前任総理大臣の安倍晋三さんが健康上の理由で辞任を発表。それを受けて、自由民主党の総裁選が9月14日に実施。その結果、圧勝した菅義偉(すがよしひで)首相による新政権が9月16日に発足しました。当初は、菅政権が社会保障分野で何をしようとするのか良く分からなかったのですが、だいぶ見えてきた感もあるので、そのあたりも踏まえて現況をまとめてみたいと思います。
菅政権は「全世代型社会保障」を引き継ぐ方針!
これからの社会保障や予算編成はどうなる?
医療・介護分野を担当する厚生労働省では、厚労大臣に田村憲久さんが、副大臣に公明党の山本博司さんと自民党の三原じゅん子さんが起用されました。女性の出産助成に対する補助を打ち出すなど、早くも動きが盛んになっています。
山本博司さんは参議院の厚生労働委員会委員から理事を歴任し、労務のエキスパートとも言える人物です。社会保障関連においては参議院の「国民生活・経済・社会保障に関する調査会」の理事も務めておられました。
また、三原じゅん子さんは2010年にご自身で介護施設「だんらんの家 三鷹」を開設されるなど、介護業界にも近しい人物です。そのため、社会保障全般の改革や予算の増額は、今後加速していくかもしれません。女性進出や育児に対する手当について積極的に発言をしてきた人物であり、どちらの副大臣も厚労行政に深いかかわりを持ってきたという意味では非常に実務的な起用だと言えます。
新総理に就任した菅さんは、記者会見でさっそく「コロナ禍の国難にあって政治の空白は許されない」と宣言。安倍前政権時代の実質的には道半ばであった社会保障改革の方針「全世代型社会保障」に向けた取り組みを引き継ぎ、制度改革を行っていくものと見られます。
あまりこの方面で総理大臣として菅首相が安倍前政権の路線を捨てて独自の色を出すとは考えづらく、2020年2月に発表された官邸の基本方針から大きく変わることはなさそうです。
なかには実現が難しそうな政策も…
結局、高齢者に長く働いてもらうことが最大の目的に
もちろん、個別の政策分野をみていくと、この連載でも何度か書きました通り「これってどう実現していくの?」と思うような項目も残っていて行方が気になります。
例えば、担当大臣だった西村康稔さんが行った記者会見では、「70歳までの就業機会の確保(を法律で義務付けた)」「時短労働者の厚生年金の受給者枠を広げ、希望があれば75歳からの年金受給もできる(法律をつくった)」「疾病予防や介護予防の取り組み強化をする自治体に補助金をつける」という話が出ています。
これはこれで効果のある内容なので良いわけですが、つまりは「逼迫する社会保障財源をどうにかやりくりするために、日本人にはより長く現役として働きながら病気や故障が起きないよう予防に徹してもらいます。一方で、政府は全体の社会保障の金額を減らせる施策を頑張ります!」という方針です。どうにかして社会保障全体を抑制し、国民負担、国庫負担ともに軽減させることで、持続可能な社会保障の実現という大義名分を掲げて改革に取り組んでいきたいということなのでしょう。
「社会保障の制度改革」=「高齢化問題」
長く働かなければならない若者に十分な説明を
しかし、この問題を率直に言うと、一連の「社会保障の制度改革」は要するに「高齢化問題」です。前述のような施策で「所得のない高齢者をなるべく出さないようにすること」だけが、必ずしも「全世代型社会保障」というわけではありません。
なぜならば、(当たり前のことですが)社会保障全体のパイが減る中で、働けない、働かない高齢者が2040年ごろまでどんどん増えていきます。それだけでなく、育児世代の支援や失業対策など「全世代」の社会保障を網羅的に実現していくとすれば、今最も社会保障費を使っている高齢者や傷病者1人当たりの給付金額を下げざるを得ません。より効率的に対応をしていくことを強いられる、あるいは地域との共生の名の下に「看取りはご家庭で」と、介護を公共から家族へ再び押し戻す政策が打ち出される可能性も否定できません。
それゆえに「全世代型社会保障」の政策面でのあり方をもっと長い目で見た場合、まず「SDGs(持続可能な開発目標)」の実現に向けてどのような政策を実施するのかということが問われます。
ただ、一口に「持続可能」と言っても、働けない高齢者が増えたのでそこに向けて対策を打つだけでなく、結婚、出産、育児、失業、障がい、疾病・闘病など、さまざまな「働けないリスク」をカバーするのが社会保障です。
なので、働いて税金や社会保険料を納めてくれる国民の数が少子化で減り、国内経済が低迷すると持続可能な社会保障と言われてもまったくの画餅になります。いわば、社会保障は単体で成立するものではなく、経済の活力や産業力、国際競争力と、それらを支える科学技術の発展、海外と戦える企業の育成といった、幅広い経済政策とともに存在しているものなのです。つまり、安倍晋三さんが政権にあって「アベノミクス」と「一億総活躍社会」そして「全世代型社会保障」を掲げてきたのは、政策てんこ盛りだけれども、そうならざるを得ない側面がどうしてもあります。
それを菅義偉さんが踏襲するとなれば、必然的に社会保障費の総額を抑えながら、各方面の「働けないリスク」を最適配分し、合理的に社会を回していく方法しかなくなります。そのぐらい、実は野心的な政策を菅政権は踏襲することになるのです。
そして、今働いている若者や子育て世代に対して、彼らの老後にはどういう制度でどれくらいの給付水準になるのかということをもう少し明確に見せる必要があります。彼らの中に「改革が自分たちのためにならないのではないか」という不信感や、年金を真面目に納めても自分が老人になる頃には生活できるほどの給付にはならないだろうという諦観、警戒心を残してしまう危険性があるためです。
なんてったって、昔の世代ならば60代には引退していたのです。それが急に「お前らは70歳まで働け」と言われて、年を取ってもなお頑張らなければならない状況は大変だとみんな思うわけですよ。
小規模事業者やフリーランスへのフォローもあるけど
最優先課題は高齢者への給付抑制?
そして、この全世代型社会保障の中間報告が、まさにコロナ禍真っ盛りの8月末に発表されました。中身をみてみると、雇用の枠外に出てしまっている小規模事業者やフリーランスに対する制度的なカバーや、少子化対策まで盛り込まれ、確かに労働から出生・子育てまで目配せされています。政策が予算、制度とともに必要な人に行きわたるよう、かなり考えている内容ではあります。
しかし、予算や実績的な背景も含めて考えると、やはり「高齢者に対する給付をどう抑えていくのか」という話に力点が置かれているようにみえます。
言い方は悪いですが、高齢者向けの医療・介護予算として国庫拠出が40兆円をはるかに超えていく状況で、少子化対策や子育て支援といった本来の「全世代型」に合致する政策は総額2兆円の増額も出るかどうかわからないという状況です。
一方で、国民が納める社会保険料は、今後増大が抑えられたとしても担税力ギリギリといっておかしくない状況にあります。
給付を下げないと若者の負担増で共倒れに…
しかし見方を変えれば社会のあるべき姿が見えてくる
企業などにお勤めの勤労世帯で伴侶のいる家庭の家計負担について申し上げるならば、ご家庭の構成によっては「直接税金を支払う(所得税や地方税の総額)」よりも「働いている企業が天引きする社会保険料」のほうが大きくなる場合がございます。
もちろん、ほとんど控除のつかない「おひとりさま」世帯は、税制面でも非常に不利な状況に置かれます。社会的に不安定なのも「おひとりさま」であり、結婚できなかった人はただでさえつらい立場なのに、社会においては罰ゲームを喰らわされているような状態で、なかなか割り切れないものがあります。どうしてこうなった。
そのうえ、さらに苦しいのはやはりこれから結婚や出産を控える若い世代の所得があまり上がらないことです。つまり、勤め人が収めてくれる社会保険料が事実上の「若者税」になっていて、高齢者に対する給付の水準を下げる努力をしない限り、共倒れになりかねないというのが実情だと思います。むしろ、社会保障政策というのは私たちの生活から切り離せなくなるどころか、社会負担そのものになってしまっています。
逆に税金という点で言えば、結婚したら扶養控除があり、子どもを複数産めば子育て支援金や16歳以上でさらに控除があります。さらに、お勤めの方がマイホームを買えば住宅ローン控除、iDeCoによる税控除、保険料控除などもあります。
「国民にどういう家庭を築き、生きていってほしいのか」という国が想定する道筋に沿って、税金の控除や還付、助成金はあるのです。一方的に負担が積み上がっていく全世代型社会保障という観点だけではなく、角度を変えて、税制の面からあるべき社会の形を見極めることも大事ではないでしょうか。