『終活夫婦』、私も読みました。素敵な言葉がいっぱい散りばめられていて、とっても良かったです。ご本の反響がすごいと聞いていますけど、実際どうなんですか?
芸能界きってのおしどり夫婦、中尾彬さん・池波志乃さんご夫妻が、着々と進めていた「中尾家の終活」を公開したお二人の著書『終活夫婦』に、中高年世代の“これからの生き方”のヒントがいっぱい詰まっていると大きな反響を呼んでいます。「終活」は、メリットとともに難しさも語られますが、お二人の「終活」はなぜ上手くいったのか、その秘密をうかがってまいりました。
- 構成:みんなの介護
芸能界一の「おしどり夫婦」が着々と進めていた「今やるべきこと」は、世の中では「終活」と呼ばれる活動だった!「不動産売却」「お墓を作る」「遺言状作成」「いらないモノを捨てる」……「中尾家の終活」を大公開。団塊の世代が、これからの時代をどう「いきいき」と過ごせるか、そのヒントが詰まっています!
終活は、100人いたら100通りのやり方がある


いやぁ、仲間内からも、「本を読んでマネしているんだ」とか、「(終活を)始めてホッとしたよ」って、随分よく言われますよ。


路上でいきなり知らない人から「本を読んで、うちも終活始めてみました!」って言われたりするんです(笑)。私たちの本をきっかけに、終活を始めてくれたっていうのは嬉しいですね。
私たちの本って、終活のマニュアルじゃなく、進めていくときの楽しいやり取りを載せているような感じにしているんです。
なぜかというと、家族や夫婦は100組いたら、100通りの状況がありますから。
私も「終活」のノウハウ本はいくつか読んでみましたけど、「うちには当てはまらない」ってことが本当に多くて…。きっとみんなそうなんですよ。

料理のレシピ本と一緒だね。レシピのまま料理しても、美味しいと思える味ってみんな違うんだから。

「おしょうゆ大さじ3杯? えぇ〜、しょっぱい!」ってね(笑)。
「終活」は、家の大きさ、家族構成、夫婦関係や健康状態と、本当にバラバラですから、料理よりもっと複雑ですよ。
だからこそ、私たちの雑談みたいな楽しいやり取りの中で、何かひとつでも引っかかってくれたら良いなと思います。
「終活しよう」と言ったこともなければ、言葉も知らなかった

本のなかでお二人が仲良く終活をしているからこそ、「うちも!」って思う方が多かったんですね。ところで、そもそもお二人が「終活」を始められたきっかけは何だったんですか?

いや、僕も志乃も、お互いに「終活しよう」なんて言ったこともなければ、言葉も知らなかったんですよ。

ええ!そうなんですか?

自然にやってきたことが、「終活」だと言われただけで。でも、「そろそろ考えない?」って言い出したのは志乃ですよ。
インタビューのなかで、墓を建てたこと、アトリエを片づけたことなどを話しているうち、「それは『終活』ですね」と言われて、逆にこちらが驚いてしまったくらいである。 (『終活夫婦』P3より引用)

お互いに大きな病気(編集部注※池波は2006年にフィッシャー症候群に、中尾は2007年に急性肺炎になっている)を経験したことですね。
私は、父(落語家・金原亭馬生)も早くに亡くしていて、その後に母も亡くしているじゃないですか。だからこそ「待てよ」と思うようなったんです。万が一のときに、お墓に自分で這って入るわけにはいきませんからね。
亡くなれば、お葬式の段取りや、面倒くさい手続きもたくさんある。うちは子どもがいませんから、結局、誰かの手を煩わせることになるんですよ。
遺品整理とか後片付けをしていただくときに、「まったく、これくらいのことなんでやっておかなかったのかしら」って、舌打ちしながらやられたくないじゃないですか。片付ける方の思い出も潰すことになりますし。


だからまぁ、病気が大きなキッカケになったのは確かですよ。

ただ、じゃあ病気がなかったら始めていなかったかといえば、きっとそんなことはなかったと思うんですけどね。
日々の生活の中で、身体が教えてくれるじゃないですか。たとえば、毎日お料理していると、ある日突然、お鍋が重く感じるようになった。正直、その原因って認めなくないんですよ。

そういうのって、いきなり来ますよね(笑)。

そうそう。「ここ1週間、仕事が忙しかったからだわ」とかって思いたい。だけど、諦めが肝心(笑)。


だから、どっちにしろ、いずれ「そろそろ」って志乃が言い出していたでしょうね。
捨てて悲しくなるなと思っているうちは、捨てないほうがいいんだよ。そうでないと苦行になってしまう。お坊さんじゃないんだから、苦行しながらさっぱりすることもないしね。 (『終活夫婦』P91より引用)
「断捨離」と「終活」はここが違う

大病にならなかったとしても、いつかその時期が来ていたってことなんですね。でも、終活って勇気がいりますよ。
『終活夫婦』のなかで、志乃さんが「たくさん本を手放した」って書いていましたけど、本って1冊ずつ思い入れがあるじゃないですか。中尾さんだって、ねじねじ1本1本に思い入れがあるでしょうし…(笑)。

ねじねじは、400本あったのが200本になりましたよ。これは志乃が勝手に処分したんです。


ならないよ。志乃は、普段からオレが使っているのをわかっていて、ちゃんと使ってないのを処分してるから。

今もねじねじ買ってるんですよ(笑)。だから、欲しい気持ちを、まったくなくす必要はないし、そうなったらおしまいだと思うんです。断捨離との違いはそれですね。終活は、これからの活動のために捨てる。
「終活」というぐらいで終わりの活動をしているわけだから。やっぱり活動なんだよ。活動っていうのは生きていくためにやることであって、死に支度ではない。だったらどれだけ楽しくやれるか、だ。 (『終活夫婦』P19より引用)

でも、買うときに、手放すときのことを考えるようになりましたね。欲しいと思っても衝動買いはしないで、ふた晩考えます。それでもやっぱり欲しい、必要だと思ったら買うようにしています。
お金のことは今まで一度も気にしたことないですね。カード払いとかはともかく、財布からちょっと減ったら、志乃が入れといてくれてるし。


聞かないですね。聞いて「え!?」って言うと、夫って萎縮するじゃないですか。すると卑屈になっちゃう。そういう小さい男って、外で良い仕事ができるとも思えないし、良い風情の男にならない。

凄いなあ。私が描いてる『だめんず・うぉ~か~』でも、女の人が男性にガッカリするところって結局はお金のことだったりするんですよね。
ちまちましてて、割り勘するにしても「俺が1円多く出してやるよ」みたいな(笑)。

そうそう(笑)。そうなると、私に返ってきちゃう。仕事ができない男の女房になっちゃうから。それって誰も幸せじゃない。

「子どもは育ててないけど、中尾彬を育てました」って言ったことがあったね。僕が心配しても、「お金は腐るほどありますから」って言われて、もう何も聞くまいって思ったよ。
頑張って努力して手に入れたものも、満足したから手放せる

凄いなあ。あ、ところで終活に話を戻しますけど、不動産の処分をされたんですよね。
千葉のアトリエと沖縄のマンション。不動産って一番、愛着がありませんでした?

そうでもないですね。大変なこともあったけど、それを手に入れるために頑張って努力して、十分にその空間を楽しんだんです。
だけど、歳を重ねると同じような楽しみ方ができなくなってくるんですよ。沖縄のマンションは行く頻度も減ってきて、たまに行っても掃除ばかりでした。

手放した今も、沖縄には1~2ヵ月に一度は行っていますよ。もう16年住んでいましたから、向こうには友達もいるし。

そのときにはホテルに泊まって、着いた瞬間からのんびりできるようになりました。掃除をしなくて済みますからね(笑)。
アトリエだって、仕事で一度やめていた絵が描けるようになってフランスで賞がもらえたりとか、100号、200号っていう大きなサイズの絵が描けたんだって思います。
良い思い出は、2人の中にしっかり残っているんですよ。


そっかあ。でも、もったいないって思っちゃうなぁ。もし買ったときに戻れるとしたら、どうです?また買います?

また買いますね。満足したから手放せるんです。不動産屋に査定を頼んだら、現状のまま売るのと、更地にして売るのでは費用がほとんどトントンだというんだ。
そこにアパートでも建てませんかという話もあったけど、断ったよ。

なんで断っちゃったんですか?

収入にはなったかもしれないけど、貸した人とのトラブルや付随する大変なことがいっぱい出てくるじゃないですか。そういうことを考えたら、やりませんよ。
滞納者が出たらどうするのか、ゴミ部屋にする人が出てきたらどうするのか、どこか壊れたらどっちが修理費を負担するのか――。ところが、金儲けの話になると、そのあたりがすっぽり抜けてしまって、家賃が丸々入ってくる計算しかできなくなる。 (『終活夫婦』P55より引用)

なるほどなぁ。確かに、デメリットを考えてみると大変ですね。
手紙や写真を処分するときは、どれを捨てるか選ぼうとしてはダメ

処分しにくいものってなかったんですか?それこそ写真とか、手紙とか。

みんな処分しましたね。手紙なんて、大切なのは2〜3通しかなかったね。

写真は、どれを捨てようかと選ぼうとするときりがない。一度、止まっちゃうと時間ばかりかかっちゃうんだから。
わ〜っと広げて、パパパっと必要なものをとっていく。あとはざぁ〜っと、1万枚近く処分しました。

えー!普通そんな捨てられないですよ! 写真って一番処分しにくいものですよ。

だいたい、いただきものが多くて、今となっては誰と映っているのかもわからなかったりするものが多いんです。年賀状とかだってそうですよ。手放すのが大変だったのは、専門書かな。映画や絵、料理の本とかね。

本なんかは、価値のわかる人の手に渡った方が、こっちも納得がいくじゃないですか。
だから、神田の本屋さんを軒並み調べ上げて、ここならちゃんと欲しい人のところに渡るだろうっていうお店に引き取ってもらいましたね。
他に欲しがっている人のところに移動するっていうのが、人にもモノにとっても一番幸せなんですよね。そうすると、手放すことが心地よくなってくるんです。

手放すことが心地良い、かあ。その境地に達すると強いですね。
お二人とも、手放したものに後悔がなさそうですし。


ただね、無理矢理あげると、今度は、その人をモノ地獄に落とすことになるんですよ。
だから、「本当にいる?」ってちゃんと聞いて、立場的に「いりません」とは言えない人じゃないかなって見極めも大事。
「もし本当は欲しくないなら、他に心当たりもあるので言ってね。欲しかったらもらってくれる?」っていう念押しも必要なんです。

家にあるもので儲けようって思ったりしなかったんですか?お金に変えてやろう!とか。

ないね。切手も日本が発行したものが全部あったし、テレホンカードも電電公社時代のから2,000枚はあったけど、全部、処分しましたね。
まあ、儲けようと思ったとしても、美味しいもの食べようってくらいですかね(笑)。

良いなぁ、そういう心の余裕。ちまちましてないというか。

あと身近なところでいうと、押入れに、開けずに入ったままになっているダンボールとかですかね。
箱に「タオルケット 新品」なんて書いてあったりするんですけど、開けてみると20年、30年前の新品だったりして、もう色が変わっているんですよ(笑)。
捨てるかどうか迷うものが入っているときもあるけど、そういう場合はまた押入れに片づけないで、あえて外に出してリビングにでも置いておくんです。
そのうち邪魔になって1ヵ月もすると、「やっぱり使わなかったね」って、そこでやっと捨てられる。
終活を切り出す最大の難しさは「言い出すタイミング」と「言い方」

なるほど、お話を聞いていると私も家を片付けたくなってきたなぁ(笑)。
中尾さんって、ご趣味のものなどもいろいろと処分されていますけど、志乃さんの提案に、「そうだな」ってすぐに納得して処分することができたんですか?

「終活」は、言い出すタイミングとか言い方ですよ。志乃はそれが上手いんです。

タイミングとして良かったのは、第一に、二人とも病気が治って健康を取り戻していたことですよね。
あと、相手が仕事の書類を読んでいたりするときに声をかけてはダメですし、奥さんが興味ないからって、例えばテレビでスポーツを観ているご主人に話しかけるのも違う。

どちらかが病気だったり、弱っているときはダメだよね。
死がちらついて気が滅入ってしまう。「俺まで片づけられる」ってね(笑)。
やっぱり普段から会話することでしょうね。うちは大体、夕食なら飲みながら2時間くらいかな。
普段の会話の中で、「あれってどうする?」ということが出てくるんですよ。会話しないとわからないじゃない、何を考えているのか。
病気になってすぐに志乃が「終活」の話をし出したら、俺は断っていたね。5、6年近くたって、病気をしたことも忘れてしまうぐらい健康になったところで、志乃から「そろそろ考えてみない?」と切り出されたから、こちらも「そうだな」という気になった。 (『終活夫婦』P18より引用)

あと提案する側は、まずは自分のものか、2人共通のものから整理する話をした方が良いでしょうね。
「あれを退かしたら、あれ買っても良いよ」みたいなことでも良いかもしれない。
先に、提案する側がちょっと折れる。で、その気にさせる(笑)。

その手にまんまと引っかかってるな(笑)。


本当はご主人の趣味のものから片付けたくなるんでしょうけど、そこをいきなり「あんたのアレ片付けて」では、きっと上手くいかないんですよ。
せっかくの「終活」が、夫婦の揉めごとの元になってしまいます。そうじゃなくて、まずは言い出した自分がちょっと折れる。
そこがポイントかもしれませんね。
親に終活してほしいときでも、いきなり「終活してよ」とは言わない

あと今は、自分の親の「終活」も大きなテーマだと思うんです。
特にモノをとっておきたい世代で、いつか使えるんじゃないって、紙袋を全部とっておくようなお母さん、きっとまだたくさんいらっしゃるじゃないですか。

もう「モノを遺していくことがありがたい」っていう時代は、終わっているんですけどね。

そうだよ。だいたいテレビのお宝鑑定の番組見てたって、後生大事にとっておいたものなんて、ほとんどがニセモノなんだから(笑)。

でも、なかなか理解してもらうのは難しいでしょうね。
だから、子の世代が「うちはこうしてスッキリしてすごく良かった」っていう話から、親にお手本を見せると良いでしょうね。

子どもの方から、「終活してよ」っていうのはダメだね。死ぬのを待っているようなメッセージとして伝わるかもしれないから。

話題になってる本を置いとくくらいで良いですよ(笑)。
『終活夫婦』をそう使ったっていう方もいましたし、やっぱり自分から言い出してもらわないと角が立つんです。

いやぁ、私も親につい言いたくなっちゃいますけどね。タイミングと伝え方は大事ですね。めちゃくちゃ勉強になります。

おかげさまでね、最近、テレビなんかでよその家が映ると、「うわぁ〜、ものがいっぱいだな」としか思えなくなってきましたよ。

うちも自宅マンションは残っていますし、まだ「終活」の途中なんですけどね。年齢を重ねるたびに生活を見直して、これからどう過ごしていくか、一緒に考え、楽しみながらやっていこうと思います。
- 撮影:佐藤 類

中尾彬
1942年、千葉県木更津生まれ。日活ニューフェイスに合格後、フランス留学を経て、劇団「民藝」に入団。1964年の映画「月曜日のユカ」で本格デビューし脚光を浴びる。1975年「本陣殺人事件」で主役、金田一耕助を演じ、その後は、大河ドラマや「極道の妻たち」「ゴジラ」シリーズなど人気作品に出演。近年は「アウトレイジビヨンド」や「龍三と七人の子分たち」など北野武監督作品にも出演。2018年夫婦での共著「終活夫婦」(講談社)を出版。また、バラエティー番組や情報番組のコメンテーターとして幅広く活躍している。
池波志乃
1955年、東京都西日暮里生まれ。俳優小劇場養成所を経て新国劇に入団し、ドラマ「女ねずみ小僧」でデビュー。NHK連続テレビ小説「鳩子の海」をはじめ、テレビ、映画、舞台等で活躍。祖父は五代目古今亭志ん生、父は十代目金原亭馬生。2019年NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺」で、祖父である古今亭志ん生の妻・美濃部りん役で出演中。