太田直樹「デジタル社会の実現を阻む「三つの壁」」
健康寿命を延ばすカギは「社会参加」にある
みんなの介護 新型コロナがいつ終息するのか先が見えない中で、持続的な超高齢社会を築いていかなければなりません。デジタル技術は、この問題を解決する切り札になり得るでしょうか。
太田 私は介護の専門家ではありませんが、介護業界の方とお話しする機会は比較的多いと思います。そんなとき、よく耳にするのが「健康寿命をどう延ばすか」というお話です。健康寿命を延ばすには「食事」と「運動」、それから「社会参加」の三つが重要で、最初の二つに関するノウハウは解明されてきました。ですが、高齢者の「社会参加」については、どのように取り組んだら効果的なのかがまだよくわかっていません。
予防医学の研究者である石川善樹さんは、「友だちの少ない高齢者は早死にする」と言っています。他者との交流が少ないことのほうが、喫煙よりも死亡リスクを高めるとされています。社会参加の効果については、すでに証明されているのです。
重要であることはわかっているのですが、高齢者の社会参加を促すのは簡単なことではありません。独居高齢者は年々増えていて、地方ではそういう人の移動手段がなかなか見つからないし、都市部ではそもそも、そういう人とコミュニティとの接点がありません。
みんなの介護 都市部では隣近所と交流を持たない高齢者が増えているようです。
太田 私は最近、超高齢社会の問題の本質は、「孤独化・孤立化」にあるのではないかと考えるようになりました。つまり、年齢とともに人間の体が弱っていくことよりも、社会から切り離されていくことのほうがより深刻だと考えるようになったのです。
現代社会において、孤独なのは高齢者ばかりではありません。わが国では人と人との関係が年々希薄になってきていて、従来のコミュニティも機能しなくなってきています。だとすれば、超高齢社会の問題は、中高年や若者も巻き込んで考えていくべきです。
日本人は他者との関係性の中に幸福を見出す
みんなの介護 あらゆる世代を巻き込んで取り組むとは、具体的にどういうことでしょうか。
太田 私の知人に、坂倉杏介さんという場づくりの名人がいます。東京都市大学に研究室を持つ社会学者で、2008年に東京都港区との連携事業で、「芝の家」というサードプレイスをつくって話題になりました。
芝の家は「地域をつなぐ!交流の場づくりプロジェクト」の拠点になっていて、ご近所から年間1万人もの人が訪れ、今でも賑わっています。その内訳は高齢者が15%、小中学生が30%。古民家で、いろいろな世代の人がごちゃまぜになるのが良いのだと思います。高齢者は子どもや若者との交流で楽しみや生きがいを見出し、子どもたちも高齢者と接することでレジリアンス(回復力・抵抗力)が上がることが確認されています。
みんなの介護 つまり、高齢者の問題は高齢者だけでは解決しない、ということですね。
太田 そのとおりです。私が一緒にプロジェクトをやっているドミニク・チェンさんという、「ウェルビーイング(well-being)」の研究者がいます。ウェルビーイングとは、精神的・身体的・社会的に充足した状態を指し、「幸福」と言い換えることもできるでしょう。
ドミニクさんが参加している研究プロジェクトによれば、欧米人のウェルビーイングを感じる対象は自分へ向いているのに対して、私たち日本人のウェルビーイングは、「周りにいる人が幸せなら自分も幸せ」と利他的なのだそうです。
だとすれば、超高齢社会で発生する諸問題についても、人と人との関係性の中から答えを見つけていったほうが良いのではないでしょうか。

現在のSNSやインターネットは本来の意義と真逆に位置している
みんなの介護 超高齢社会の諸問題に対する答えを、人と人との関係性の中から探っていく場合、何が必要になるでしょうか。
太田 デジタルテクノロジーは大きな役割を果たすと思います。
ただし、テクノロジーは人と人との関係性を断ち切る方向にも働いてしまうことに注意が必要です。その悪い例がSNS。本来、遠くにいて会えない人との関係を深めるために使われるはずだったのですが、最近では「SNSを使えば使うほど孤独感が高まる」という負のスパイラルが目立つようになってしまいました。SNSを使った差別やいじめ、誹謗中傷も後を絶ちません。
また、「フィルターバブル」という現象も生まれています。インターネットは本来、自分の知識や精通している分野に限定せず、広く情報に触れることができるものです。しかし、アルゴリズムなどが働き、その人の「見たい情報」しか見えなくなってしまうことがあります。
しかしそれでは、人は孤独感から永久に解放されません。私たちは今こそ原点に立ち返って、人と人との関係を修復し、私たちのウェルビーイングをより豊かにするため、テクノロジーの使い方を考え直す必要があります。そもそものデジタルの強みは、空間と時間を軽々と超えていけることにあるのですから。
地方における子どもと高齢者の孤独をともに解消する
みんなの介護 太田さんは地方創生に関する取り組みで、さまざまな地域へ訪れていますね。その中で何か感じていることなどはありますか。
太田 都会に暮らしている人は、「地方の子どもは毎日大自然に触れてのびのび暮らしている」という幻想を抱きがちです。しかし、実際はそうではありません。地方で場所を移動するには車が必要ですから、子どもたち単独ではどこへも行けず、都市部にあるようなサードプレイスもありません。その結果、地方の子どもは家に閉じこもってゲームばかりしているということになりがちです。ゲームや動画に費やす時間は都会の子どもより長いかもしれません。
一方、高齢者や介護が必要な方のための「福祉タクシー」など、地方でもモビリティサービスの開発が進んでいます。例えば、福祉タクシーに相乗りを希望する子どもと高齢者をマッチングさせるアプリをつくれば、高齢者も子どもたちと交流ができ、社会参加にもつながるかもしれません。サービス設計や街づくりでは、誰かと誰かの関係性を結ぶことのほうがきわめて重要なのです。ゆくゆくは、高齢者向けの福祉施設を、「全世代向けのサードプレイス」として活用する案も出てくるでしょう。
コロナ禍で孤独を感じる青年や中高年も増えています。その観点で見れば、現代社会のあらゆる問題は地続きになっていることがわかります。高齢者を特別扱いするのではなく、誰であっても孤独感を解消するようなデジタルテクノロジーの活用法を皆で出し合っていくのです。これからは、そういう方向で超高齢化の問題を考えていったほうがいいのではないでしょうか。
2021年2月、坂本哲志内閣府特命担当大臣(少子化対策・地方創生)が、孤独・孤立対策担当大臣を兼務することになりました。孤独や孤立の研究、対応などに関して、NPOではとても良い取り組みが進んでいるので、国はしっかり後押しをしてほしいと期待しています。
撮影:丸山剛史
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