SNSによる短文のやり取りが相手の誤解を招くことも

みんなの介護　いまやインターネットは私たちの仕事や生活と切り離せない存在です。また、SNSの普及によって言葉の使われ方もずいぶん変化してきました。金田一さんは言語学者として、このような状況をどのように受け止めているのでしょう。

金田一　言葉というのは考えを組み立てるための道具なんですよ。何かを突き詰めて考えようとするときにはたくさんの言葉が必要になる。言葉を知らないとうまく考えられないわけです。もしかしたら十行で済んでしまうかもしれない話を作家が長編小説にするのも、あるテーマに関する思考のプロセスを、登場人物の会話や情景描写に託して物語の中で再構成しているから。長文であること自体に意味があるわけです。

ところがツイッターなどには文字数制限があるため、わかりやすく伝えなければいけない。ここが問題で、多くの方はわかりやすさを「単純化」だと誤解されているように思います。また、LINE上のグループでの会話もすぐに返事をしなければいけないため、思いついたまま反射的に書いてしまって誤解を生じさせる確率が高い。僕はできるだけ言葉を吟味して返信を書くのですが、「よし、これでいいだろう」と送ったときにはとっくにその話が流れ去っていて、かえって恥ずかしい思いをしてしまう。つまり、こういった縛りの多いやり方で自分の考えを正確に相手へ伝えるのは無理なんです。

政治家の言葉の使い方を見ていても、複雑な事柄を無理矢理一括りにしてワンフレーズに単純化してしまっているように感じます。一般受けを狙うあまり、言葉を粗末に扱っている印象さえあります。これでは深刻な事態も薄っぺらな事象になってしまう。だから議論も白熱せず、いつまで経っても問題の本質的な解決策が見つからない。これではせっかくの言葉が勿体ないと思います。

海外からの人材を求める前に日本の介護現場の“モラル”を見直す

みんなの介護　現在、介護業界では慢性的な人材不足を解消するため、外国人の受け入れが推奨されています。しかし、言葉の問題が一番の障壁となっているようです。外国人に日本語をマスターしてもらう際、どういう点に最も留意すればいいのでしょうか。

金田一　僕はアメリカで暮らしていたとき、まだ子どもが小さかったのでベビーシッターを頼んでよく面倒を見てもらっていました。何人かいたシッターの１人は韓国人の高齢女性で言葉は通じなかった。でも、うちの子どもはその人が大好きでとても懐いていました。フィリピン人の女性もとても温かくて良い人でした。結局、言葉はわからなくても人の情は伝わる。それは万国共通なんだと彼女たちを見ていて感じました。

みんなの介護　人間には、言葉の壁を超えた、心を通わせるユニバーサルな何かが備わっているのでしょうか。

金田一　介護という仕事も、一番大切なのは「高齢者を敬い労る気持ち」。僕はその点でいえば日本人も外国人も違いはないと確信しています。また、アジア各国から日本の介護職のノウハウを学びにやって来る人たちの学力や能力も非常に高いですから、ことさら言葉の心配は要らないと思います。求められるのは「高齢者の気持ちを理解しようとする姿勢」であって、それは日本人であれば誰でも無条件に備わっているというものでもない。個々の資質の問題でしょう。

ただ、コロナ禍で浮き彫りになった医療や介護従事者の限度を超えた頑張りのような「自己犠牲」を外国人にも求めてはいけない。それは日本人にしか通じない悪しき精神論のようなもの。本来、そこまで個人に責任を負わせるべきではないし、もちろん、日本人だから許されるということでもありません。とはいえ、個人の頑張りのおかげでどうにか持ちこたえているのが実情です。最も考えなければいけない問題の核心はそこにあるのではないでしょうか。

無自覚の差別意識に気づくことで新たな文化や知識を取り入れられる

みんなの介護　コロナ禍が収束すれば、介護業界に限らず、日本国内のさまざまな職種で外国人の人材獲得問題が再燃し、ますますその数が増加すると見られています。これから私たちは隣人となる外国人とどのように接していけばいいのでしょう。

金田一　僕は「言葉の壁」なんかないと思っています。言葉に壁があると言っているのは日本人くらいなものです。実際、僕はアメリカや中国で生活していて、そんなことを言う人に会ったことはなかった。たぶん、日本人は本音では外国人が好きではないんです。

日本の社会には、異質なものを排除しようとする同調圧力が常に作用しています。ところが困ったことに、自分たちは外国人に対して偏見や差別の感情を持っていないと思い込んでいる。差別をしている自覚がない。そんなに難しくもない外国語がなかなか覚えられない原因も、突き詰めれば日本人に根付いた無意識的な部分にあるように思います。

介護に携わっている方もどうか小休止を

みんなの介護　日本人同士であっても、例えば一方が認知症である場合、意思の疎通が困難になります。その際、介護現場では“身振り手振り”や“イラスト”などを駆使してコミュケーションを試みているのですが、そういったノンバーバル（非言語）な手法について金田一さんはどう思われますか。

金田一　人が最も多く情報を得るコミュニケーション手段は言語ではなく、「非言語コミュニケーション」だと言われています。言葉より、それを伝えるときの態度や表情、声のトーンから私たちは多くを感じ取ります。認知症の方でも相手の表情を見れば、喜んでいるのか、あるいは困っているのか理解することができます。それを思うと、言葉はときに無力なのです。

だからこそ、言葉遣いをマニュアル化するという最近の風潮は好きになれません。いくら言葉上のルールをつくっても、人間同士のつながりはマニュアルにまとめられるものではない。世の中には、立派な人もいれば、そうでない人もいるのです。

そう思うと、「このお爺ちゃんはどういう人なんだろう」「あのお婆ちゃんはどんな人生を送ってきたんだろう」とイマジネーションを働かせて臨機応変に対応していかなければならない介護は、かなり知的でクリエイティブで大変な仕事。本当に頭が下がります。それだけに、より良い仕事をするためには、“一休”が大事。どんなに忙しくても折に触れて小休止する。介護に携わる皆さんには、ぜひご自分のことも労っていただきたいです。