金田一秀穂「想像力を働かせて支援を行う介護は知的でクリエイティブな仕事」
言葉は新陳代謝を繰り返す生きもの
みんなの介護 根本的な質問です。「若者言葉」のように、なぜ言葉は変化するのでしょうか。言葉が意思を伝達するためのツールなのだとすれば、あまり変化しないほうが世代間に認識のずれも生まれず好都合なのではありませんか。
金田一 今、日本の人口は約1億3,000万人。言葉が話せない子どもを除外したとしても、総人口に近い数の人間が話している言葉を統一することなんて不可能なんです。常に日本のどこかで新しい言葉が使われ始めたり、特定の言葉が本来の意味とは違う使われ方をしたりしています。それらが共感を得て広がる場合もあれば、逆に全然理解されず消えてしまう場合もある。言葉というのは生きていて、絶えず新陳代謝を繰り返しているのです。変化は誰にも止めらない。むしろ、変化しないような言葉は死んでいるとも言えるかもしれません。
みんなの介護 では、金田一さんが危惧している日本語の問題などはありますか。
金田一 現代の日本語で一番懸念されるのは、マスコミが多用する言葉です。例えば「絆」。この言葉があらゆるメディアで濫用されたことにより、本来の意味がだいぶ薄れてしまった。「絆」という言葉が誠実に使われなかったということにほかならず、悲しい思いです。本当にその言葉を使うのに相応しい場面なのか。あるいはその状況を「絆」という一語でなければ表現できないのか。これらについて真剣に考えて言葉を選択していく必要があると思います。
詩人の谷川俊太郎さんのような方は、考えに考え抜いた言葉を使って表現を行っています。だから同じ言葉でもずしりとした重みがある。それに比べるとマスコミの言葉の選び方は「みんなが使ってるし、とりあえず絆って言っとけば間違いないんじゃない」といった安易さを感じます。広告のキャッチコピーでも目にする機会が多く、見たものは「またか」とうんざりしてしまったのではないでしょうか。一時期流行った「癒し」もそうでしたが、言葉に対する態度が不誠実なのだと思います。
日本の近代化には日本語の構造の簡単さが影響している
みんなの介護 よく日本語は世界的に見て特殊な言語だと言われます。それ故、日本人は外国語の習得が苦手なのだといった意見も耳にしますが、それは本当なのでしょうか。
金田一 う?ん。僕は“特殊”という点において、日本語もほかの国の言語も同じだと思います。もし、本当に日本語だけが特殊であるなら外国人に教えることはできません。他者に理解させることはできないはずなんです。 むしろ発音に関して言えば、日本語は簡単。他言語話者にとって学びやすい言語の一つだと思います。文法についてはごく普通で、英語の方が遥かに複雑にできています。例えば、同じく漢字を用いる台湾人や中国人であれば、日本語の文章の意味を理解できないということにはなりません。文法も日本語、朝鮮語、モンゴル語はほぼ同じ。だからモンゴル出身のお相撲さんは日本語の上達が早い。ただ、日本語の「書き言葉」と「読み」は非常に難しいので、その点だけ見れば特殊と言えるかもしれません。
みんなの介護 では視点を変えて、日本語の長所と短所を教えていただけますか。
金田一 まず長所は音が少ないこと。一文字一音対応になっている。そして英語などに比べてスペリング(綴り)が簡単です。
いまだに文字を読めない人は世界中にたくさんいます。しかし、一文字一音の平仮名があるおかげで日本人のほとんどは読み書きができる。ふりがなを振れば小学一年生であっても、多少の難しさはあれど基本的にどんな文章でも読めてしまいます。これはあまり指摘されていないポイントなのですが、僕は明治政府の近代化が恐ろしいスピードで達成されたのは日本人の勤勉さというより、そういった日本語の構造の簡単さが教育を行ううえで有利に働いたからだと考えています。
一方、日本語の短所は文章を書くときに漢字や平仮名やカタカナが混在していること。それと音が少ないため同音語が多くてややこしい。例えば「こうてん」は、「好天」なのか「荒天」なのか。その違いは漢字にしないと理解できないため、覚えなければならない漢字がどんどん増えて難しさが増していきます。 日本語の長所と短所は表裏一体の関係にあることが日本語のおもしろいところ。それがあるからこそ、日本人は「語呂合わせ」や「駄洒落」のような言葉遊びを楽しむことができるんですよ。
言葉が感性のデータベースになる
みんなの介護 日本語という言語は、私たちの意識にも影響を及ぼしているのでしょうか。
金田一 日本には特定の季節を表す「季語」というものがあります。これは感性のデータベースであり、またインデックスのような働きをしているとも考えられます。つまり、逆にそれを起点として美に対する感じ方や考え方も生まれてきた。「春はあけぼの」といった先人の言葉のおかげで、僕らはその美しさを発見し、感じることができる。日本人の感性はそうして育まれてきたと言えるのではないでしょうか。 ただ、外国の人にそれが理解できないかというとそんなことはない。同じ日本人でも個人差がありますし、日本で生まれ育ったからといって無条件に備わってしまう感覚でもありません。
母国語はOS。バイリンガル教育よりも「語彙」が重要
みんなの介護 日本語と他国の言語について研究されている金田一さんは、日本における「バイリンガル教育」についてはどのようにお考えですか。
金田一 日本でバイリンガル教育を行っても大抵失敗すると思います。というのも、日本には習得した言語スキルを持続させるための環境がないのです。 例えば、カナダでは英語とフランス語の二つの言語が公用語になっていて、日常的に使われています。しかし、日本ではよほど特殊な環境でない限り、日常生活で日本語しか使われていない。日本語以外の言語が使われているコミュニティがきちんと存在しているところでないと、本当のバイリンガルは育たないんです。
仮に家庭内で両親が異なる言語を使っていたとしても、ほとんどの場合、どちらか一つの言語に偏ってしまいます。以前、こんなことがありました。あるとき、学力の高い日本人のバイリンガルの学生と話していたら、彼が「人見知りの犯行」という不思議な言葉を使ったので「それはどういう意味なの」と聞き返したんです。そしたら、どうやら本人は「顔見知りの犯行」のつもりで言っていたらしく大笑い。そのくらい難しいものなのです。
みんなの介護 二つ以上の言語を身に着けるのは容易ではないということですね。
金田一 そもそもバイリンガルというのは、必要に迫られた環境で身に着くものの一つで、なろうと思ってなれるものではありません。むしろ、12歳か13歳くらいまでは母国語を徹底的に教える必要があると僕は考えています。特に漢字ですね。漢字は単に文字というだけでなく、「語彙」なんです。その語彙が少ないと、相手への情報伝達に支障をきたすだけでなく、物事を理解し認識できる範囲も狭まってしまう。私たちは、知らない名前の花をうまく認識することができないのです。
人間をコンピュータやスマートフォンに例えるなら、母国語というのはOS(オペレーションシステム)。OSという基盤を強固にしなければ、外国語というアプリケーションをインストールしてもうまく動いてくれないんですよ。
撮影:タカオカ邦彦
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