激闘の選挙戦も終わり、蓋を開けてみたら「まあ、だいたいこんなもんかな」という雰囲気になっておりますが、今回とりわけクローズアップされたのが金融庁報告書の「年金2,000万円足りないよ問題」でした。

本稿第31回ですでに触れているので重ねては書きませんが、問題が起きてから2ヵ月、今なお年金とは何か、老後は大丈夫なのかという激論が連日メディアを賑わせており、当たり前のことですが国民最大の関心事であることに変わりはありません。

選挙の争点は「年金2,000万円足りないよ問題」だが…
なんやかんや安倍政権の支持率は高くて揺るがない

今回、期日前のNHK調査では、選挙において年金問題を「おおいに考慮する」が24%、「ある程度考慮する」が43%でした。

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出典:『NHK世論調査 参院選「必ず行く」「期日前投票した」55%』(NHK NEWS WEB) 時点

高齢者世代だけでなく、50代男性を中心に年金に対する不安感は高まってきており、勤労世帯も自分の老後を切実に考えるきっかけになったのではないかと思います。

出口調査でも年金問題を重視する有権者の姿勢は変わらず、投開票日前日の20日には、街頭演説ですべての政党が時間をかけて年金問題についての所見を声高に主張しました。

与野党の論争のなかでは、年金の支給金額を減らすなと叫ぶ野党が財源である消費税の減税も併せて主張するなど、争点としては意外に盛り上がりませんでしたが、投開票日最終の出口調査まで有権者の関心トップは年金・福祉問題であり続けたのが印象的です。

どのメディアの調査でも、概ね年金を気にしている人の割合が一番になっています。

概ね「年金・社会保障」がトップ、2位が「景気・雇用」、3位が「消費税増税」、4位が「外交・安全保障」で、5位が「憲法改正」というのが国民の関心事であることはここ数回の国政選挙では固定化されているのが実情です。

外交や憲法といった国家論、社会論における”べき論”よりも、より国民の生活に密着した分野で明確な姿勢を示すことのできる政党・議員を選ぶ傾向が強くなり、とりわけ完全雇用になり人手不足になっている今、仕事がまがりなりにもある若い世代は安倍政権を緩やかに支持しているというのが実情のようです。

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出典:『内閣支持率』(NHK選挙WEB) 時点

裏を返せば、期日前の調査で年金問題が重要だと考えていた7割の有権者は、子育て教育や憲法問題よりもはるかに年金が大事だと考えていて、支持政党のない浮動票もその8割が「年金を投票で考慮する」と回答している以上、与野党の対立軸もこの年金問題の取り扱いでずいぶん得票が変わってくる、はずでした。

しかしながら、投開票日になって蓋を開けてみると、年金問題が大事だと考えている人の61%ほどが与党に投票し、野党のように「年金を削るな」という主張は届かなかったようです。なんでだ。

もちろん、財源問題も含めて「年金については争点にしているけど、まあ安倍政治が続く分にはいいんじゃないか」と消極的な支持を与党に対してしているので、年金対応に不満はあっても与党に票を投じた形かもしれません。

年金は大事だ、と言っても、その年金がより良くなり、老後が安心できるような政策を実現する政党がどこなのか、有権者も迷ってると思うんですよね。

わかる、わかるぞその気持ち。私もどこの政党が良いのかイマイチわからんから。

マクロ経済スライドで年金制度は守れても…
結局、貧乏は貧乏なまま。いわゆる“ディストピアになる”

現状の年金問題は、各所で解説されている通り、若い人たちが支払う保険料が年金基金にプールされ、そのお金が高齢者に年金として支払われるというシンプルな仕組みです。

もちろん、諸制度あり微調整されますが、少子高齢化が進んだ日本において、勤労世帯が割合として少なくなり、支払う保険料が減ってしまえば、高齢者に支払われる年金も減ってしまいます。

この「マクロスライド」という仕組みによって、年金基金自体はとても堅牢です。当たり前ですねえ、払われる保険料に見合った年金しか払わない仕組みですから。

保険料が減れば年金も減る、入る金額と出る金額が均衡している以上、比喩でもなんでもなく日本経済が破綻して国債が紙切れになっても、保険料が納められる限りは年金基金が崩壊することはありません。

払われる金額は少なくなり、通貨である日本円が紙くずになったとしても、仕組み上、年金基金は問題なく払われるという、何というかディストピア(ユートピア「理想郷」とは正反対の社会)な感じになります。

ただ、それだと公的年金一本で貧しい老人はガチで暮らせなくなるので、年金制度からこぼれ落ちる老人は公的年金を捨てて生活保護へと流れていきます。

本連載でも書きましたし、「ニッポンの介護学」でも論じられていますが、働き手が減り、徴収する保険料が細れば、支払いも減っていく公的年金がいくら堅牢な仕組みでも貧乏な老人は困ってしまうことになります。

野党も日本の現状を知っているから、
さすがに年金大改革の政策は打ち出せないよね

そんなこんなで、今回の選挙戦では年金はみんなの関心事となったので、各党こぞって年金まわりの政策を公約に掲げて頑張りました。

もちろん、与党は現体系の微修正を、野党は左派が強力な年金支給額増を喧伝するわけですが、実際のところ年金問題は日本の人口問題であり、ない袖は振ふれないうえに、国税と一本化するような乱暴な政策を出す政党はさすがにありませんでした。

政党 年金・社会保障に関する公約
自由民主党 人生100年時代にふさわしい社会保障制度を構築。低年金者に年間最大6万円の福祉給付金を支給。年金受給開始時期の選択肢の拡大
公明党 低年金者を支援する給付金(最大月額5,000円)を円滑に実施し、さらなる拡充を検討。認知症対策を推進、治療薬などの研究開発費を拡充
立憲民主党 年金の最低保障機能を強化。医療・介護などの世帯の自己負担額の合計に、所得に応じた上限を設ける「総合合算制度」の導入
国民民主党 低所得の年金生活者に最低でも月5,000円を加算。短時間労働でも厚生年金に加入できるよう、適用拡大を進める
日本共産党 「マクロ経済スライド」を廃止し「減らない年金」を実現。高額所得者優遇の年金保険料の見直し。国民健康保険の保険料引き下げ
日本維新の会 自分で将来の年金を積み立てる「積立方式」に長期的に移行。年金支給年齢の段階的引き上げ。医療費の適正化・効率化
社民党 基礎年金について「マクロ経済スライド」による年金の抑制を中止。年金支給年齢の引き上げに反対。医療・介護の自己負担増にストップ
出典:『年金・社会保障』(NHK選挙WEB) 時点

結果としてみんな、与党も野党も揃いも揃って「稼ぎのある老人には年金を払わないようにしよう」とか「最低給付金額を保証しよう」とか「ほかの社会保障も併せて総合保障制度にしよう」とかとか、けっこうお手上げな公約しか出してこないのです。

これが原発政策とか安全保障だったら野党は「即時原発停止だ」やら「アメリカから戦闘機たくさん買うな」みたいな話を、拳を振り上げてやれば良かったわけです。

しかし、実際には彼らも彼らで年金の実態を知っているがゆえに、また、年金で暮らせない人たちを生活保護に回すほうが最終的な実入りが多いことをわかっているために、年金問題で騒ぐことはあっても明確に与党のやろうとしている社会保障改革を正面から妨害することはしないのです。

そして、社会保障全体のあり方を論じるときは、公的年金制度の解体や日本年金機構の抜本的改組のような、パンドラの箱を開けるような議論はあまりしないことになります。

読者としては正直つまらないし、年金手帳握りしめて2ヵ月に一回来る年金支給日を心待ちにしている高齢者からすれば「もうちょっと何とかしてくれよ」と言いたいところなのでしょうが、勤労世帯が実数として減り、納める保険料が増えようがない以上、増える高齢者世帯を平等に支えることなどもはやできなくなっています。

このままだと日本は無年金・低年金者ばかりに。
若者の考えは年金の繰り上げ増額に傾き続けるのか!?

現状の日本の経済や人口推移の状況でうっかり年金制度を大きくいじってしまうと、今度は1990年代以降で激増している「若い頃に年金を納めておらず無年金・低年金」という人たちが、2030年頃から続々と年金支給世帯に入ってきます。

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出典:『高齢者における生活困窮世帯とその予備軍 増勢強まる高齢者の生活困窮世帯』(日本総研) 時点

ピークになる2042年頃まで増えていくこの無年金・低年金層がどのくらいいるのか、実はまだ良くわかっていません。

もっとも、働かなかったから低年金という”ぐうたらボーイズ”も少なくないかもしれませんが、離婚や伴侶の早逝でシングルマザー・ファザーになってしまった人、若くして体調を悪くしていて支えてくれていた保護者もいなくなってしまった人など、経済困窮者が無年金・低年金に陥る事情はさまざまで、必ずしも「だから自己責任ですよね」とは言い切れないケースがかなりあります。

一方で、バリバリ働いている現役世代は、もはや年金に頼る人生だと老後は安心できないと割り切っているのか、あるいは40代50代になるといかに体が動かなくなるのかを知らないからか、アンケートを取ると「年金をもらい始めるのは70代からでいいや」という若者も少なくありません。

いやあ、お若いの…。若い頃は健康に自信があっても私のように46歳まで来ると、意外と身体が動かなくなるものなのだよわっはっは。

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出典:『若い世代の4割は「年金繰り下げ増額」を選ぶ』(東洋経済ONLINE) 時点

ということで、国民からすれば老後資金は必ずしも潤沢ではないことから、貯蓄志向が高まることもあるかもしれません。

蛇足ながら、若い人たちの世帯が月4万円ぐらいずつ貯蓄に回したらどうなるのかという試算がシンクタンクからいくつか出ていますが、実際のところ、その程度の消費抑制効果が出たとしても景気はたいして冷えません。

日本経済における若者の所得の割合が低いので、消費を抑制しても、不動産市況などもっとビッグなカネの動きの方が影響が大きいんです。

むしろ、将来を見据えてもう少しきちんと計画的に貯蓄した方が良いかもしれないのです。貯蓄は景気が悪ければ放出されますから。

そもそも若い人たちの賃金が低すぎることの方が問題で、社会保障問題全体を考えれば、世代間格差として若い人にどうやって稼げる仕事を回して生産性を上げ、日本の経済成長を喚起するかという議論をすることの方が大事になってきます。

今回の選挙もどーんと社会保障に切り込む政党はなし。
そろそろ高負担高福祉or低負担低福祉に舵を切らねば

そして、子どもの出生から保育・教育、傷病、失業、介護に医療さらに年金まで、フルパッケージで社会保障の枠組みを捉えようという総合合算制度はこれから検討され始めるかもしれません。

これらはいずれあらゆる社会保障を国のサービスとして位置づけ、年金と税の一本化へとつながっていくわけですが、実際のところ、このあたりの議論は2004年に前述のマクロスライドを導入するタイミングで相当な議論の蓄積があります。

2004年6月29日、小泉純一郎総理に対してまさに長妻昭さんが質問主意書として出した答弁が印象的です。

この税と年金の一本化について、 「徴収対象や徴収方法が異なること、年金保険料はその納付記録を給付事務に結びつける必要があること等、多くの相違点があることから、必ずしも事業運営の効率化等につながるとはいえないと考えており、両者の事務の実施に当たり連携を強化することが重要」と答弁書で明確に否定しています。

今日、行政の電子化や国家公務員の業務負担軽減のために多くの事業が民間に委託されデジタル化が進み、またマイナンバー制度の運用も行われている状況になり、ここから15年経過して「問題ばかり起こしやがって。もう年金制度は日本年金機構には任せられない!」みたいな気運になるのでしょうか。

もともと、これらの議論に付随していたのは、ほかならぬ財源としての消費税増税の問題で、「増税はするな、でも年金の給付水準は下げるな」というのはなかなか厳しいものがありました。

もちろん、消費税増税がそのまま国家の歳入増になり社会保障費にそのまま充当されるというおとぎ話を信じている人は少なく、増税したら景気が冷えて国家の税収減るやんけ、という風にも思うわけですが、とにかく増税して国庫が潤わないと社会保障費を支えられないという理屈も、まあわかります。

消費税増税を見送って年金支給額はどーんと下げていこうという政党はなく、本連載でも何度も書いていますが「高負担高福祉」か「低負担低福祉」かの選択はそろそろ真面目に考えてほしいと願う次第であります。