元・厚労次官 村木厚子さん「より良い介護はより良い働き方から」
賢人論。今回のゲストは元厚生労働事務次官の村木厚子さん。1978年に労働省(現・厚生労働省)に入省し女性や障がい者政策などに携わってきた。2015年に厚労事務次官を退官してからも「若草プロジェクト」の呼びかけ人になるなど民間の立場で、社会課題に向き合い続ける。そんな村木さんは介護の課題についてはどう考えているのか。”より良い介護”への提言をいただいた。
文責/みんなの介護
介護分野は社会保障制度をリードする存在
みんなの介護 村木さん自身の介護とのかかわりについて教えていただけますか。
村木 幸い、高知に住む私の父は92歳でまだ元気です。でも、97歳の夫の父は認知症が中程度まで進んでいます。身の回りのことができなくなってきたこともあり、5年前に札幌から東京に引っ越してきてもらいました。

今はサ高住とよく似たところに住んでいます。デイとホームヘルパーさんの依頼をしていて、運動して生活リズムをつくったり、着替えやお風呂を手伝ってもらったりしています。
―― 仕事人生の中では介護とはどうかかわってきたのでしょうか?
村木 介護福祉士や社会福祉士の試験制度などを担当したことがあります。注力していた女性や障がい者、子どもの問題に比べると直接のかかわりは薄いのですが。
ただ、社会保障制度をリードしてきた介護分野にはずっと注目していたんです。老人ホーム、ショートステイ、訪問介護サービス…サービスのバリエーションが豊かで本人の意思も反映できる。
同じようなサービスを育児でも受けられたらかなり楽ですよね。子どもには、保育園・幼稚園しかありません。
―― 労働省時代、育児介護休業法の改正に着手されています。
村木 はい。育児休業法から育児介護休業法に変わるときと、短時間勤務の制度を盛り込むとき、2回携わりました。
育児のように長く休む制度にだけはしないように、と思っていました。女性が介護する流れを助長する制度にしたくなかった。そうではなく、社会全体で介護と向き合っていく仕組みをつくりたかったのです。その過程で、省内の家庭中心主義者の人たちとのバトルもありましたね。
より良い介護はより良い働き方から生まれる
―― 現状、介護休業制度の利用はあまりすすんでいません。責任があるポストなので休めない、と当事者がためらってしまうという声を多く聞きます。
村木 日本の職場はこの人がいないと回らないという発想が根強い。できるだけ長時間職場にいてくれること。出勤してくれることが大事になり過ぎてしまっている。

そもそも「俺がいなければ」という仕組みが成り立っていたのは、その人に専業主婦がいたからですよね。そんな時代は、もう終わりました。
日本では、未だに家庭を大事にすることと仕事で活躍することが相容れない状況が続いています。二者択一というイメージですよね。
高齢者が増え、共働きも進んでいます。家庭のことで何かあっても代替要員がいて補完できたり、在宅で働ける仕掛けをつくったりしておくことが大切です。
―― 第170回の賢人論。では、大学教授の津止正敏氏が、男性のワークライフバランスの実現の大切さを語られていました。
村木 より良い介護のあり方の究極は、働き方をまともなものにすることだと思います。
そのために働き方改革が必要です。柱は三つ。一つは超長時間労働の禁止。二つ目はフレックスや在宅勤務など柔軟な働き方を認める。三つ目は、働き方は多様であっても評価をフェアにする。
実際にどんな働き方をするかは、企業がある程度個別で考えていく必要があります。企業によって業種も違うし、社員構成も違いますからね。
働き方を少し変えるだけでも、家庭と両立しながら仕事をして、生産性向上につなげられる可能性があります。
例えば、ある企業は終業時間を16時半にして、30分繰り上げました。何が起こったか。育児短時間勤務制度を使わずに済むようになった人が増えたというのです。
「短時間だけど補ってくれる」人の存在で変わる
―― 少しの工夫で、大きな変化が起こる可能性もありますね。
村木 看護の世界では短時間正社員制度というものがあります。この制度は、最初大反対を受けました。短時間しか働かない人が入ってきたら、他の職員の負担が増えるのでずるいと。

しかし、短時間のスタッフをいれたら全員が楽になった。人手が欲しいところをうまく補って働くことができるようになったのです。
だから介護も「短時間だけど補ってくれる」人の存在で、変わるのではないでしょうか。
うまくシフトを組めたり、チームがつくれたりすると、人材不足の解決策の一つになると思います。経験者が長く働ける環境も生まれるでしょう。
撮影:花井智子
連載コンテンツ
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