「痛い!そこ折れてる」
ボクにあんな大声が出るなんて
なんたることだ!麻痺側の足を骨折してしまった…小指の付け根の甲の部分が折れたらしい。足の横をガツンとぶつけたか。
デイサービスから帰ってきて、デイサービスのバスからベッドまでを受け持ってくれているNPO法人のヘルパーさんが、ベッドに寝かせてくれた。
その日はデイサービスのバスがちょっと遅れたので、いつも帰ってきてからやって施術をしてもらうマッサージの方が待ち構えていた。
「落ち着いてからでいいですよ」。そう言ってお茶を飲ませてくれたりして、ゆっくりマッサージをするべく靴下を脱がせてくれようとした。
「痛い!そこ折れてる」と普段喋れないボクが大声を出したもんだから、マッサージ師の牧野さんは飛び上がるほど驚いた。「え?痛いの?ほんとだ、ずいぶん腫れてる!どうしたの?」
そこからが大騒ぎだった。時間はもう夕方5時半。まさかほんとうに折れているとは思っていなかったみたいだけど、ボクは骨が折れていることに確信を持っていた。
少し触れるだけでも痛い!
協議の結果、病院行きが決定
麻痺していたって痛いものは痛い。だって感じるんだから。動かないだけだ。妻もリビングから駆けつけて牧野さんの説明を聞いている。
麻痺している側は多少いつもむくんでいるのだけど、最近は懸命なマッサージのお陰でむくみも和らいでいた。むくみが和らいだおけげで、足の「ぼやぼやっ」とした少ししびれた感じが消えてきていた。
が、今日は触られたら飛び上がるほど痛い。むくんでるか腫れてるかなんてわからなかったけど、とにかく痛い。
「いつから?」「朝は普通に靴下履かせたけど痛がっても腫れてもなかった…」。そんなやりとりのあと、牧野さんと妻の協議の結果「整形外科で今すぐ診てもらったほうがいいよ、普段しゃべれない神足さんが声を出して言うんだから!そうとう痛いんだよ」と病院行きが決まった。
妻の高速移動
我が家族ながら…あっぱれ!
診察時間は18時まででベッドから車椅子に、そして車に移動、病院についてからもまたまた車椅子に移乗、車を止める…考えただけでも気が遠くなる行程を「わかった」。そう言って妻はすごいスピードでこなしていく。
病院に電話していまから行く旨を伝え「かならず18時までには入ってくださいね」。そう念を押され保険証とおむつ、ウェットティッシュ、財布をバッグに入れてすごい馬力を見せて進む。こういうときの妻は本当にすごい。ボクの横をマッハのスピードで駆け抜けていく。
他人事のように言うと悪いけど、「我が家族ながら」と思う。
そうでなくても家からのお出かけは一大事なのだ。「ちょっと散歩に」なんてなかなか思えない。家族はきっと、行きたいと言えば「行く行く!」と二つ返事で行ってくれると思う。
けれど、ボクがその行程を考えるだけで億劫になる。そんなボクのせいでのらりくらり。いつもはそんなお出かけなのに、今回は妻の唖然とするようなスピードで診察にも間に合った。レントゲンの結果、骨折決定。
想像してみてほしい。その「骨折」という事件が、体の動かないボクにとって、いや、家族にとってどれだけ大変か。
「やっぱり、だから言ってるじゃないの、折れてるって」。まあ、麻痺側だからギブスとかするとまた固まっちゃって大変だからということで、そのまま。目印代わりの湿布と包帯をする。「パパが話すなんて、そうとう痛かったんだね…」と妻。
あたりまえじゃないか。笑
戦ってくれる妻…
病気の前はボクが苦情係だったのに
そこからはケアマネに連絡して、各所に「骨折してるからね、注意してね」とお達しを出してもらう。デイサービスにも事情徴収してもらっているけれど、調査中とのこと…。
「誰がやったとかじゃなくて、こんなに腫れてるのに気が付かなかったの?リハビリのときも着替えのときも」。普段は穏便な妻が珍しく強く訴えている。「出かけるときはなんでもなかったんだから、言わなくっちゃ!」
そう息巻いていたが電話口ではトーンダウン。「あの~骨折したみたいなんですが。いつかわかりますか?むにゃむにゃ…」。
まあ、ボクだったらそんなものじゃすまないけど。彼女の精一杯の訴えだったのだろう。そうそう、病気の前はボクが我が家の苦情係りだった。
病気になってなにが困ったかって、我が家の窓口係りがリタイヤしたこと、と妻に冗談だか本気だかわからないように言われたけれど、そうなんだよなあ。そんな苦手なこともボクの代わりに頑張ってくれているんだよなあと思う。
犯人探しはしなくていい
誰のせいかなんてわからないもんね
ボクは、当日のことをまだ少し覚えていて、牧野さんに「あのときかも…」とそんな話をしているそうだ。けれど、妻には話せなかった。あまりに忙しそうにしていたから。で、ボクはいつどうしたかなんてすっかり忘れてしまっていた。
麻痺側なので不幸中の幸いで足は動かない。だいたいじっとしていられる。夜中になんかの拍子に足が動くことがある。ズキッとして目が覚める。すると「あ、折れてるんだった」。そう思いだす。そうすると、折れたかもしれないその場面も思い出す。
「あのときの激痛が折れたときなんじゃないか」。そう思ったりする。けれど、思い出したり忘れたり、妻に話すことを忘れたり…。
きっとまた忘れちゃうんだろうなあ、そう思う。犯人探しをしても仕方がない。たとえ「あのときのあれが…」と憶えていたとしても言うつもりもない。けれど、どうなんだプロとして。
「もしかして自分かもしれない」って思っている人はいるはずだからね。責めているんではないよ。実際、本当のことはわからない。
まあ、その人が現れないとしてもそんな闇の事故が起こっていることがあるってことは現場の人にはよくわかっているはずだからね。ボクが思い通り話せなかったり、歩けなかったりすることはこんなことも巻き起こす。
後ちょっとのところで出かかっている言葉も、痛いときのようにふっと自然に出てくるようになればいいのになあ。
そうすれば、とりあえず我が家の苦情係りの復活はできるのに。