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辻哲夫「40年越しの議論の末に生まれた「地域包括ケアシステム」。高齢者福祉の担い手は地域です」

最終更新日時 2021/02/15

辻哲夫「地域包括ケアシステムは低所得の高齢者にこそ有用な仕組みとなり得る」

団地の建て替えで生まれた余剰地に在宅医療介護の拠点を実現した「柏プロジェクト」

みんなの介護 東京大学、柏市、UR都市機構が一体となって、地域包括ケアシステムのモデルケースとなり得る「柏プロジェクト」を進めていると伺いました。改めて、その概要を教えていただけますか。

 柏プロジェクトは、地域包括ケアシステムを構築するうえでどのようなコミュニティを構築できるのか、その実証モデル事業として2009年からスタートしました。人口40万人都市である柏市は20の日常生活圏に分けられていますが、その中でも特に高齢化が進んでいる豊四季台地域をモデル地区に選定しました。この地域には、1964年に建設された豊四季台団地があり、この団地の建て替えに併せて、東京大学、柏市、UR都市機構の三者で研究会を設立。新たなまちづくりを検討していくことになったのです。

みんなの介護 モデル事業としてスタートしたプロジェクトとのことですが、現在の進捗状況はいかがですか。

 豊四季台団地の建て替えで生じた余剰地に、民間の「サービス付き高齢者向け住宅」を誘致しました。その1階に、24時間対応の小規模多機能型居宅介護や、定期巡回随時訪問介護・看護などの在宅ケアの地域拠点が併せて誘致されたのも大きなポイントです。また、在宅医療の推進拠点として、医師会をはじめとする三師会と、市役所の在宅医療の推進する課が同居している「柏市地域医療連携センター」も設置されました。その近隣に子育て支援のためのこども園もあります。詳しく述べませんが、今は、日常生活圏単位のフレイル予防や日常生活支援のモデル化に力を入れています。

ひな型を活用した地域包括ケアシステムの「標準化」を目指す

みんなの介護 柏プロジェクトは地域包括ケアシステムの先駆的事例として、各方面から注目を集めていると聞きました。辻さんが柏プロジェクトを推進しようと思われた動機は何だったのでしょうか。

 私自身、地域包括ケアシステムに対して強い思い入れがあったからですね。

1971年の厚生省入省から数えて、今年で50年。「在宅福祉」「在宅介護」の議論から始まり、半世紀を経てようやくここまでたどり着きました。介護保険制度に軸足を置きながら、最終的には「まちづくり」という形が見えてきました。これからが正念場ですので、私としても地域包括ケア政策とコンパクトシティ政策の融合など、今後のまちづくり政策についていろいろと思うところがあります。

その一方で、地域包括ケアシステムの構築は、市町村行政にとって新しく難しい事業であることも実感しています。この仕事は、高齢者施設という箱をつくって終わり、ではありません。それぞれの地域において、行政はもとより、医療・介護・福祉関係者・地元事業者・地域住民など多様で多彩な人々と、信頼をベースにしたネットワークを築き上げていかなければなりません。

みんなの介護 各地域の高齢者福祉・介護保険担当者には、マネジャー、プロデューサー、またあるときにはコーディネーターであることが求められるのですね。

 それぞれの地域には固有の文化や風土があって、独自の人間関係があります。故に、地域包括ケアシステムの進め方はこれをやればよいといった一つの“正解”はありません。同時に、私が最も恐れるのは、行政がそれを各自治体任せにしてしまうこと。「地域には地域の事情があるはずだから、地域ごとに検討してください」などと言っていては、物事は先へは進みません。市町村行政の力量が必要です。そこで、各市町村が参考にできるような、論理と方法を明らかにしたモデルをまずつくるべきだと考えました。

構築すべきは、地域包括ケアシステムという「システム」です。システムは「仕組み」ですから、標準化が必要。その都市型の標準モデルの一つが「柏プロジェクト」です。システム構築までのプロセスを書籍『地域包括ケアのまちづくり』ですべて公開しています。

システムをゼロからつくるのは大変ですが、ひな形が一つあれば、それを地域の実情に合わせてアレンジできるはずです。ポイントは、システム構築には「あの人がいたからできた」というような特別な人は必要なく、誰が手がけても構築できるということが大切。私たちのプロジェクトを叩き台に、各地域に適合したシステムを構築してもらえれば、と考えています。

独居・貧困状態にある高齢者には年金や生活保護だけでなく地域包括ケアが大切

地域のサービスで貧困状態にある高齢者を支える

みんなの介護 2040年には、わが国の85歳以上の高齢者数が1,000万人に達すると試算されています。さらに、貧困状態にある高齢者も増加の一途を辿っています。2016年度から2018年度の2年間を切り取ってみても、生活保護を受給している高齢者世帯が約2万世帯以上増えたそうです。この現状を踏まえて、どのような施策が有効だとお考えですか。

 はじめに言っておきたいことがあります。それは、「日本の年金制度は国がつぶれない限り破綻しない」ということ。厚生年金や共済年金といった被用者年金は、それなりの水準の年金が出ます。問題は、低年金・無年金の高齢者が存在していることです。この点についてはこれまで随分議論されてきましたが、年金制度だけで答えを出すのには限界があるといえます。生活保護制度が必要な場合は、しっかりとそちらで対応する必要がありますが、それだけでは無理です。

みんなの介護 状況はやはり厳しそうですね。

 低年金・無年金の高齢者にとっての最大の問題は、居場所がなくなるということです。都市部は有料介護施設の利用料が高く、低所得者も入居できる特別養護老人ホームの新設は抑制傾向にあります。

在宅医療・看護・介護のシステムが地域全体にきちんと構築され、生活支援のネットワークができている地域であれば、低年金・無年金の人であっても、賃料の安いアパートなどに住み続けながら、各種サービスや地域の生活支援を受けることができます。例えば、先ほど例に挙げた柏プロジェクトで誘致されたような拠点的な在宅サービスがあれば、賃料の安い団地やアパートで暮らしつつ、24時間対応の在宅ケアサービスを受けながら住み慣れた地域で過ごすことが可能になります。また、地域の見守り等の生活支援も活用できます。これまでずっと論じてきた地域包括ケアシステムは、むしろ所得の低い高齢者にとって有用なシステムと言えるかもしれません。

コミュニティづくりの要は「信頼」をベースとした人的ネットワーク

みんなの介護 ここまで、辻さんが中心になって取り組まれている「柏プロジェクト」を進めるうえで、何か課題や困難だった出来事などはありましたか。

 日常生活圏単位での日常生活支援体制をしっかりと構築することが、今後の地域の大きな課題です。このためには、日常生活圏域ごとで人と人が信頼し合う「人的ネットワーク」を構築すること。そもそも、人間関係が希薄な都市部でコミュニティを形成するという難題に立ち向かう必要があります。わが国の85歳以上人口はやがて1,000万人に到達します。何としても、それぞれの地域で今まで述べたような本格的な在宅ケアサービスを提供できるようにするとともに、日常生活支援のためのネットワークを築く必要があります。後者については、市町村行政と地域住民の間の中間的な存在として最も頼りになるのが、各地域の社会福祉協議会と地域包括支援センターです。柏プロジェクトでも、柏市の社会福祉協議会には大変お世話になっています。

みんなの介護 逆の言い方をすると、人的ネットワークさえうまく構築できれば、地域包括ケアは自然とうまくいくのかもしれませんね。

 そう思います。最終的には、若い人や高齢者、あるいは障がいのある・なしにかかわらず、お互いに人としての尊厳を尊重し合える地域共生社会を目指しているのです。その結果として、みんなにとって暮らしやすい空間ができるはずです。特に重要なのは、高齢者や障害者など困りごとを持った人を孤立させないこと。そして、何らかの形で社会との接点をキープし続けることは、介護予防、認知症予防にもつながる。そのような視点からあえて言えば、それぞれの地域に有用な地域包括ケアシステムを構築することは、日本という国の形をデザインし直すことにつながると考えています。

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森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07