家族が認知症と診断されたとき、一体いつ近隣住民と情報を共有するべきなのでしょうか。
徘徊などが心配で事前に知らせたほうが良いのかどうか迷う方もいるでしょう。一方で、認知症であることを知られたくないという思いを抱く心理もわかります。
そこで今回は、家族が認知症になった際のご近所付き合いをテーマに解説いたします。
「認知症」という言葉は使わずに伝える
結論から申し上げますと、「認知症になった」とお伝えする必要はないと思っています。傷病によって「今できていることと心配なこと」をありのまま伝えておけば良いと考えます。
介護では「残存能力」に着目して「できることを活かす」「できていることを維持する」「改善できることは改善を目指す」という考え方があります。
したがって、ご近所の関係では「年齢や傷病もあって困難なことがある」と周囲に伝えつつも「できている」部分をお話ししておくと良いでしょう。
そもそも「認知症」という言葉は、その方の個性を無視して、あたかもひどい病気のような想像をさせがちです。そのため、「何もかもわからなくなった」かのような誤解を抱かれる恐れがあります。
以前は痴呆症とも呼ばれ「ぼけ」という表現が問題になりましたが、「認知症」もまた、今や家族だけでなく本人が聞いただけで深刻なショックを受ける言葉となってしまいました。
がんの告知云々という話と同様にひとくくりにされてしまいがちですが、病状や症状だけでなく、本人の生活歴や性格などによっても個人差が極めて大きいのが「認知症症状」です。
認知症の種類によっても違いますし、たとえ軽度の症状であっても元の性格が頑なであったりすると周辺症状が重くなることもあります。逆に、認知症の進行度が深い方でも多幸感の高い方だとそこまで問題にならなかったりもします。
認知症かどうかを問題にするのではなく、老いや傷病によってできなくなったこととまだできていることを具体的に把握しておくことが大切です。
「認知症」という言葉は、世間にも知られてきて徐々に広がってはいるのですが、当事者にならないと詳しく内容を知る機会が少ないです。
その言葉を怖がったりする割には、ネガティブな部分ばかりに目がいき、あるがままの状況から考えることを放棄しているように思います。
「認知症」と診断されても一人暮らしをされている方もいますし、出ている症状に応じた対策がとれている家庭もあります。仮に認知症と診断されたとしても、今までと変わらない日々を送り続けることもできる場合もあるのです。
例えば、認知症症状の代名詞ともいえる記憶障がいですが、物忘れとの違いを理解できている人はそれほど多くはありません。
記憶障がいは、新たなことを覚えにくいのであって今までの習慣や記憶が失われるわけではありません。
そのため、近隣の方への伝え方も「これまでの生活習慣で身についたことは、おおむねできているんだけど、今のことは覚えづらいみたいで…」と現状のまま話しておくと良いでしょう。
同じように認知症と診断された方が近所を歩いていると「徘徊」と呼びたがる方もいらっしゃいますが、問題なく家に帰宅できているのなら、れっきとした「散歩」です。
ただし、周辺症状の影響で例えば「昭和ルール(ゴミのポイ捨てなど、昭和の頃は割と平然と行われていた行為)」などをしてトラブルを起してしまうことは考えられます。
ですから、近隣の方へは「ちゃんと家に帰ってはこれているけれど、時代錯誤な信号無視や、よその庭を横切ってしまったりすることはあるみたいなので、挨拶がてら声掛けをお願いします」などと、現段階で懸念される心配事を打ち明けておくと良いでしょう。

地域包括支援センターとは早めに関係を築こう
地域包括支援センターには、あらかじめ話を通しておくことをおすすめします。介護の相談や介護認定のためだけでなく、認知症症状によって生じかねない近隣とのトラブルを事前に防ぐうえでも、早めにして関係づくりをしておくと良いでしょう。
介護者には、認知症カフェや認知症家族の集いなどといった情報をもらいやすくなります。
また、地域包括支援センターから、近隣地域での認知症の勉強会の開催などを要望しておくのも非常に有効です。
実は「認知症施策推進大綱(2019年策定)」という国を挙げた取り組みがあり、多くの人が認知症の理解を深めることができるように働きかけ、認知症を含む高齢者が住みやすい社会になるよう目指しています。
その代表的な取り組みが「認知症サポーター養成講座」です。認知症に理解のあるサポーターを増やす目的で開催されていますが、これは地域包括支援センターの大切な仕事の一つとされています。
地域包括支援センターから近隣の方々向けに話していただくことで、症状に対する理解の向上が図れますし、そうした機会に近隣の方々へ相談できたり、打ち明けられることもあるのではないでしょうか。
見栄を張らずに打ち明けられる近所付き合いが理想
さて、認知症について近隣の方々に隠し続けようとするご家族に多いのが、近隣との付き合いにおいて「背伸びをして見せてしまう」「虚勢を張ってしまう」傾向です。
これまで地域に貢献していたり、周囲に指導・指摘する側であったご家庭は、近隣に対して弱みを見せることを恥だと思うことが多いようです。
その結果、認知症であることを近隣の方々に打ち明ける機会を逸してしまい、近隣の方と疎遠になっていく悪循環に陥りかねません。
そうなってしまうと介護関係者が出入りすることすら恥じるようになり、相談いただいたときには、すでに虐待や近隣トラブルが生じてしまっていて深刻な事態に陥っていることもあります。
見栄や強がりといった自分の背丈を越えて見せていると、いざというときに素直な家庭の事情をさらけ出せなくなってしまいます。
裸の王様という言葉がありますが、多少の弱みや苦手なこと、困りごとを普段から伝えられているほうが、むしろ近隣の方が先に認知症症状の兆候に気がついて、声をかけてくれることも多いのです。
深刻な状況になる前から、近隣で情報を共有できていたら、いきなり地域にいられなくなるような深刻な揉め事やトラブルは避けられるのではないでしょうか。

認知症は、高齢になればなるほど発症する可能性が高くなります。私は20年以上、認知症症状と向き合ってきましたが、確実に認知症にならない方法などありません。その意味では、長寿社会の象徴こそが認知症との共生であると思います。
認知症は自覚することが難しいとされていますが、罹患したことを一番隠したがるのは実は本人である場合が多いです。「何かがおかしい」「みんなが馬鹿にしている」といった感覚はしっかりと刻まれ、その結果「認知症」という言葉に過剰なまでに反応することがあります。
近所付き合いは面倒くさいと思っていたとしても、冒頭に述べたように「認知症」とわざわざ曖昧な括りで伝えずに、できていること・困っていることをありのままに伝えて「いやぁ、実は最近ボケちゃって」「いやぁ、私なんか生れたときからボケちゃってて」などと、笑い合っていられるような近所付き合いが望ましいのではないでしょうか。