新しい総理大臣に前官房長官の菅義偉さんが選出されました。菅首相の掲げた、事実上の公約となる政策のひとつに「オンライン診療の促進、恒久化」という項目があります。そして今まさにこの政策をめぐって「あるべき医療・介護体制とは何か」という屋台骨を揺さぶるような議論が交わされています。大丈夫なのでしょうか。まあ、実際にこの辺の政策を見ていると、私でさえ乗り物酔いをしかねないぐらい、グラングラン揺れている感じでございます。

『みんなの介護』でも、連載『ニッポンの介護学』の中で「オンライン診療とは何ぞや」というわかりやすい記事をまとめていますので、まだ良くわからないよという方は、ぜひこちらをご覧いただければと思います。

「オンライン診療の恒久化」推進で
医療の合理化やリソースの配分が進みそう

今回の記事では、菅政権成立から1ヵ月ほどで具体的にどんな議論が進んできたのか解説しながら、介護や私たちの生活にどんな影響がもたらされるのかを書いてみたいと思います。ただ、非常に専門的な議論が多岐にわたっている分野のため、ご関心のある方はぜひ厚生労働省や四病院団体協議会(四病協)、日本医師会のサイトなどもご覧ください。

もともと、今回決まったオンライン診療の恒久化は、長く続く新型コロナウイルス感染症対策がきっかけです。病院内での感染拡大を防いだり、訪れる患者さんの精神的負担を軽減するために、コロナ禍の危機的事態に限って時限的に認められたオンライン診療を恒久化することにしたのです。

電話やオンラインでの診療ができる登録済み医療機関数の推移

オンライン診療は元々、無医村や離島、僻地などのいわゆる「僻地医療」での医療空白地帯をなくすという政策的原則から、主に電話などによる「遠隔医療」として1997年に認められた制度です。ただし、「初診に限っては、医師との対面での診察が行われていることを前提とする」という条件が付いていました。

その後、2015年にこの「遠隔医療」が日本全国で認められるようになります。背景には、救急医療など医療ニーズの急増によって病院をたらい回しにされてしまう急性期の患者さんの増加があります。そのほか、診療科によって基幹病院でもケアできない病気を持つ国民が多いことへの対策として、「慢性疾患の方なども最適な医療リソースを確保して専門性のある診療を受けられるべき」という議論が盛り上がったということもあります。

端的な話、リウマチや糖尿病などの投薬などで管理できる病気については、医師の処方する薬さえあれば一定程度、健康が保てるということでもあります。

昨今では、ただでさえ医師をはじめ、看護師、技師などコメディカルの医療関係者の働き過ぎやブラックな職場が問題になっています。病院実務の合理化だけでなく、診療にかかる作業量そのものを減らして、本当に必要な急性疾患・怪我などに対する治療や、専門性の高い救命医療にリソースを配分していくべきという結論になったのはまあ仕方がないのかなと思います。

目の前に医師のいない診療は
法律と照らし合わせて「適切」と言えるのか

これを受けて厚生労働省は、2018年に『オンライン診療に関する適切な実施に関する指針(ガイドライン)』を策定しました。

このオンライン診療をめぐる議論の1丁目1番地(最優先課題)は、医師法で定められた「無診察治療の禁止」にあります。要は「医師が診てねえのに、検査をしたり、薬を出したり、出産させたり、死亡確認したり、治療行為をすんな」という話でありまして、医師が医師である最も大事なことが定められた根拠であります。

電話やオンラインでの診療ができる登録済み医療機関数の推移

つまり、医師でなければ診療してはならないという金科玉条があるため、なんか適当に風邪ひいてやってきた高齢者に「あんた、風邪じゃないの」と看護師が経験をもとに診断してはならんということでもあります。症例という点では看護師も相当診ているわけですが、国家試験を通った資格ある医師でなければ診察してはならないというのは大事なことです。

ちなみに、どう見ても亡くなっているのに報道で「心肺停止状態で発見」と表現するのは、「死亡宣告は医師にしかできず、まだその人の状態を医師が診て発表していないから」ということでもあります。

さて、「オンライン診療の場合この医師法上の扱いはどうなるのか」という点は、かねてより議論になってきました。端的に言えば、「その場で目の前に医師がいなくても診察ができるオンラインによる診療は、診療と呼べるのか」という話であります。医療提供場所として医療法が定める「医療提供施設」や患者さんの「居宅等」の、その「等」にオンライン診療が入るんだっけか、という議論です。

これは、離島や僻地などでの遠隔医療の現実的な側面から認められてきたものが、その辺の市街地にいる慢性疾患のおじさんや、介護施設などで暮らしているご老人なども認められるべきなのか、非常に悩ましい議論であったと言えます。

なりすましや転売に対抗する仕組みがないまま
オンライン診療が認められてしまった

今回、オンライン診療が認められる背景にあった新型コロナへの感染リスクとは別に懸念されるのが、症状の見落としによる誤診と、オンラインで確認できない「なりすまし」に対するリスクが払しょくできる状態にはないという部分です。

厚労省のガイドラインでも、情報セキュリティ関係として問題点が列挙されています。まあ要するに欲しい薬がある人が、オンライン上で症状を偽って診察を受けて処方・投薬をされたり、病院から出た保険負担で安くなった薬を転売する馬鹿が続出したりするのではないかという話が出てくるわけですよ。

なので、「お薬手帳をマイナンバーにひもづけて、健康情報を管理する仕組みを導入したらどうか」とか、日本医師会が主張するように「まずは初診だけでも具体的に本人確認をする仕組みを用意しないと危なっかしくてオンライン診療は使えないだろ」という議論はあったわけです。

菅首相はオンライン化を厚労省大臣に指示
医療法人に格差が生じる予見も

ところが、菅義偉さんは仕事人なのでこのような懸念があっても容赦はしません。オンライン診療は公約なので絶対にやるのであります。

先日、日本医師会で新会長に就任した中川俊男さんが官邸で菅首相に会い、原則初診は対面があるべきという医師としてある意味当然の提言をしました。しかしオンライン診療推進に燃える菅首相は早々に、厚生労働大臣の田村憲久さんに検討を進めるよう指示してしまいます。

これはもう、オンライン診療が進む前提で大勢は決したとみて良いのではないかと思います。

そうなると、いわゆる「なりすまし」や「問題のある症状の見落とし」といったオンライン診療の直接の問題だけでなく、介護業界にも大きくかかわる医療提供体制の抜本的変更にも直面する議論になってきます。オンライン診療が診療業務の大きな割合を占めるようになると、有名で、資金力があり、広告宣伝やオンライン診療のシステム開発能力のある医療チェーンの台頭を予見させるからです。

例えば、僻地に住んでいたり、介護施設にいたりする高齢者が、例えば自身の抱える持病をかかりつけ医に定期診察してもらっているとします。確かに不便なところに住んでいる人や、車椅子生活を余儀なくされている人からすれば、かかりつけ医のところにまで行くのは一苦労ですから、オンライン診療でパパっと診てもらえるのは福音とも言えます。

大手医療法人の台頭によって
地方の法人は不利になってしまう

一方で、今回のオンライン診療で医師の対面を必要とせず、かかりつけ医でもない人が診察して治療や投薬ができるとなれば、当然のことながら、オンライン設備の整った、有名な、テレビでガンガン広告をやっている東京など大都市の医療法人に受診をする機会が増えるのも道理です。

資本力のある医療法人がたくさんの広告をテレビやネットで打ち、質が低いにもかかわらず、世間的に有名になったために患者が殺到するケースは往々にして起き得ます。問題が起きれば医療機関の広告規制なども今後は検討されるかもしれませんが、今はとにかくオンライン診療を拡大しようという話で進んでいるのは事実です。

しかし、地方の医療機関にとって、この傾向は脅威になります。僻地医療を支えてきたかかりつけの開業医は顧客を都市部の医療チェーンにごっそりと奪われる危険が高くなり、必然的に、コスト的に割高な訪問医療などへシフトしていかなければならないかもしれません。

また、確かに今の医療体制は過剰に医師や看護師などに負担をかけ、献身的な活動をすることで支えられている側面があり、ある意味で医療バブルにも近い需要がありました。しかし実際に新型コロナが流行して病院から患者がいなくなった診療科(例えば小児科など)が出ると、今までの医師不足、看護師不足は何だったのかという議論になります。

これらは過剰な医療ではなく、確率はとても低いけれどすぐに治療しなければ命の危険にかかわる患者の発見をし、健康寿命を延伸させるために大事な機能を果たしてきたことは間違いありません。ただし、「公共インフラだから合理的でなくて良いのか」「不採算を放置して放漫な医療財政で赤字を積み上げ、国庫に社会保障費として税金で負担をさせていいのか」という深淵な議論になっているのです。

最も恐ろしいのは病変の見過ごし…
手遅れになるケースが続出するかも

オンライン診療が拡大することで、医師が対面で診ていればまず見落としはなかったであろう病変がごっそり見過ごされ、本格的に体調が悪くなってから検査に来てみたら手遅れだったという症例が続発するのではないかという怖れが非常に強くあります。

オンライン診療を実施していない理由は?

また、精神科を中心に医師との信頼関係の構築が大事な分野や、必要に応じてすぐに検査をすることが求められる主訴だったときに、オンライン診療が重篤な患者にとって二度手間で害悪になる可能性は否定できません。

オンライン診療に特化した医療法人が躍進する一方、恐いのは検査遅れによる重篤患者の増加です。加えて、地域医療は文字通り後退するため、地域の医療ニーズによる診療報酬だけではもたない診療所や病院が出てくることでしょう。

オンライン診療自体は非常に重要な仕組みで、医療の合理化によって社会保障費全体を抑制する議論がどうしても必要です。推進すること自体への意義は高い一方、在宅・オンラインでの服薬指導が介護報酬に算定されるとなると、日本の医療提供体制も介護業界も、昨年対比で診療報酬や介護報酬をいじるというだけでは済まなくなっていきます。

単に「オンラインだから便利でしょ」とはならない世界だけに、年末までに示されるという厚労省の指針には注目していきたいと思います。