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辻哲夫「40年越しの議論の末に生まれた「地域包括ケアシステム」。高齢者福祉の担い手は地域です」

最終更新日時 2021/02/15

辻哲夫「40年越しの議論の末に生まれた「地域包括ケアシステム」。高齢者福祉の担い手は地域です」

厚生労働省が高齢者福祉政策の最重要課題として打ち出しているのが、「地域包括ケアシステム」の構築だ。この用語は2005年頃から介護業界で使われ始め、2014年には全国の市町村で構築を実現するよう、法律に明記された。そもそも、地域包括ケアシステムとはどのようなシステムなのか。また、システム構築の狙いはどんなところにあるのか。この2つの問いの回答者として最適の論客がいる。1971年の厚生省(現・厚生労働省)入省以来、高齢者福祉の問題に長らく取り組んできた元厚生労働事務次官(事務方トップ)の辻哲夫氏だ。東京大学客員研究員として今も高齢者の医療介護に関する研究を続けている辻氏に、地域包括ケアシステムについて伺ってみた。

文責/みんなの介護

今日の課題は「高齢者の一人暮らしを地域でどう支えるか」

みんなの介護 厚生労働省は現在、地域包括ケアシステムの実現を目指してさまざまな施策を打ち出しています。辻さんは厚生労働省の官僚時代から、このシステムの構築に尽力されてきました。私たちの社会になぜ地域包括ケアシステムが必要なのでしょうか。

 地域包括ケアシステムとは、高齢者が住み慣れた地域で最期まで自分らしい暮らしを続けるために、医療・介護・生活支援などのサービスを地域で包括的に提供していくシステムのこと。「包括的」とは、総合的で切れ目がないという意味です。

今日の地域包括ケアシステムに連なる考え方は、私が厚生省(現・厚生労働省)に入省した1971年当時から、いろいろと議論されてきました。当時、高齢者福祉といえば、特別養護老人ホームなどへの“入所”が一般的でしたが、高齢者本人が施設入所を必ずしも望んでいるとは限らない。また、施設を建設するのには社会的コストがかかります。だとすれば、高齢者が住み慣れた地域の在宅で暮らし続けながら、福祉サービスを受けられる仕組みも必要なのではないか、と考えられてきた経緯があります。

こうした考え方は、時代と共に「在宅福祉」「在宅介護」「在宅ケア」と名称を変えながら関係者の間で議論され続けました。そして2005年の介護保険法改正の頃から「地域包括ケアシステム」という用語が使われはじめました。さらに、2014年の医療介護総合確保推進法の施行により、地域包括ケアシステムの定義もなされ、その構築が全国の市町村で進められることになったのです。

みんなの介護 地域包括ケア構想は、高齢者福祉の関係者の間で長年の懸案事項だったんですね。

 そのとおりです。そして時代の流れとともに、このシステムの重要性はより高まってきていると言えるでしょう。

「在宅福祉」「在宅介護」と呼ばれていた時代は、高齢者と同居している「家族」が介護の担い手として大きな役割を負うことを前提とした支援が考えられていました。ところが、わが国では急速に家族形態の変容が進んでいます。推計では2025年時点では、高齢者世帯の4割弱が一人暮らし、3割強が夫婦のみで、多世代同居は3割にまで減少してしまうとされています。高齢者世帯は、一人暮らしが基本なのです。夫婦のみ世帯も、いつかは一人暮らしになります。多世代同居の場合も、親世代が100歳に近づけば子世代は70歳代になり、いわゆる老老介護の状態に陥ります。

つまり、以前は在宅福祉や在宅介護の概念は「高齢者を家族で支えるのをどう支援するか」ということが課題だったものが、今日では「高齢者の一人暮らしを地域でどう支えるか」という取り組みへと、重点が移ってきているわけです。

みんなの介護 なるほど。それだけ地域の果たすべき役割が大きくなってきているんですね。

デンマーク「高齢者福祉三原則」と照らして高齢者の暮らしを考える

みんなの介護 高齢者福祉施設はさまざまですが、多くの高齢者は最期まで自宅で暮らしたいと考えているようですね。

 そう思います。例えば小規模多機能型居宅介護(以下、小多機)は、デイサービス、訪問介護、ショートステイを組み合わせた、在宅介護にきわめて近い介護サービス提供形態です。ですが、そんな小多機であっても、「できれば、ずっと家にいたい」というのが多くの利用者の本音のようです。

高齢者にとっての幸せは、住み慣れた環境で最期まで暮らし続けること。私がそう確信するに至ったのは、今から30年ほど前、外山義(とやま・ただし)さんの研究成果を拝見したことがきっかけでした。

外山さんはもともと建築家でしたが、福祉先進国のスウェーデンに留学してから、高齢者ケアと住環境を専門に研究する研究者になりました。外山さんの功績で有名なのは、「ユニットケア」の概念を導入したことですね。それまで4・6人の相部屋(多床室)が基本だった特別養護老人ホームを、個室形態で高齢者個々人のプライバシーを確保しつつ、ある程度固定したメンバーと家族のように共同生活を送れるように変えるという提案をしたのです。

みんなの介護 相部屋からユニットケアに移ることで、何か変わりましたか。

 入居者の生活に大きな変化が現れましたね。ユニットケアの導入によって、相部屋時代に比べて、高齢者の一日の会話数や歩数が増えました。入所前までの生活に近い環境に身を置いたほうが、より自立度が増すことがわかったのです。つまり、施設よりも在宅の方が自立度を維持しやすいといえるのです。

みんなの介護 確かに、2001年以降に新設された特別養護老人ホームの多くはユニット型になっています。

 スウェーデンと並ぶ福祉先進国のデンマークには、高齢者がより幸せに暮らすために提唱された「高齢者福祉三原則」があります。

一つ目が「生活の継続性」です。たとえ年老いても、これまでどおり在宅での生活を続けることが、高齢者にとっての幸福といえます。二つ目は「自己決定の原則」。いくつになっても、自分の生き方暮らし方は自分自身で決定し、周囲はその決定を尊重する。三つ目が「残存能力の活用」です。他人が先回りしてお世話するのではなく、高齢者が自分でできることは自分でやってもらうということです。この三原則の中で、私は特に「生活の継続性」に注目しています。その人らしいそれまでの生活を継続することが、その人の幸せであり、自立の維持にもつながるということです。

地域包括ケアシステムの完成にはまち・コミュニティづくりが最も重要

高齢者福祉の議論で抜け落ちていた「在宅医療」

みんなの介護 わが国の介護保険制度が施行された2000年当時、辻さんは厚生省大臣官房審議官を務めておられました。今日の地域包括ケアシステムもそのときから想定されていたのでしょうか。

 先ほどお話ししたとおり、私は当時から地域での在宅生活の継続の意義に確信を持っていたので、在宅ケアを政策目標の重点とするべきと考えていました。それだけに、厚労省の退官後ではありましたが、2014年に地域包括ケアシステムが制度化されたときは感慨もひとしおでしたね。

みんなの介護 それまでの「在宅福祉」「在宅介護」という発想から「地域包括ケアシステム」へと発展させるうえで、何かご苦労があったのでしょうか。

 従来の「在宅福祉」「在宅介護」という発想から、抜け落ちていたものがあります。「在宅医療」です。

1970年頃まで、地域医療では開業医による往診診療が普通に行われていました。しかし、その後は病院医療、つまり入院と専門外来診療が一般的になり、往診はほとんど行われなくなった。1980年代以降、入院か外来かの選択肢しかないのが当たり前となったのです。

ですが、高齢者が病院に入院することは、結果としてご本人の尊厳を損なう事態に発展することもあります。入院が長期に及ぶと、筋力が急速に落ちたり、認知症が進行したりします。そして、病院で寝たきり状態になることも少なくないからです。高齢者が住み慣れた家でいきいきと暮らし続けるためには、たとえ一時的に入院しなければならない事態に陥ったとしても、症状が改善し次第、速やかに元の生活に戻す必要があります。

そんなとき、高齢者の強い味方になってくれるのが「在宅医療」です。地域で在宅医療の体制がきちんと整っていれば、高齢者は医療上の不安を覚えることなく速やかに退院できるし、病院側も患者の退院に快く同意してくれるはずです。いまや在宅医療は、入院・外来に次ぐ第三の医療として注目されるようになってきました。そして、地域包括ケアにおける「ケア」という概念には、在宅介護と併せて在宅医療が含まれ、両者の連携が重要ということが明らかになったのです。地域包括ケアシステムを円滑に推進するためには、在宅医療の一層の拡充が不可欠です。

人生100年時代の新たなテーマは「フレイル予防」と「日常生活支援」

みんなの介護 地域包括ケアシステムの運用において、そのほか重要だと思われることはありますか。

 日本人の平均寿命が年々延びて人生100年時代を迎えた今、「介護予防」とりわけ「フレイル予防」と「日常生活支援」が地域包括ケアシステムにとっての重要なテーマになってきました。

「フレイル」とは、「虚弱」を意味する英語の“frailty”を元にした和製造語。高齢になって筋力や認知機能が低下したり、社会とのつながりが希薄化するなどして、心身ともに弱った状態のことです。一昔前までは、糖尿病や高血圧など生活習慣病の急性増悪で、一気に「要介護状態」になる高齢者が多く見られました。しかし、予防や医療が発達した今日では、フレイルの状態を経て徐々に要介護になっていく人が増えています。そこで、早期の介護予防、つまり要介護の前段階であるフレイルの予防が重要だとわかってきました。

また、高齢者のフレイルが少しずつ進行するのに応じて、日常の見守りをはじめ、買いもの、調理、掃除、洗濯、電球の取り替えなどの困りごとが増えていきます。高齢者が要介護であれば、介護保険で生活支援もある程度まかなえます。しかし、要介護まで行かないフレイル状態の高齢者の場合、保険給付の対象になりません。

みんなの介護 介護保険が適用できないとすると、どうすればいいのでしょうか。

 本来その部分は、「自助・互助」の分野で、家族や地域で担ってきたのです。先にお話したように、一人暮らしや夫婦だけの高齢者世帯が主流となるので、コミュニティの力が必要となります。

このような背景を踏まえて、地域包括ケアシステムのモデル化を目指して、東京大学高齢社会総合研究機構、千葉県柏市、UR都市機構の三者が2009年に共同で立ち上げたのが「柏プロジェクト」です。このプロジェクトの理念は、“高齢者がその人らしく生きることを尊重するまちづくり”です。

地域包括ケアシステムは、全国約1,800の市町村単位で構築されていくことが目指されています。その一つのモデルを全国に広く提示するため、柏プロジェクトを進めています。

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森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07