日本語の特徴は発音にあまり抑揚をつけず、摩擦音(す“ず”め)や破擦音(“つ”ばめ)、破裂音(“ぺ”リカン)が外国語に比べて少ないことです。
摩擦音や破裂音が少なければ、話すとき唾液が飛沫しなくなります。同じ東アジアでも、中国人が中国語を話すときと比べて、日本語の唾液の飛沫量は圧倒的に少ない。新型コロナウイルスは飛沫やエアロゾル(空気中に漂う粒子)で感染すると言われていますから、日本人同士が日本語で会話する場合、ほかの言語話者より感染リスクは少ないと考えられます。
慎重な検証を経て始まったワクチン接種
みんなの介護 新型コロナウイルスの感染拡大が、日本では欧米ほど深刻な状況になっていないのは、日本の文化的要因が大きいというお話でした。緊急事態宣言などの感染予防対策についてはどのように見ていますか。
ピョートル ヨーロッパでは多くの国がいまだにロックダウンを強いられていて、街へ外食に出かけることさえできません。外出の自由を奪われるのは相当なストレスのようです。私たちの暮らし方に対する影響は大きいのではないでしょうか。また、都市を完全にロックダウンしてしまうと、経済に壊滅的なダメージをもたらします。
新型コロナ対策で道を誤ったのがトランプ政権下におけるアメリカです。トランプさんは、自分のフォロワーを増やして大統領選を優位に戦うために、新型コロナを軽視した情報を発信し続けました。その結果、新型コロナウイルス感染症で多くの国民が死亡したのは紛れもない事実です。
みんなの介護 日本が欧米に比べて大幅に遅れているのが、国民へのワクチン接種です。政府は7月末までに高齢者へのワクチン接種を終えたい意向のようですが、ワクチンが当初の計画どおりに供給されていないという声も耳にします。
ピョートル ワクチン接種については「不用意に急ぐべきではない」というのが私の考え方です。欧米では、治験をかなり前倒ししてワクチンを承認したようですが、いくら緊急事態とはいえ、人の身体に入れるものは、副反応などをより詳細かつ慎重に検証すべきでしょう。その点、日本は欧米でワクチン接種した人たちの事例を見極めたうえで国民にワクチン接種できます。これも一つの賢い選択なのではないでしょうか。
アメリカのような大量解雇を免れている日本
みんなの介護 わが国の新型コロナ対策に対するピョートルさんの評価を伺って、少し安心しました。
ピョートル 日本の人たちは皆さんやさしくて良い人ばかりなのですが、身内に厳しすぎる点を少し残念に思います。日本社会の慣習や文化には、諸外国に比べて誇るべき点がたくさんあるのに、なぜか日本人は日本的ないろいろなものをバッシングしてしまう。日本の人たちはもっと自己肯定感を持つべきです。
現在のコロナ禍で気をつけなければならないのは、マスメディアの報道の仕方ですね。私からは、ネガティブな情報ばかり捉えて声高に報道し、国民の恐怖心を煽っているかのように見えます。もちろん、危機に対して国民に警鐘を鳴らすことはメディアの重要な使命です。しかし、直近の報道を見ていると、ネガティブな情報を流すことで、視聴率や購読率を上げようとしているのではないかと感じずにはいられません。
みんなの介護 私たちはもっと、日本の良いところや誇るべきところに目を向けるべきなんですね。
ピョートル 私は日本で3つの会社を経営していますが、経営者視点から見ても、企業・従事者に対して手厚い支援を行う国だと考えています。
たびたび例に出して申し訳ないのですが、トランプ政権下のアメリカでは、新型コロナの影響で国民の分断が進んでしまいました。思想的には右と左で分断しているし、貧富の格差も広がっています。アメリカでは、新型コロナで業績悪化した企業は容赦なくリストラしますから、失業率は一時過去最高の15%近くまで上がってしまいました。バイデン政権になって、雇用は急速に回復しましたが…。
一方、日本は新型コロナの影響で交通・観光・飲食業が大きなダメージを被りましたが、アメリカのような大量解雇には至っていません。日本の失業率は3%未満に収まっています。それは、ある程度規模の大きな企業がなんとか雇用を維持しているからだと思います。例えば、航空業界は史上最悪レベルで業績が悪化していますが、パンデミックが終息したとき元の仕事に戻ってもらうことを前提として、ほかの企業や業種への出向を認めるなどして雇用を守っています。こういった点を見ても、日本社会は企業や労働者にやさしいと言えるのではないでしょうか。
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ベストセラー『ニューエリート』の著者であり、未来創造企業プロノイア・グループ(ギリシア語で「先読みする」「先見」を意味する)を率いるピョートル氏が、「これからの世の中」を歴史、経済、産業といった幅広い視点から考察した1冊です。日々、目まぐるしく動く世界に対して、どう向き合い、チャンスを掴むのかについて語りました。
連載コンテンツ
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