11月21日、社会学者の上野千鶴子氏、服部万里子氏、ケア社会をつくる会らが中心となり、衆議院第二議員会舘で集会を開催。「このままでは保険“詐欺”になる!~介護保険は崖っぷち~」と銘打ち、介護保険制度改正の問題点を指摘しました。
2024年度に予定されている介護保険制度の改定案では、特に以下3点の変更による影響が大きいと考えられます。
- 利用料を2割負担する対象を拡大
- 65歳以上の高所得者の保険料を引き上げる
- 介護老人保健施設などの多床室の室料を全額自己負担化する
介護保険制度の創設当初、利用者負担は原則1割でしたが、現在では「現役並み」の高所得者は3割負担、「一定以上の所得」がある人が2割負担です。2割の対象者は、被保険者の年収上位20%(単身で年収280万円以上)となっていますが、これを30%(同220万円以上)まで広げる試案などが提示されています。
同集会では、これらの点を中心に批判の声が上がりました。
本コラムでは、同集会の模様をレポートしていきます。
介護保険制度の“改悪”?
まずNPO法人「暮らしネット・えん」代表の小島美里氏が「院内集会の開催は3回目になりますが、回を重ねるたびにタイトルが“危なく”なっているのをご存知でしょうか。1回目が『介護保険が危ない』、2回目が『史上最悪の介護保険改定』。今年は『がけっぷち』です。今日はいかにがけっぷちかというお話が現場の方々、ご家族の方々、ご当人の方々から伺えると思っております」と口火を切った同集会。
このままでは詐欺になる!介護保険は崖っぷち集会、始まりました! pic.twitter.com/Ac3y7ZuAgq
— ケア社会をつくる会(史上最悪の介護保険改定を許さない!会改め) (@kaigomamore) November 21, 2023
続いて呼びかけ人の一人である上野千鶴子氏が、集会の主旨を説明します。
「介護保険23年間の歴史は、改悪に次ぐ改悪の黒歴史です。3年前にすでにその状態が危機を迎えておりましたので『もうこんな後退は許さない!』と声を上げました。それから3年、いったん先送りで、また出てきたのが今年です。このままでは保険詐欺になるという、史上最悪の改悪案。岩波書店から出ている報告書にある帯には『無知は罪』と書いてあります。
権利と制度は黙って向こうから歩いてこない。時には要求しないと得られないのに、要求したものとは違うものが差し出されることもあります。
手に入れたと思ったものでさえ、いつの間にか取り崩されていきます。昨年、抗議アクションをやったら、すべて押し戻すことができました。監視し参加し、戦い続けなければ、今あるものを守ることさえできません」とコメントしました。
また、当コラムのインタビューに応じた上野氏は、今回の改正案について「最大の問題は、2割負担の幅を拡大するという話。昨年は『原則』2割負担と言っていたのを『拡大』に変えました。220万円は低すぎる数字です。もう一つ、総合事業についても表現がおかしい。(要介護)1・2を総合事業に移行と表現しますが、移行というより“介護保険外し”と書いてほしいですね。保険から外して、受け皿を総合事業に、ということですが、総合事業の内実がありません」と指摘。
今回の集会のタイトルを「保険詐欺」とした意図については「介護保険は応益負担で、1割負担の約束で介護保険料を払いながらスタートしたわけです。これでは保険契約の内容が、途中で変わるようなものじゃないですか。これが民間の保険会社なら契約違反です」と明かしました。
介護サービス利用料の負担増で懸念される利用控え
発言者のトップで登壇したのは、名古屋学芸大学看護学部客員教授であり社会保障審議会介護保険部会委員も務める石田路子氏。
石田氏は「制度開始から一律1割負担とされてきた利用負担ですけれども、2013年の8月に社会保障制度改革国民会議報告書で、応能負担を求めていくという方向性が出されました。そして2015年8月に2割負担、2018年8月には3割負担が導入されました。厚労省が2018年と19年に行った調査で、この負担が増えたということを理由にしてサービスの利用をやめる、あるいはサービス量を減らした人がいるということがわかっています」とコメント。
すでに現段階で、利用控えが発生しているというのです。これで拡大に踏み切ったら、利用者の健康状態が悪化していく可能性もあります。ですが、2021年5月の財務省財政制度審議会では、全体の約9割の利用者が1割負担であるということについて、これを原則2割負担、少なくとも2割負担の対象者を拡大する必要があるという話が出ています。
「今年7月に介護保険部会で現行2割負担の対象者となっている人は被保険者の上位2割。これは単身の場合ですと、合計所得金額が280万以上の人なんですけれども、これを上位3割、合計所得金額を220万以上の人にまで拡大するという例が出されております」(石田氏)。
この上位3割という考え方、後期高齢者医療制度の前例に基づいているために、問題視する声が多いのも事実です。
「この制度は現役並所得の人が3割負担、その他は1割負担だったのですが、昨年10月から被保険者の上位3割の人を一定以上所得者として2割負担に引き上げた例です。2割負担の拡大に関する議論については、必ずこの後期高齢者医療制度が出されます。しかし、介護は医療と異なってサービスを利用し始めたら長期に渡って継続利用することが多く、費用の負担増が長く影響する点が考慮すべきであるという意見がたくさん出ております。
いずれにしても、利用料が1割負担から倍になるということは、特に年金を主な収入としている高齢者にとって、生活を直撃する大問題です。さらに現在、食費をはじめとすべての生活関連費用が値上がりしておりまして、人々の暮らしを追い詰めております。こうした社会状況の中で2割負担対象者となった高齢者はサービスの利用控えをするということが容易に想像できますし、利用控えが重度化につながることは言うまでもありません」(石田氏)。
高齢者がフレイルに陥るリスクも
その結果、これまで何とかやってきた高齢者がフレイル・サイクルに陥り、体調を崩して入院や施設への入所が急増するというケースもあるかもしれません。
「これまで、もっと現状の高齢者の生活実態を精密に調査した上で慎重に線引きする必要があることを訴えてきましたが、今後の審議会では、2割負担の対象者範囲の拡大ということが避けて通れないような状況になっています。一定以上所得があるとする根拠や正当性については、介護保険を支払っている当事者はもちろん、自分たちの親の世代が介護サービスを利用することになる人たちも含めてしっかりここは確認して、納得がいかなければ説明をきちんと求めるべきと思っています。
介護保険料を支払っている高齢者、現在介護保険サービスを利用している当事者、あるいは今後利用する可能性のあるすべての人が、介護保険サービスの利用が原則2割負担へ切り替えられていくということを認めているとはとても思えません。今一度、現在の高齢者の生活状況を正しく調査した上で、国民が納得する一定以上所得がある人の範囲を示すべきであり、年内に決めるという風にされていますけれども、この重要事項は拙速に進めるべきではないということを強く訴えたいと思っております」(石田氏)。
なお、社会保障審議会介護保険部会では了承されていた介護保険の利用者負担2割の対象拡大ですが、12月20日には一転、先送りされることが武見敬三厚労大臣より発表されました。対象拡大の先送りは今回で3回目となります。今後の展開にも注目が集まります。
≪発言された参加者の皆様≫
司会挨拶:小島美里・中澤まゆみ
主旨説明:上野千鶴子
制度説明「どこが危機か」:服部万里子(服部メディカル研究所)
≪発言(1人4分)≫
石田路子(社会保障審議会介護保険部会委員:高齢社会をよくする女性の会)
香丸眞理子(生活クラブ運動グループ・インクルーシブ事業連合ACT)
伊藤英樹 (NPO法人井戸端介護(井戸端げんき)
西野裕哉 (デイサービス隣家)
門脇めぐみ(千葉勤労福祉会)
工藤美奈子(株式会社福祉の杜いまじん)
藤田隼平(老人保健施設ライブリィきぬかけ)
阪井由佳子(富山型デイサービス「にぎやか」)
隅田耕史 (特定非営利活動法人フェリスモンテ)
鎌田松代 (社会保障審議会介護給付費分科会委員:認知症の人と家族の会)
増田一世 (NPO法人日本障害者協議会常務理事)
小野浩 (きょうされん)
藤原るか(ホームヘルパー国賠訴訟原告)
小島操 (ケアマネウィズだいこんの花)
横山孝子 (訪問看護ステーションあい)
宮崎和加子(一般社会法人だんだん会)
松本健史(合同会社松本リハビリ研究所)
浜田きよ子(むつき庵・高齢生活研究所)
中野智紀(東埼玉総合病院)
永森克志(ささえるクリニック岩見沢)
山根純佳 (実践女子大学人間社会学教授)
花俣ふみ代(社会保障審議会介護保険部会委員:認知症の人と家族の会)
声明:樋口惠子(高齢社会をよくする女性の会)
(敬称略・発言順)