ピョートル・フェリクス・グジバチ「身内に厳しい日本人。日本社会の慣習や文化にもっと誇りを」
コロナ禍にあって業績が前年度を上回る結果に
みんなの介護 ピョートルさんは2020年11月に最新刊『パラダイムシフト(略)』を上梓されましたね。「パラダイムシフトとは、『当たり前のことと考えられていた認識や思想、社会的価値観が劇的に変化すること』」と解説されていますが、この本で書かれているパラダイムシフトは、ピョートルさんご自身が体験されたことなのでしょうか。
ピョートル まさにその通りですね。
現在日本国内で3つの会社を経営していますが、メインはプロノイア・グループというコンサルティング会社です。「誰もが自己実現できる社会」をつくる未来創造企業として、2015年に起業しました。おもに事業戦略・組織戦略・人材戦略のコンサルティング、講演、ワークショップ、ブランディングとその掛け合わせなど、多岐にわたる仕事に携わっています。私たちが行っているのは「人にかかわるビジネス」です。多くの人と会い、多くの人を集めなければ成り立たない仕事と言えるでしょう。
ところが、2020年春に日本国内で新型コロナのパンデミックが発生してから、私たちは「人と会う」という日常業務の大切な柱を突然失ってしまいました。感染拡大の第1波がやってきた時点で、私たちプロノイア・グループのメンバーは墜落しつつある飛行機に乗っているような状態でした。
しかし、そこで私はすべての仕事をオンラインに切り替え、それに対応した新しいプログラムを組み直し、新たなサービスを開始しました。墜落しつつある飛行機の姿勢を立て直そうと必死だったのです。すると、新たなビジネスが次々に軌道に乗って、気がつけば2020年度の売り上げは、パンデミック前の2019年度を大幅に上回る結果となりました。
みんなの介護 まさにピンチをチャンスに変えたわけですね。
ピョートル 私たちがコロナ禍でも業績を伸ばすことができたのは、半分はラッキーだったなと感じています。そして、おそらくもう半分は「危機的状況に直面したから」ではないかと考えています。
私たち人間が何か新しいことを始めるためには、ある程度の危機感が必要なのではないでしょうか。例えば、今渡ってきたばかりの橋が落ちてしまったとか、どこかの島にたどり着いた途端、ボートが焼けてしまったとか。「もう、今までの状態には戻れないのだ」と心の底から実感したとき、個人にしろ、企業にしろ、国家にしろ、ゼロベースで何か新たな体制構築を考え始めるのだと思います。そのきっかけになったのが新型コロナであり、そのタイミングで起こした自分自身の改革が、この本で述べている「パラダイムシフト」なのです。
日本のビジネス上の慣習をすべて断ち切り効率化を図った
みんなの介護 ピョートルさんの体験したパラダイムシフトを、もう少し噛み砕いてお話しいただけますか。
ピョートル 2020年の春に新型コロナのパンデミックが発生した当時、私のライフスタイルはかなりカオスな状態になっていました。3つの会社を経営し、講演会でお話しして、インタビュー取材も受ける。夜は連日食事会や懇親会が入っていて、ほとんど家に帰れていませんでした。運動する時間もないし、自分で食事を管理するのも難しく、きわめて不健康な生活を送っていたと思います。
そういう状態のとき、日本でも新型コロナのパンデミックが発生し、緊急事態宣言が発出されてすべての仕事が止まりました。先ほどの私の例えで言えば、高度数千メートルを巡航速度で飛行していた航空機のエンジンが突然止まってしまったわけです。
そのとき、いろいろ考えたんです。これまで私がやってきた仕事は、自分が出かけていって対面で行う必要が本当にあるのだろうか。毎晩誰かと食事をしていたけど、そもそも誰かと一緒に食事を取る必要があるのか。さらに言えば、顧客との人間関係をつなぐために、毎晩のように3・4時間も飲み歩く必要はあるのか。それよりもむしろ、「大事な案件は30分話し合って決めよう」と相手と約束しておいて、30分間電話で意見交換したほうが効率的ではないかと、これまでの生活や仕事の進め方を深く見直す機会となりました。
考えてみると、私はそれまで日本のビジネス文化にすっかりとらわれていたのです。その慣習をすべて立ち切り、業務は極力オンラインで進めようと努力した結果、大幅なコストカットと業務の効率化を達成でき、会社としての売り上げも大いにアップしました。
一番嬉しかったのは、運動時間を確保でき、食生活にもいろいろ気を配った結果、体重を12kg落とせたこと(笑)。今はものすごく健康です。
日本は、自由主義国家と社会主義国家の中間に位置している
みんなの介護 ピョートルさんの「パラダイムシフト論」がきわめてユニークなのは、「パラダイムシフトを個人の内面で起こす」という発想ですね。これまで「パラダイムシフト」と聞くと、私たちは産業革命やインターネットの普及など、社会全体の大きな変化をイメージしがちでした。パーソナルな大転換も、確かにパラダイムシフトには違いありません。
とはいえ、コロナ禍で大きな悩みを抱えている人の多くは、「お上(日本政府)に何とかしてほしい」と、心のどこかで期待してしまっているのではないでしょうか。
ピョートル 国家と国民の関係は、その国の成り立ちによって大きく違ってくるでしょう。例えば、アメリカという国は、フロンティア・スピリットを持った人々が自らリスクを取り、西部の大平原を開拓しました。そこには圧倒的な自由があり、自己実現を妨げるものが何もない代わりに、リスクを取った結果として怪我や病気で倒れても、誰も助けてくれません。何事も自己責任に任されています。
その一方で、中国という国家にとって、国民一人ひとりの自由など、取るに足らないものと見なされます。その代わり、仕事も生活も国家が用意してくれるのです。自由がない代わりに、それなりに豊かな生活をしていけます。
日本は、ちょうどその中間くらいに位置していますね。デモクラシーがきちんと社会に浸透していて、自由主義経済で社会を大きく発展させながら、医療保険や介護保険、年金、生活保護など、良い意味で社会主義的なセーフティーネットも充実しています。
私から見れば、日本はリスクを取りやすい国だと思います。例えば、仕事で自分の主張を強引に通したとして、その結果上司とトラブルになったとしても、それですぐに解雇されることはありません。労働者は法律で手厚く守られているからです。
みんなの介護 日本はリスクを取りやすい国なんだから、お上が何とかしてくれるのをただ漫然と待つのではなく、まず自分から動け!という話ですね。
ピョートル そういうことです。リスク(risk)という英語の語源は、ラテン語のリズカーレ(risicare)だと言われています。リズカーレは「危険覚悟で何かに挑戦する」という意味。リスクはもともと前向きな言葉だったのです。私が日本の人たちを見ていていつも、「もっとリスクを取って挑戦してほしい」と思っています。
とはいえ、リスクには「取ってもいいリスク」と「絶対に取ってはいけないリスク」があります。両者の違いを明確に見極め、前者であれば果敢に挑戦すれば、きっと多くの日本人が自己実現に向けて大きく飛躍できるのではないでしょうか。
自分を形づくる要素の一つ「意思による選択」
みんなの介護 その「取ってもいいリスク」にチャレンジすることが、その人にとってのパラダイムシフトになり得るわけですね。
ピョートル そうです。そのためにはまず、自分がどんなパラダイムにとらわれているかを考えてみるといいでしょう。
私はポーランド人の男性であり、私固有の「遺伝子」と、生まれ育った「環境」や「経験」などから成り立っています。遺伝子を今さら変えることはできないし、これまでの生活環境や経験を塗り替えることも不可能です。しかし、「私」という人間を形づくっている要素がもう一つあります。それは、私の「意思による選択」です。いつどんなときでも、なりたい自分になるため「自分には選択肢がある」ということに気づくことを忘れてはいけません。
今この瞬間にも、コロナ禍やそのほかの問題で思い悩んでいる人がどこかに必ずいるはずです。そういう人は、自分が今なぜ苦しんでいるのか、自分が置かれている状況を客観視してみてください。もしかすると、「新型コロナ以前の世界に戻れたら…」と、過去のパラダイムにとらわれているのかもしれません。しかし、以前の世界には誰も戻れないことは明白であり、終わってしまったパラダイムで生き続けることに意味はありません。
この世界には、自分の力で「変えられるもの」もあれば、「変えられないもの」もあります。変えられないものにいくら力を注いでも、それは徒労に終わるだけ。だとすれば、自分の力で変えられるものにひたすら総力を結集すべきです。それがきっと、その人にとってのパラダイムシフトになると信じています。
ピョートル氏の小説 『パラダイムシフト-新しい世界をつくる本質的な問いを議論しよう』(かんき出版)は好評発売中!
ベストセラー『ニューエリート』の著者であり、未来創造企業プロノイア・グループ(ギリシア語で「先読みする」「先見」を意味する)を率いるピョートル氏が、「これからの世の中」を歴史、経済、産業といった幅広い視点から考察した1冊です。日々、目まぐるしく動く世界に対して、どう向き合い、チャンスを掴むのかについて語りました。
連載コンテンツ
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