金田一秀穂「想像力を働かせて支援を行う介護は知的でクリエイティブな仕事」
父のアドバイスと1人の言語学者との出会いが自身を言語学者の道へ導く
みんなの介護 金田一家と聞くと三代続く「日本語の神様」というイメージが浮かびます。金田一京助氏、金田一春彦氏、金田一秀穂さんの御三方が代々取り組まれてきた研究についてお話しいただけますか。
金田一 祖父の京助はアイヌ語の研究に心血を注ぎ、言語学・民俗学者として独自の学問を打ち立てた人です。父・春彦は日本語の特徴を明らかにする研究に没頭し、各地の方言の音韻(アクセントやイントネーションなど)を調査するために日本中を旅しました。僕のテーマは主に日本語教育。「外国の人にどうやって日本語を教えるか」「教えるべき日本語はどうあるべきなのか」といった“外から見た日本語の研究”をしています。
みんなの介護 金田一さんは学生時代に心理学を学んでいたのだとか。それが、いつ、どういうきっかけで日本語研究に身を投じられることになったのですか。
金田一 もともと僕は、「自分たちの生き方が、日本における家族関係や文化的価値観からどのような制約を受けているのか」を心理学的に解明したかったんです。そして、そういう研究をやるなら日本を離れた方がいいだろうと考えたのですが、当時は海外へ行ける状況ではなくて…。実は大学を出てからの3年間、僕は就職もせず、毎日パチンコをして小遣いを稼いでは好きな本を買ってひたすら読書三昧という生活をしていたので、まったくお金がなかったんです(笑)。
「いい加減このままじゃいけないな」と危機感にかられて父に相談すると、「それなら日本語教師として海外へ行ってみてはどうだ」とアドバイスをもらって「なるほど、日本語なら教えられるかも」と思い、とりあえずやってみることにしました。その時点では特に日本語に関心はありませんでした。祖父や父には申し訳ないけど、日本語はルールが曖昧だし文法もわかりにくくて退屈。そんなふうにしか思っていなかったんです。
しかし、まずは僕自身が日本語を理解しないことには人に教えることはできませんから、改めて学校へ通って日本語教育の勉強を始めました。そして、そこで言語学者の寺島秀夫さんとの出会いが僕の考えをがらっと変えた。「日本語には論理的な構造があって、クリアに説明できる言語」ということがわかったんです。それからは何気なく使っていた言葉にもさまざまな発見が隠されていたことに気づいて、学べば学ぶほど、どんどん日本語が面白くなっていった。なんだかまんまと父に乗せられたような気もしましたが、「まあ、面白いからいいか」と続けていたら僕も日本語の研究者になっていました(笑)。
身分や地位が関係ない海外での経験から「自信」を獲得する
みんなの介護 学校へ通って日本語教育の勉強をした後、海外に行かれたのですよね。
金田一 30歳のときに中国大連外語学院で日本語を教えました。その後、アメリカのイエール大学とコロンビア大学で講師を勤めて一旦帰国。41歳で再度渡米してハーバード大学で客員研究員として働きました。それらの期間を合計すると4年半は海外で生活したことになります。
みんなの介護 ご自身の経験が今の研究テーマにつながっているのだと思いますが、ほかにも海外で得たものはありましたか。
金田一 日本では、自分では意識していなくても、僕の背後に「金田一家の三代目」という看板を見てしまう人が多く、それが嫌でした。でも、そんなしがらみとは無関係の中国やアメリカで日本語を教えてみて、まあまあ評判がよかったので「自分も案外いけそうだ」と自信が持てた。それが一番の収穫だったかもしれません。
言葉よりも人間関係の方が絶対に大切
みんなの介護 言語学者である金田一さんは、近年の“若者の言葉の乱れ”についてどのような考えをお持ちですか。
金田一 言葉にはさまざまな役割があります。その中でも一番重視すべきは、“人と人を結びつける”という働きがあるということ。僕はその目的が達成されているのなら、言葉に違和感を覚えたとしても、誰も文句を言う筋合いはないと思っています。言葉より絶対に人間関係の方が大切でしょう。それを良好にするのに役立っているのであれば、どんな言葉を使おうが自由なのです。
例えば、方言には地域差があってどれが正しいとは言えませんし、ある世代同士や集団で通じる「仲間言葉」も、言いたいことや気分がよく伝わってとにかく楽しい。ただ、仲間言葉を共有していない相手にそれを使ってしまうと面倒なことが起きてしまう。特に若者が年配者に対して独自の言葉を使った場合、多くの方は「言葉の乱れ」だと問題視されるわけです。
「言葉」というのは、それぞれの世代が使ってきた言葉がミルフィーユみたいに積み重なっているものです。高齢者の方だって、知らず知らずのうちに自分たちの世代にしかわからない仲間言葉を使っている場合もあります。そもそも異なる世代間で言葉が通じないことはよくあること。むしろ、年配者が「自分たちの日本語こそ正しい」と思い込んでいることのほうが問題かもしれません。つまり、「日本語」も日本人にしか通じない「仲間言葉」と解釈できるわけです。
みんなの介護 一つの言語でも多様性があるという見方をすれば、世代の異なる人たち同士の会話もより活発になるかもしれませんね。
金田一 そうですね。言葉というのは、どこかに“正しい言葉”があって、それを皆で共有し使用するといったものではありません。言語はそれを話す人によって創られるものであり、変化し続けるものなのです。日本語であれば、日本語を母語である人が使っている日本語が何より正しい。話者同士で意味が通じるのであれば、それだけで言語の機能が果たされていることになります。
「ぴえん」も立派な日本語
みんなの介護 最近、金田一さんが面白いと思った「若者言葉」はありますか。
金田一 「ぴえん」という言葉かな。ちょっと悲しげで弱々しく、でもかわいらしくもある。いかにも甘ったれな感じ。僕には使えそうもないですが(笑)。
若者はあまり言葉を知らないので、自分の感覚や気持ちを冷静に分析できず、思いが溢れてもそれをうまく言語化できない。そうなると何か新しい表現をつくるしかないのです。「ぴえん」もそうして生まれたんだと思います。そしその言葉が、多感な時期を過ごす若者の入り混じった気分を表現して、「それすごくわかる!」と仲間内で共感を得て周囲に広がっていった。最初はわかる人にしかわからない言葉が、いつの間にか皆に認知される言葉になった。実際、僕にも伝わったわけですから、「ぴえん」も立派な日本語です。
撮影:タカオカ邦彦
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