坂根正弘「少子高齢化が深刻な日本こそ、世界に先んじてICT化に取り組むべき」
コマツは世界第2位の売上規模を誇る建設機械メーカー。全世界で揺るぎない信頼を獲得している、日本が世界に誇るグローバル企業でもある。そのコマツで2001年から2007年まで代表取締役社長兼CEOの重責を担った坂根正弘氏は、“ダントツ経営”を旗印に同社の構造改革を断行、創業以来初の営業赤字に陥っていた経営を立て直し、鮮やかなV字回復を成し遂げたことで知られる。そんな日本経済界の重鎮は、介護現場の今をどのように見ているのか。かつてトップリーダーとしてコマツのICT化を推進した坂根氏に、これから介護現場がめざすべきICT化について話を聞いた。
文責/みんなの介護
コマツがICT化を進めるきっかけになったのは、お客様からのクレーム対応だった
みんなの介護 国は介護現場の労働環境を改善するため、見守りシステムの導入など、ICT化を推進しようとしています。しかし、高い導入コストや「機械は冷たい」といったイメージが災いして、実際には思うように進んでいません。一方、世界第2位の建設機械メーカーであるコマツは、坂根顧問が社長だった時代にいち早くICT化に舵を切り、業績を大きく伸ばしています。コマツICT化の原動力となった「コムトラックス」とは、どのようなシステムなんでしょうか?
坂根 コムトラックスは、一言でいえば、コマツが製造したすべての建設機械を「見える化」するシステムですね。GPS(全地球測位システム)とインターネットの通信技術を応用して、コマツ製の建機が地球上のどこにいても、その現在位置と稼働状況、燃料やオイルの残量などを、建機の所有者にリアルタイムに伝えるシステムです。
もちろん、メーカーであるコマツも、そのすべての情報を日本に居ながらにしてリアルタイムに把握しています。
みんなの介護 コムトラックスは、建設機械業界ではきわめて革新的な取り組みですね。そもそも、コムトラックスはどのような経緯で始まったのでしょうか?
坂根 そもそもの話をすると、私が入社した当時にまで遡るのですが…。
私がコマツに入社したのは1963年のことですが、最初に配属されたのはブルドーザーの設計部門でした。ところが私は、工学部出身ながら製図を描くのが大嫌い。今と違って図面を鉛筆で描く時代です。そこで自ら志願して、主にお客様のクレーム対応に当たっていました。
当時のコマツの大型ブルドーザーはまだ発展途上の製品であり、そもそもが苛酷な現場で使用されることが多いものですから、「機械が動かなくなった」など、さまざまなクレーム電話がお客様から寄せられていたのです。そこで私は、クレーム電話を受ける度に、お客様のもとへ出向いていって対応に当たりました。
当時は、図面書きから逃げたい一心で始めたクレーム処理ですが、おかげで数々の現場を自分の目で見て、機械の細かな部品にまで精通するようになっただけでなく、多くのお客様との間で信頼関係を築くことができました。
後に私は、品質管理やアフターサービス部門の責任者として会社に任命されることになりますが、その下地はこのときのクレーム対応によって培われたと言えます。
みんなの介護 クレームに対応した経験から顧客サービスの重要性に気づき、それがコムトラックスの開発につながったということでしょうか?
坂根 お客様からのクレーム電話を受けて現場に向かうとき、何がいちばん大変だったかというと、お客様の機械が今どこの現場で稼働しているのか、その所在地を正確につかむこと。
当時はもちろんグーグルマップなどありませんから、所番地もよくわからない山奥の工事現場までルートを調べて辿り着かねばなりませんから、本当に大変でしたね。また、いざ辿り着いても、そこから機械の故障原因を調べて必要な部品を手当てしていくわけです。
ですから、その当時から、「お客様の機械が今どこにあって、エンジンの状態が今どうなっているのか、遠くからモニターできれば便利なのに…」と、ずっと思っていたわけです。
「コムトラックス」のヒントになったのは、当時大流行していた「たまごっち」だった
みんなの介護 顧客が購入した機械をきちんとメンテナンスするためには、「その機械が今どういう状態にあるか?」を知ることが何より重要なんですね。
坂根 ひとつの転機になったのは、1990年代に入って、盗んだ建設機械でATMごと破壊する窃盗事件が全国で多発したことです。多くの工事現場では、工期が終了するまで建設機械は現場に置きっ放しであり、現場が無人になる夜間は常に盗まれるリスクがありました。
そこで、万が一機械が盗まれても、「機械の所在地がパソコン画面で確認できるようにならないか」とか、「遠隔操作でエンジンにロックがかけられるようにできないか」という要望が現場から出されるようになってきました。
みんなの介護 坂根さんのインタビュー記事を読むと、90年代に大流行した「たまごっち」の影響もあったとか。
坂根 そうなんです。今の若い人はご存じないと思いますが、1990年代後半、液晶画面上でペットを育てる、卵形の小さなゲーム機「たまごっち」が大流行しました。そのとき、福井県の販売会社の若社長が、「コマツの建機も、燃料が少なくなったら、たまごっちみたいに自分で『お腹が空いたよ』と訴えるようになれば便利ですね」と言い出したんです。
それに同調したのが、福島で建設機械のレンタル業を営んでいた、とある会社の若社長です。その会社はレンタル用にコマツの機械を約1,000台所有していましたが、「貸出した機械の所在場所はもちろん、燃料が毎朝どの位残っているかオフィスにいてわかると、ビジネスがものすごく便利になりますよ」と彼が言っていました。こういった話を私のある部下がコムトラックスの元になる提案書として出してきました。
そこで、当時経営企画室長だった私は、盗難防止対策も兼ね、それぞれの機械の現在位置や燃料残量などの情報を一元管理できるシステムをつくるよう、開発部隊に要望しました。それが1997年頃のことです。
みんなの介護 たまごっちの発売が1996年ですから、まさにたまごっちのブームとリンクしていたんですね。
坂根 ところが、そういったシステムの必要性が理解しにくかったせいか、開発部隊はなかなか動こうとしませんでした。代わりに動いたのが福島のレンタル会社の若社長です。彼は、システムがまだ開発されていないにもかかわらず、システムの端末を1,000台分、早々と発注してくれました。そうなれば、開発部隊も動かざるを得ません。
こうして1999年、業界初の建設機械追跡システムである「コムトラックス」はついに実用化されました。ちなみに「コムトラックス」は、「コマツ」と「トラッキング(追跡)」を組み合わせた造語です。
現場の生産性を飛躍的に向上させる「スマートコンストラクション」
みんなの介護 コムトラックスを開発して以降、コマツはICT化を加速させていますね。
坂根 ICT化を推進するうえで大きかったのは、私が社長に就任した2001年から、コムトラックスをすべてのコマツ製品に標準装備したことです。
それまで、コムトラックスはあくまでも有料のオプション扱いでしたので、なかには「要らない」というお客様もいましたから。しかし、すべてのコマツ製品を「見える化」することは、お客様にとってプラスになるだけでなく、私たちメーカーや販売・サービス会社にとって、より大きなメリットをもたらすはず。私はそう考え、あえて無償による標準装備に踏み切りました。
結果的に、それが大正解でしたね。今や、コムトラックスを搭載したコマツの建設機械は全世界で40万台以上に及び、そのすべての現在位置や稼働状況を、日本にあるコマツのデータセンターで一元的に把握できるようになっています。
これを見れば、今、世界のどの地域で土木・建設工事が盛んに行われているかが一目瞭然。土木・建設工事による土地開発は景気の動向と密接に関連していて、しかも、これはコマツしか得ることができない貴重なビッグデータと言えます。このビッグデータを活用することで販売、生産、在庫のマネジメントのレベルが格段に向上してきます。
みんなの介護 コマツでは、ドローンもいち早く活用されていますね。
坂根 はい。コマツは2015年から「スマートコンストラクション」という構想を立ち上げ、画像処理技術を得意とする米国の半導体メーカーNVIDIA社や、ドローン測量のパイオニアである米国スカイキャッチ社と提携して、建設工事現場の3次元データ解析に力を入れています。その結果、建設工事現場の生産性は飛躍的に高まりました。
まず、画期的と言えるのがドローンによる写真測量です。1回1時間の飛行で、地上1,000万箇所を最大誤差5cm以内の精度で測量することが可能になりました。測量士が取るデータが20m間隔であることを思えば、大きな変化です。
そして、これまでは数百ヵ所のデータを取るだけでも数週間を要していましたが、今や20分後に現場で3次元データ図面が見れます。
ドローンで得られた精密なデータは、その後の施工にもきちんと活用されます。それを可能にしているのが、コマツが開発した各種ICT建機。ICT建機もコムトラックスと同じくGPSを活用しますが、単に機械の現在位置を発信するだけでなく、ブルドーザーや油圧ショベルのブレード、バケット刃先の位置情報まで正確に制御できるのが最大の特長ですね。
これにより、建機自身が、事前に入力された工事の完成予定図、衛星による位置データ、ドローンによる実地データを照合しながら、完成予定図に近づけるよう、自動で刃先を動かして地面を掘削するのです。
このICT建機を使えば、長さ150mの土地にわずか50cmの傾斜(1mにつき3mm強の傾斜)をつけるという、極めて精密な整地も可能になります。
みんなの介護 ロボットによる自動運転のようなものでしょうか。
坂根 いえ、ICT建機の場合、現場で機械を動かすのはあくまでオペレーターです。ただし、オペレーターの役割は建機を所定の位置まで移動させたり、前後進の切り換えやブレーキ操作だけ。実際に土を掘ったり削ったりする作業は、建機自身が自動で行います。
一方、完全に無人で自動運転化している建機もあります。それが、10年以上前からオーストラリアやチリなどの鉱山で活躍している、超大型ダンプトラックです。最大のものは、タイヤの直径が3.8mあり、自重200t、積載量300t。運転席はビル3階の高さにあって、もちろん人が運転することもできますが、労働災害の防止と燃費向上のため、現在では決まったルートを行き来する完全自動運転で運用されています。一時期、コマツのテレビCMでも取り上げていましたから、見たことのある人も多いのではないでしょうか。
介護現場にICTを導入するには、現場のすべての動きを「見える化」することから始めるべき
みんなの介護 今までコマツのICT化についてお話を伺ってきましたが、ここからは介護現場へのご提言をいただければと思います。介護の現場は今、ICT化を進めようとしていますが、なかなか上手くいっていません。今後、介護業界がICT化を円滑に進めるためには、どんなことが必要になるでしょうか。
坂根 もしも私がICT導入をめざす介護施設のトップだったら、施設の入居者の方全員と介護スタッフ全員の24時間365日の動きを、もちろんプライバシーに配慮しながら、ビーコンや定点カメラ+AI解析で徹底的に「見える化」しますね。すると、スタッフの動きで無駄な部分や苦労している部分、そして、入居者の方の動きで改善すべき問題点が明らかになるはずです。
そのうえで、入居者の方にとって本当に暮らしやすくて、スタッフにとっても本当に働きやすい施設とはどういうものなのか、白紙の状態から、それこそ建物を設計する段階から再構築を試みるでしょう。
その際に重要なのは、これまでの固定観念にとらわれないことです。
例えば、現在はベッドとトイレは別構造になっていますが、何らかの技術革新があれば、ある介護レベルの人にとっては、実はベッドとトイレを一体化したほうが、入居者の方はより快適に暮らせるようになるかもしれない。
あるいは、現在はコミュニケーションを取るのが難しい認知症の人でも、表情の微妙な変化を画像解析技術で読み取ることで、他の人との人間らしいコミュニケーションが復活するかもしれない。
ICTを活用すれば、介護現場の労働環境も、きっと大きく変わっていくはずです。
みんなの介護 介護の現場を100%「見える化」できれば、虐待などの不幸な事例もなくなっていくと思います。建設機械が活躍する土木・建設工事の現場も、コマツがICTを導入することで、労働環境も大きく改善したと伺いました。
坂根 ドローンとICT建機を活用する「スマートコンストラクション」が実現したことで、工事現場を取り巻く環境は大きく様変わりしましたね。
土木・建設工事現場も慢性的な人手不足に陥っていましたが、ドローンやICT建機を使えば大幅な省力化が可能なため、人手不足が解消する方向に向かっています。
また、建機のオペレーターは一人前になるまで10年かかると言われていましたが、ICT建機を使えば経験の浅いオペレーターでも精密な施工が可能になり、現場の作業がより迅速かつ効率的に行えるようになりました。
労働災害の削減にもつながっています。これまでの建設工事では、建機の横についた補助員が細かく指示を出すケースも多く、補助員が事故に巻き込まれる危険もあったのですが、ICT建機のオペレーションは自動で行えるため、補助員がつく必要がなくなり、労働災害が発生する確率も格段に小さくなりましたね。
先ほど紹介した、オーストラリアやチリで稼働している巨大なダンプトラックにしても、完全無人運転を実現したことで、ドライバーが不慮の事故に遭遇するケースが皆無になりました。
みんなの介護 介護の現場でも、ICTを上手に導入することができれば、労働環境が改善されそうですね。
坂根 特に私が期待しているのは、建設現場が多くの若者にとって魅力ある職場に変貌すること。土木工事や建設工事の現場には、どうしても泥臭さや汗臭さのイメージがつきまとい、今の若者には敬遠されがちです。
しかし、ドローンを活用したり、建設機械がプログラムで自動運転できるようになれば、「カッコイイ現場」として、現代の若者にも注目される職場になり得ると思います。
また、現場における人員削減と生産性の向上が同時に実現すれば、現場で働く人たちの給与もおのずと上がり、待遇面でも魅力ある職場になっていくはず。
介護の現場でも、同じことが言えるでしょう。介護の仕事が、よりスマートに行えて、しかも給与などの待遇面が改善されれば、現場の人手不足は解消していき、やがては若者に人気の職種になる可能性もあるはずです。
ICT化とは建設現場でも介護の現場でも、分業化されていた仕事を一気通貫に繋げることであり、そしてそこで日々現場のデータが蓄積され、AIやディープラーニングの力でどんどん生産性を高めていけることです。一つひとつの現場の知恵があっという間に他の現場に適用できることになります。
ICT化は少子高齢化が深刻な日本こそ、世界に先んじて取り組むべき課題ではないでしょうか?
生産コストを変動費から算出すれば、国内工場に高い競争力があるのは明らか
みんなの介護 坂根さんはいくつかのインタビューで、「コマツはある時期まで、日本の縮図のような存在だった」と発言されています。これはどういう意味なのでしょうか?
坂根 一言で言えば、コマツの歴史は典型的な日本企業の歴史であった、ということです。
コマツは1921年に現在の石川県小松市で創業しましたが、戦後間もない1950年代に本社を東京に移転。その後、1960年代以降に海外輸出の比重が高まるにつれて、輸出に便利なように、神戸港に近い大阪府枚方市と横浜港に近い神奈川県川崎市に工場を新設。
当時、多くの企業が東京をはじめとする太平洋ベルト地帯への移転を進めていましたが、コマツはその先陣を切る形で太平洋側に生産拠点を移しました。
1980年代以降に円高が加速すると、国内工場の規模を縮小し、主要な生産拠点を欧米や中国など海外に移しました。それ以降2007年まで、コマツは国内に一切新工場を建設していません。
こうしてコマツは、高度成長期に日本海側から太平洋側に重点を移し、円高時代に国内から海外へと積極的に進出していきます。こうした動きは、多くの日本企業において、とりわけ製造業を営む日本企業において、典型的とも言える行動パターンだったと思います。
みんなの介護 そんな典型的な行動パターンから抜け出すことが、坂根さんの提唱する、コマツの“ダントツ経営”だったわけですね。
坂根 まさにその通りです。「日本は生産コストが割高なため、国内の製造業は競争力の点で海外に負けてしまう」。今でも多くの人が、そのように信じているみたいですね。でも、それは誤りです。
少し難しい話になるので簡潔に説明しましょう。
企業内で発生するコストには、大きく分けて2つあります。生産、売上に関係なく発生する「固定費」と、生産、売上の増減によって変化する「変動費」です。
日本の場合、製造コストの計算には多くのケースで変動費だけでなく、工場の固定費を含めていますが、アメリカの場合は「変動費」にしか注目しません。なぜなら、アメリカではレイオフ(不況時に従業員を一時的に解雇する制度)が認められていて、変動費は調整可能と考えているからです。
私が社長に就任したとき、変動費ベースで世界各所のコマツの工場の生産コストを比較してみました。すると、実は日本国内の工場のほうがアメリカよりコストが3割も低いことがわかりました。中国の工場と比べても当時は日本国内のほうが1割も低かった。(※編集部注:2019年7月現在では中国の方が安くなっている)
つまり、国内工場の競争力は、海外に比べてもまだ十分に高かったのです。もちろん、これはその時の為替レベルにもよりますが。
また、建設機械は中量生産品で、エンジンやトランスミッションのような重要なコンポーネントは世界一極生産されています。米国で生産したとしても中国で生産したとしても、日本からの輸出品を使っているのです。中国メーカーもこういったものは輸入品に頼っており、比較障害はあまりなかったのです。
無駄な固定費を削減すれば、日本の工場はこれからも世界と対等に戦える
みんなの介護 今のお話を伺うまで、日本の製造業に未来はないかのように思っていました。
坂根 いえいえ、日本の製造業はまだまだ競争力をもっています。ただし、私が社長に就任した当時、コマツの利益率は海外の競合他社に比べて慢性的に低かったですね。その要因は、固定費があまりに肥大化していたから。
コマツでも、日本の高度成長期が終わる1970年代以降、雇用を守ろうとするあまり、余剰人員の受け皿として業務を子会社化したり、事業を次々に多角化していきましたが、そこが結果的に不採算部門になってしまっていました。また経理システムのような、どの会社にもある業務まで自前で開発しようと悪戦苦闘し、そこでも大きな無駄な経費を発生させていました。
そんな無駄な固定費が積もり積もって、私が社長に就任した年、コマツは創業以来初の営業赤字に転落していました。多くの日本の伝統的大企業は同じような問題を抱えてきていると思います。
みんなの介護 そこで坂根さんが断行したのが、伝説の“ダントツ経営”だったんですね。
坂根 まず「一度限りの大手術」です。「雇用に手をつけるのは今回一度だけ」と約束した上で、当時2万人いたコマツの国内全従業員から、一人の例外もなく、希望退職者を募りました。その結果、1,100人の方々が希望退職され、1,700人が子会社に転籍しました。
また、当時多角化しすぎていた各種事業や商品のうち、世界1位か2位になる見込みのあるもののみを残し、あとはすべてやめることにしました。300社あった子会社も統廃合を進め、約2年で110社減らしました。
みんなの介護 そうやって思い切った構造改革を断行したからこそ、その翌年から黒字決算へとV字回復できたんですね。
坂根 無駄な固定費さえ削減できれば、日本の工場はまだまだ世界と互角に戦える。そう確信できたからこそ、2005年頃から生産拠点の国内投資を復活させました。ここ5年間に限って言えば、新工場は国内にしか建設していません。
円高が加速した1980年代以降、日本のものづくりの現場はすっかり自信を喪失してしまいましたが、問題の本質をしっかり把握し、やるべきことをやれば、日本はまだまだ国内工場で勝負できる。コマツを先行事例に、多くのメーカーの間で国内投資の動きが広がっていけばと期待しています。
石川県内の社員の子どもは東京の3.4倍。これからもコマツは北陸回帰で地域に貢献していく
みんなの介護 コマツは現在、国内回帰の動きを加速させていると同時に、創業の地である北陸回帰も進めていますね。
坂根 はい。金沢港に新たな工場を建設し、本社機能の一部を石川県小松市に移転させるなど、北陸地区で従業員数を増やしています。
コマツが北陸に回帰する理由はいくつかあります。まず、生活コストの安い地域で雇用を増やしたほうが、将来にわたって競争力を維持しやすいこと。
また、金沢港の水深が深くなり、輸出拠点として利用しやすくなったこと。
そして、北陸地区で従業員を増やすことが、将来的に少子化対策につながると考えられること。
みんなの介護 少子化対策につながるというのは、どういうことでしょうか?
坂根 これについては、コマツの女性社員を対象にした調査がベースになっています。
コマツに定期採用で入社した30歳以上の女性社員を、東京本社と石川県内の工場で比較してみました。すると、結婚率は東京が50%、石川が80%、結婚している女性の出生率は東京が0.9人、石川が1.9人でした。
結婚率と出生率を掛け合わせて、女性社員一人当たりの子どもの数を見ると、石川のほうが子どもの数は3.4倍も多いことになります。
みんなの介護 東京よりも地方のほうが、女性社員は子どもを産みやすいし、子育てもしやすいということですね。
坂根 そうだと思います。特に石川の場合、女性管理職に限っていえば、子どもの数は2.6人になります。女性にとっては、地元で暮らすほうが両親(子どもにとっては祖父母)の協力を得られやすいため、自然と子どもの数も増えるようです。
みんなの介護 坂根さんは以前から、行きすぎた東京一極集中こそが少子化の元凶になっていると主張されていますね。むしろ地方の活性化こそが、これからの日本の目指すべき道である、と。
坂根 事実、そのとおりだと思います。東京はヒト・モノ・カネを地方から集めるのではなく、国際都市として、世界から集めるべきです。
ただ、現実は特に若い人の東京への集中はまったく止まっていません。おそらく、いくら生活コストが高いといっても仕事を見つけるチャンスも多いし、平均して給与レベルも高く、学習塾のような子どもに教育を受けさせる機会も多いですから、一度は都会生活をしたいと思うのでしょう。
小松市に整備した研修センターのある複合施設が地元の高齢者と小学生を元気にしていく
みんなの介護 コマツが進めている北陸回帰には、「少子化対策」という大きなテーマも隠れていたんですね。
坂根 石川県全体の調査で、もうひとつ興味深い事実があります。それは、石川県の女性就業率はスウェーデン並みに高いのですが、50歳を過ぎた女性社員の離職率が急に跳ね上がること。
みんなの介護 それはどういう理由からなのでしょうか。
坂根 あくまでも私の推測ですが、離職する理由は、親の介護のためではないかと思います。親が元気でいる間は、子育てに散々協力してもらったわけですから、親が要介護になってしまった場合、それまでの恩返しとして、親の面倒を見ることになるからではないでしょうか。そういう意味では、石川県では保育所よりも介護施設のほうが必要性は高いのかもしれません。
ともあれ、今コマツがやるべきことは、生産工場投資を日本回帰させているこの機会に、出来る限り仕事を地方の工場所在地に移し、競争力を維持すること。そして、その結果として日本の少子高齢化への対策にもつなげることだと思っています。
みんなの介護 本社機能をすべて石川に移すことは検討されなかったのですか?
坂根 中央集権のこの国で、行政・経済・マスコミ、そして交通インフラの機能が東京に集中している以上、本社機能を東京から石川に移すのは現実的ではありません。
ただし、必ずしも東京に置いておく必要のない部門もあります。そこでコマツでは、本社の部品調達部門を石川に移しました。
また、世界中のグループ企業の人達の研修センターを中核とする複合施設を小松市に整備しました。それが創立90周年の2011年に開設した「こまつの杜」です。この決断は小松空港が成田、羽田はもちろん、韓国のインチョン空港にも繋がっていて、利便性が良いことも大きい要素でしたが、今では毎年3万人が国内外から集まるようになり、それなりの地元への経済波及効果を生んでいます。
みんなの介護 研修センターでは、地元の小学生も受け入れていると伺いました。
坂根 研修センター、正しくは「コマツウェイ総合研修センター」には、一般開放エリアとして「わくわくコマツ館」も併設しています。その、「わくわくコマツ館」では小松市内の小学生を招いて、理科教室や里山自然教室などのイベントを定期的に開催しているんです。
講師を務めるのは、地元工場のOB・OGたち。昼食代相当の手当ては出していますが、年間のべ600?700人が講師役を買って出てくれています。
彼らに話を聞くと、理科教室や里山自然教室を手伝うようになって、病院に行く回数がめっきり少なくなったとか。普段とは違う部位の脳を使うと、高齢者も元気になるみたいですね。「わくわくコマツ館」のイベントがOB・OGの生きがいや健康増進に役立っているとすれば、こんなに嬉しいことはありません。
ちなみに、理科教室と里山自然教室の試みは2011年から始めていて、現在では小松市内にある小学校の社会科見学(小学5年生)にも組み込まれています。
日本の産業界は、外国人労働者に頼る前にもっとやるべきことがある
みんなの介護 わが国では少子高齢化が急速に進展していて、15歳以上65歳未満の生産年齢人口も急激に減少しています。国内では介護の現場を含め、あらゆる業種業態で人手不足の状態。そんな中、2019年4月から入管法が改正され、外国人労働者をより受け入れやすくなりました。今回の入管法改正を、事実上の移民受け入れだと見る人もいます。坂根さんは日本の産業界が抱える人手不足の問題をどのように見ていますか?
坂根 「人手不足=外国人材活用」の図式で乗り切ろうとすると、この国の抱える根本問題への着手がまた遅れ、ますます国際競争力を失っていくでしょう。人手不足の本当の原因を政府も国民もしっかり把握すべきです。
みんなの介護 人手不足を解消するために、私たちは何をすべきでしょうか?
坂根 まず、この国の産業構造や競争状態が欧米に比べて大きく違う点があります。おそらく、この根本原因は雇用に対する考え方にあると考えています。
学校を卒業したら、一斉に就職して、一度入社した会社にできる限り長く勤める。会社側も雇用保障が守るべき最も大事なことだと考えてきました。しかし、先に述べたように、どんな会社や事業にも景気の波があるのは当然です。
ですから、日本以外の多くの国は、あの中国でさえ、変動コストに相当する部門で働く人たちの雇用については、ある公平なルール――例えば一番最近入社した人からレイオフするとか、年齢差別をしてはいけないなど――が定められています。その代わり、失業した人への対応は、当たり前の如く国全体の問題として議論されます。
ところが、日本では特に大企業は雇用に手を付けにくいこともあって、モノづくりの生産において、外注、下請けに出せば自分のところが身軽になるとか、余剰人員の活用といった理由で、かつてのコマツのように事業多角化や業務の子会社化をしてきました。
みんなの介護 確かに、日本の解雇規制は欧米に比べてとても厳しいと言われますね。
坂根 そして近年は非正規雇用といった日本独特の仕組みが一般化されつつあります。こういった現状は業界全体、国全体では固定費を積み上げて大変な非効率につながっているということです。
先に述べたように私は2001年に「一度限りの大手術」と約束して国内の従業員全員に希望退職を募ったわけですが、それはこの国では米国式レイオフが出来ないこともありましたが、何度も小刻みなリストラを繰り返して我々の最も大きな強みである「チームワーク力」「現場力」を失いたくなかったからです。
私が社長職に就いていた頃は、非正規という雇用形態は一般的ではありませんでした。経営者として2001年当時の雇用に手をつける苦しみを考えると、変動費化の大きな部分を背負っていただいている協力企業(※編集部注:コマツではあえて「下請け」ではなく「協力企業」と呼んでいる)や非正規の方々には、できる限り手厚くするのは当たり前だと考えます。
大企業は外注や下請け、そして非正規といった人たちにコストのしわ寄せをする前に、自分自身の事業の選択と集中を徹底したり間接業務の自前主義から脱却することで、まず収益改善をすべきです。この国の生産性向上の議論を、決して個人の働き方問題に矮小化すべきではありません。
IOT化が市場の競争ルールそのものを変えていく
みんなの介護 “ダントツ経営”を実現させた坂根さんだからこそのご提言でしたね。では、国全体の話をもう少し具体的に説明してもらえますか?
坂根 ご承知のように欧米では多くの業界でとっくに業界再編が終わっているのに比べ、日本では未だに多くのプレーヤーが競争しています。 かつては企業間が切磋琢磨することで産業が成長してきましたが、今やIOT社会へ対応するため、一社ではとても解決できない同じ大きな課題に皆でチャレンジしなくてはなりません。それは自動車業界も我々の建設機械業界も同じです。
我々の顧客の建設業界を例としてお話しましょう。
国全体の建設投資額を100とした時、建設業全体の総売上を出すと300になります。ちなみに、米国は100に対して150以下です。
この国ではいかに多くの企業がかかわっているのかがわかりますね。こういった中で人手不足問題が起きているのです。
多くのプレーヤーがそれぞれ多重下請け構造で成り立っていると、おのずと建設機械の販売価格も安くなります。2001年当時の変動コストを紹介し、日本は米国より3割、中国と比べても1割安いと言いましたが、販売価格は今でもそれ以上に安いのです。
みんなの介護 先ほど紹介して頂いたコマツが取り組んでいる「コムトラックス」や「スマートコンストラクション」といった新しいビジネスモデルは、こういった国全体の課題解決にどうつながるのでしょうか?
坂根 まさに、そこがポイントです。特にスマートコンストラクションは土木現場で現在行われている分業――「仕事を請け負う人」「測量する人」「施工設計する人」「土木作業する人」「土砂を運ぶ人」、もっと言えば「料金を決裁する人」などがIOTで進化すると、すべて一気通貫でつながることになります。
また、各現場で出していた知恵がすぐにほかの現場に適用できるようになり、ビッグデータの活用競争が起きます。スマートコンストラクションは2015年に開始して以降、これまでに日本国内だけでも合計8,000ヵ所の現場に拡大し、日々ビッグデータが蓄積されています。
これまでのハード(商品)のみの競争では、皆が同じ土俵で良いものを安く作るべく競争していましたが、これからは競争ルールそのものが変わってきます。こういった省人化、生産性向上で労働力を生み出すことは国にとってとても大事なことです。
みんなの介護 IOT化は省人化だけではなく、競争のあり方にも変化をもたらすわけですね。ところで、坂根さんが間接部門の固定費の話をされましたが、この点をもう少し詳しく教えてくれますか?
坂根 私が経験した話をします。1990年から4年間、米国の合弁会社の社長をしたときのことです。
この合弁会社の資本比率はコマツとドレッサー社で50対50ですが、市場における事業規模、業界の地位は圧倒的にコマツの方が上だったので、私たちは社内の仕組みをコマツのものに合わせようとしました。
しかし、私がすぐコマツのやり方はダメだと判断したのが、会計、経理の仕組みです。コマツは当時、自社でソフトウェア会社を持ち、自前の非常に精緻なソフトウェアを持っていましたが、ドレッサー社は間接部門のITの仕組みを基本的に既製品に合わせていました。
考えてみれば、どの会社も決算に必要なデータは同じです。そこで私がわかったことは「ニワトリと卵」になりますが、米国で労働の流動性が高いのは、ある会社で経理をやっていた人が転職しても、すぐに仕事に慣れることができるからなのです。
日本のように自前の仕組みにこだわっていると、労働市場の流動化も困難になります。
すべての社会に通用する学生を育てるために、大学教育も「総花、平均、自前主義」から脱しなくてはならない
みんなの介護 坂根さんは、この国の問題点を総花、平均、自前主義といっておられますが、この話を今回の一連の話と繋げて説明して頂けますか?
坂根 私は2018年から政府の「地域における大学振興・若者雇用創出事業評価委員会」の委員長としてかかわっていますが、この活動を通じ、大学もこの国の企業――かつてのコマツも同じですが――と同じ課題を抱えていることに気づきました。その課題がまさに私の言う「総花、平均、自前主義」です。
コマツの場合、これに早く気付いて「総花主義」から脱却するために「世界で1~2位」の事業、商品に絞りました。そして、「平均点主義」からは「ダントツ」を目指し、そして「自前主義」からは間接業務をできる限りITの既製服に体を合わせるなど、「新しいビジネスモデルを実現する」ために、世界中どこからでも技術は借りる方向に切り替えたわけです。
しかし、この国の大学を考えると、まさに「総花、平均、自前主義」に陥っています。地方の国立大学はみな同じような総合大学を目指し、入学試験も平均点の偏差値で勝負。また、種々の研究もほとんどが自前主義で行われています。
みんなの介護 企業改革の根本的な考え方と同じ視点が必要ということですか?
坂根 かつて全国の国立大学長の集まりに呼ばれ講演をしたことがあります。そのときに私は「大学にとって商品は何で、顧客は誰ですか?」と聞いたのですが、全く回答を得られませんでした。私の答えは「学生が商品、そして、その商品を届ける社会が顧客」でした。
どんな大学でも、すべての社会に通用する商品を育てられますか?私が述べてきた企業の課題と同じで、自分の大学はこういった分野が得意だから、社会の中のこの分野に狙いを定め、商品である学生を育てよう、そして、せめて日本一、できれば世界一を目指そうとなるはずです。
あるいは、私が目指すべきモデルとして考えているドイツのフラウンフォーファー研究所のように、全国約70地区で大学と研究所が同じキャンパスに立地し、地元の産業界と一緒になって何か特色ある研究、教育で産官学金(産業、行政、大学、金融)の連携をして地元産業を強くすることを目指すべきです。
フラウンフォーファーの特色は研究所を中核として大学や産業界の人の交流が活発なことと、費用の3分の1は産業界が負担しているところです。私はこのフラウンフォーファーのような切り口の取り組みで、この国の「総花、平均、自前主義」を打破できればと思い取組んでいます。
介護についても、どこかの地域で行政、大学、そして専門学校も一緒になって、新しい介護の在り方をつくり上げるモデル地域が出てほしいですね。
少子高齢化を契機に、日本社会の本質的な問題に対処すべき
みんなの介護 それでは、最後に冒頭の質問に戻り人手不足対応と外国人材の活用について、どうすべきかについてまとめて頂けますか?
坂根 具体例として建設業と会計業務の話をしましたが、まずは、国も企業も私が述べた根本問題を認識するべきです。そして、絶対に避けるべきことは、自己改革をして競争の勝者になろうとせずに、従来通りのコスト競争のみの視点で日本人の人手不足に対応するために外国人に頼ること。特に、日本人が敬遠する過酷な労働現場で日本人より安いコストで雇用しようとするパターンです。
この国は将来、労働人口が減っていくことが100%確実なわけですから、外国人材を活用するときは「日本で働いて本当に良かった」と思ってもらえる国であるべきです。
平成の30年間をひと言でいうと「濡れ雑巾はどこまでも絞れるのでコストは下がり、価格を上げなくても大丈夫」とか「給与は上らなくても物価が下がれば大丈夫」といったデフレマインドが続き、企業も国民も何とかこのまま継続していけると思ってきたのですが、もう限界です。
繰り返しになりますが、少子高齢化の進むこの機会に、国も企業も本質問題に早く対処しないと、本当にこの国は全員で貧国化に向かうことになります。
撮影:公家勇人
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