空き家率が23区で最も高い豊島区では、空き家の活用や高齢者の住まいに関する諸問題を解決するための「としま・まちごと福祉支援プロジェクト」が進められている。目指すのは、3代にわたって人が住み続けられる「100年コミュニティ」の拠点づくりだ。今回はコミュニティネットワーク協会理事長の渥美京子さんから、プロジェクトの経緯やこれまでの苦労、今後の展望についてお聞きした。
監修/みんなの介護
【ビジョナリー・渥美京子】
セーフティネット住宅の整備で
豊島区に「100年コミュニティ」をつくる

私たちが目指している「100年コミュニティ」とは、子どもから高齢者まで3世代さまざまな価値観を持つ人たちが、世代や立場を超え、互いの生活を尊重しながら支え合える仕組みのある「まち」のことです。
「としま・まちごと福祉支援プロジェクト」では、そのために空き家を活用したセーフティネット住宅の運営を行っています。誰もが安心して暮らせるようになるための取り組みとして認められ、国土交通省の「令和元年度・住まい環境整備モデル事業」にも選定されました。
プロジェクトは、「空き家問題の解決」「セーフティネット住宅の整備」に「交流拠点の整備」をあわせた3つの柱で事業を展開しています。
豊島区は空き家率が高く単身高齢者も多い
豊島区は、空き家率が13.3%と23区の中で最も高く、単身高齢者が多いという課題を抱えている。この社会課題を解決して、共生型のコミュニティをつくるのがこのプロジェクトだ。豊島区内に点在している空き家の活用によって、セーフティネット住宅を提供する。

セーフティネット住宅には、「登録型」と「専用型」の2種類がある。豊島区に6棟80戸あるうち75戸が、一定の基準を満たす所得がある人に貸す「登録型」。一方で、コミュニティネットワーク協会が運営しているような、高齢者、障がい者、生活困窮者などの入居を断らない「専用型」は5戸ほどしかない。全国的にみても、専用型は全体の5%程度という。
廉価な家賃で入居するための豊島区の制度を活用するには、受け入れの条件として以下に当てはまることが必須になる。
- 収入が15万8,000円以下
- 豊島区に1年以上住んでいる
このハードルが高いために入居者がなかなか見つからず、決まるまでの苦労は多かったそうだ。
さらにコミュニティネットワーク協会では、交流拠点も運営していて、高齢者向けの安否確認や障がい者向けの就労支援などの仕組みづくりをすすめている。
「事業として継続させるため、デイサービスと障がい者の就労支援事業も今後予定しています」と渥美さんは話す。
姉妹都市とのつながりがプロジェクトのきっかけに
コミュニティネットワーク協会は、以前より栃木県那須市で展開するサービス付き高齢者向け住宅の企画やマーケティングに取り組んでいる。
その取り組みが高く評価され、それ以降、さまざまな自治体から地方創生の事業を依頼されることになったのだ。
その自治体のひとつが「消滅可能性都市」ともいわれた秩父市だ。その創生事業の過程で秩父市の姉妹都市である豊島区ともつながりができたことから、豊島区に本部を移転。地域課題の解決を目的に同協会は、現在のプロジェクトに取り組んでいる。
住宅を借りることが難しい高齢者に
「シェアハウス」という選択肢を

65歳を過ぎた高齢者は、年齢を理由に新たに家を貸りることが難しくなっています。障がい者や生活保護を受けている人なども同様です。その理由は、「家賃の滞納」「孤独死」など大家さんの抱えるリスクが大きいためです。
今回の事業でも同様に、セーフティネット住宅にする空き家を見つけるのはハードルが高いと思っていました。しかし、不動産業界の皆さんを対象にしたセミナーで、運良く空き家を貸してくださるオーナーさんを見つけることができたのです。
物件は、協会の事務所から歩いて13分ぐらいのところにある築35年の一戸建てです。お住まいの女性がご主人を亡くして施設に入居されてから7年間空き家で、甥っ子さんが管理を任されていました。その甥っ子さんが「住み慣れた地域で暮らしたい」という高齢者や障がいのある方の願いを実現するプロジェクトの主旨に賛同してくださり、シェアハウス型のセーフティネット住宅を運営するに至ったのです。
オーナーの不安を解消することで空き家の賃借に成功
協会では、見つかった空き家を10年間マスターリースで借りる契約を行った。協会がリースの支払いを行うため、オーナーは家賃滞納の心配がなくなる。さらに入居者の孤独死という問題についても、見守りを行うことで対応。万が一、協会が倒産することになった場合は福祉法人が引き継ぐ段取りを行い、オーナーの不安を解消する仕組みをつくっている。
空き家の改修にかかった費用は、合計で1,150万円だ。協会が負担した350万円に、オーナーが用意した650万円、豊島区からの補助金150万円をあわせて充てている。その改修費用は、居住者の家賃に上乗せして、5年間で回収する計画だ。
入居者はこの住宅に月額2万9,000円の家賃で暮らすことが可能。セーフティネット住宅に紐づく「家賃低廉化補助制度」によって、入居者一人当たり豊島区から月3万円が支給されるためだ。さらに協会から支給される福祉基金2万円とあわせて合計5万円の補助が出ている。これらの仕組みによって、居住者は食費などを含めても約10万円で1ヵ月間暮らせる生活設計になっている。
交流拠点を中心とする小さな経済圏を確立した
プロジェクトがここまで来るのには多くの困難があった。空き家のオーナーを見つけることや、コロナ禍での改修工事の遅延などだ。しかし2020年7月、ついにシェアハウス型セーフティネット住宅は完成した。
住宅の1階には共有のお風呂とキッチンを設置し、トイレは1階と2階の両方に完備した。高齢者の生活を想定して、お風呂や脱衣所、2階のトイレ、階段などには手すりなどもつけられている。個室は4室で、引き戸式のドアにはプライベートのための鍵がついている。困っている人が当日でもすぐに入居できるよう、ベッド、布団、収納は備え付け。Wi-Fi 完備でインターネットも利用できる。

一方で、計画の大きな変更にも迫られた。当初は巣鴨にシェアハウスの居住者や地域の高齢者が利用できる卓球場を主体とした交流拠点をつくる予定だった。しかしコロナ禍で人が集まることを目的とする拠点の開業が困難になり、計画を変更せざるを得なくなったのだ。
急遽、協会の事務所を改修して交流拠点として活用することが決まった。資金はクラウドファンディングで集め、キッチンやバリアフリーのトイレを増設するなど整備を進めていった。

「交流拠点では、健康麻雀や卓球、ヨガなど、いろいろなプログラムを開催しています。健康麻雀は区民ひろばなどでも人気のプログラムですが、新型コロナの影響で楽しめる施設は一斉に閉じてしまいました。そのため健康麻雀ができる場所の要望が多く、できる限りの感染防止策を行って環境を整えたところ、多くの方からご好評をいただきました」と、渥美さんは自信を持って語る。

「交流施設は、セーフティネット住宅から徒歩15分程で来ることができます。元気な人は仕事やボランティアをしたり、地域の交流を楽しんだりできるいわば『居場所』です。生活の7割をこの小さな経済圏の中で過ごせるようにすれば、新型コロナなどの感染症が蔓延した場合も、近場での外出によって引きこもりを防ぐことができます」
心と体の健康を満たすことが、交流拠点の重要な役割になるようだ。
さまざまな背景を持つ人との出会いが
新しい可能性に気づかせてくれた

理念があれば、賛同してくれる人との出会いがあります。最初の入居者さんは、発達障がいによる障がい者手帳をお持ちの方でした。現在は、住居の管理人として働いてくださっています。
そのことをきっかけに、引きこもりの方や発達障害をお持ちの若い方たちとの出会いが広がりました。もともと「引きこもり」だった20代の男性は、発達障がいで障がい年金を受けつつ、麻雀のボランティアに週1回来てくれています。彼は音楽が上手なので、コンサートの開催なども計画しています。いろいろな人との出会いによって、この場所の可能性が広がっています。
「必死に生きている人が集まると、お互いが当事者になる」というのでしょうか。何かに共感したり、アイデアを持ち寄ったり…定型じゃない人たちが新鮮な発想を提案してくれるのです。ここにいると、私自身生きていることを強く実感します。
シングルマザー向けのシェアハウスもニーズが高い
セーフティネット住宅のコンセプトは、1棟目では決まっていなかった。「最初はやってみないとわからない」と渥美さんは考えていたからだ。
2棟目以降からは、「シングルマザー向け」「高齢者向け」など、コンセプトを決めて進行する予定だ。
高齢者同様、収入が不安定なシングルマザーが家を借りるには、審査が通りにくいという現状がある。そのため、セーフティネット住宅はその解決策としても注目されている。
今後は介護予防や団地再生にも展開していく
コミュニティネットワーク協会では、2020年度内に、豊島区に計10戸の住宅を整備する計画を立てている。同時に、行政から依頼を受けている介護保険の総合事業(介護予防・日常生活支援総合事業)も本格的に進めていく予定だ。
昨年12月には、同協会が手がける多摩ニュータウンの団地再生プロデュース(団地プロデュース型コミュニティ再生計画のプロジェクト)が新たに国交省の「住まい環境整備モデル事業」に採択されている。
「多摩ニュータウンは日本一のスピードで高齢化が進んでいる団地ですけれども、地産地消も含めて、これから事業を立ち上げていきます。基本的な考え方は豊島区と同じです。ありがたいことに、出会いに恵まれていたというのか、ご縁がどんどん繋がっている感じですね。私たちの『孤立と貧困の問題を解決したい』という思いが、多くの人に伝わって、エネルギーを集めているような気がします」と渥美さんは話してくれた。
※2021年2月3日取材時点の情報です
撮影:公家勇人