特別養護老人ホーム裕和園の髙橋秀明です。
認知症は、早期発見が大事だと言われています。早期に対応することで認知症の進行を緩和できる可能性があり、原因疾患によっては治る認知症もあるからです。しかし、受診をしたがらない高齢者がいることも事実です。
今回は、診察を拒む高齢者や家族との接し方についてお話いたします。
受診を拒む人の心情を理解しよう
一般的に病院を受診する場合、「意味」や「目的」があります。例えば「発熱がある」「頭痛やめまいがする」「お腹が痛い」「怪我をした」「食欲がない」「痒みが気になる」などの症状です。これらを解決するという目的のために受診をするのです。また、「健康診断」なども目的の一つです。
こうしたことをふまえると、本人が受診の必要性を感じていないのに、周囲が「心配だから受診しましょう」「最近忘れっぽいから早く受診したほうが良いよ」といった考えを押しつけても、本人は納得できません。反論されたり、拒まれたりするのも当然なのです。ましてや「認知症かもしれないから」と説得しようものなら、相手を怒らせたり、傷つけてしまうこともあります。
そこで、私の経験を基に、受診を勧める際のポイントをまとめてみましょう。
1.本人が「病院に行こう、行かなきゃいけない」と思わせるような誘い言葉や理由づけをして説明する
以前、認知症の疑いがあるにもかかわらず、医療機関の受診を頑なに拒まれる方がいました。その方に対して「近所で感染症が流行っているので、検査をするように通達がありました」「○○歳以上の人には市町村検診が義務づけられていますので」など説明をしたところ、納得していただけたことがあります。
人によっては、嘘をついて受診させているようで心苦しいと感じるかもしれませんが、この場合は嘘も方便です。また、お金の心配をされている高齢者には、自己負担が免除されるために無料であることを説明すると、本人が安心して受診することもありました。
2.本人と関係性を築けている人が受診を勧める
人は、基本的に安全・安心を求めて生きています。危険なところへ行くと怖さを感じ、そこから逃げ出したくなるのは人間の本能です。同じように、人に対しても「貶めようとしている」とか「攻撃される」と認識すると、その人に何を言われても拒否してしまいます。
つまり、本人を常日頃から「見下す」「何もできない、わからない人のように扱う」「無関心・無視」で接している人が、急に受診を勧めても拒否される可能性があります。受診を勧めるのは、本人との関係性がなるべく近しく、信頼関係がある方が望ましいです。
「あなたの言うことだったら聞こう」「そこまで心配してくれるなら受診しようか」と思わせる関係性だと、応じてくれる可能性が高まります。
それ以外にも「早く死にたい」「あの世に行って楽になりたい」という理由から、受診を拒む人を誘う場合にも、お互いの関係性が鍵を握ります。そのような悲観的発言の裏にある真意は「自分は疎外されている」「私の存在を認めてほしい」という承認欲求が存在している可能性があるからです。
家族が受診をしたがらないケースの対処法
「まさかうちの親が…」と認知症である現実を認めたくない家族の気持ちは、当然のものだと思います。だからと言ってそのまま何もせずにいると、状況は悪化してしまいます。
認知症の状態にある方には、適切にかかわることが大切です。加齢による老化現象だと家族が思い込み、物忘れに対して強い口調で指摘したり、否定的な言動を発したりしていると、本人の症状が悪化する可能性があります。
受診が遅れたために家族が追い詰められた事例
Aさん 女性 85歳
Aさんは、長男夫婦と同居をしていました。Aさんは調理など部分的に支援を義理の娘さんから受けながらも、日常生活のほとんどを自分で行うことができていました。義理の娘さんとの関係も良好です。
しかし、いつしか義理の娘さんに「今日は何日?何曜日?」と繰り返し聞くようになりました。義理の娘さんは何かおかしいな?と感じつつも、歳だから忘れることもあるだろうくらいの感覚で、「お母さん、しっかりしてください。今日は〇日、〇曜日!何度も聞かないでくださいね」と返答をしていたそうです。
そのようなことが1~2ヵ月ほど続いた後、「〇〇さん(義理の娘さんのこと)、あなた私の財布盗ったでしょ」と義理の娘さんを問い詰め始めました。身に覚えもないことで唐突に問い詰められた義理の娘さんは驚きました。「私はお母さんの財布を盗っていません」と返答することで、その場は収まりましたが、以降も連日のように訴えは続きました。
義理の娘さんは、なぜAさんから疑いをかけられるのかもわからず、気に障ることでもしたのではないかと自問したり、嫁いびりが始まったのではないかという疑念すら抱くようになりました。
義理の娘さんは精神的に疲れ、抑うつ的になっていきました。そんなとき、義理の娘さんの知人からのアドバイスもあり、Aさんを認知症に造詣が深い専門医のところに連れていきました。Aさんは認知症と診断され、「財布を盗った」と義理の娘さんを困らせたAさんの言動は「被害妄想」であることがわかりました。その後は適切な薬物療法によって改善。それにより、義理の娘さんの体調も徐々に良くなりました。義理の娘さんは「もっと早く受診していれば、辛い思いをしなくても良かったのに」と苦笑されていました。
無理強いをせず、相手が心を開くのを待つ
上記の事例は、10年以上前に体験したもの。「家族が相談できる場所を知らなかった」「認知症に対する知識が不足していた」ことにより、受診が遅れたケースのひとつです。そのほか、家族が受診に対して否定的な場合、周囲の人が積極的に受診を勧めたとしても、それは実現の可能性が低いと言わざるを得ません。家族が受診に対して否定的なのは、きっと理由があると思います。
例えば、先述したように「うちの親に限って…」という心情があるのかもしれません。「認知症であってほしくない」という思いからかもしれません。それらをふまえ、まずは家族の心情を受け止めることが大切です。たとえ親切心からアドバイスを送ったとしてもお節介と捉われてしまう可能性があります。このようなケースでは、家族が心を開いた段階で、受診を「選択肢」の一つとして提案することが望ましい対応だと考えます。
また、急な物忘れやいつもと違う言動には、認知症以外の病気が隠れている可能性も否定できません(第34回参照)。アドバイスをする際は「認知症が心配だから」ではなく、「体の不調のサインかもしれないこと」を説明して「受診をしてみようかな」と思ってもらえるようなかかわり方が望ましいと思います。今回の記事が、受診を拒む本人や家族にとって一つの参考になるとうれしいですね。