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斎藤幸平「同じ地球上で格差に苦しむ資本主義社会を変えたい」

最終更新日時 2021/10/11

斎藤幸平「同じ地球上で格差に苦しむ資本主義社会を変えたい」

資本主義の限界を鋭く指摘しつつ、「人新世」とも呼ばれる環境危機の時代への策を示す――。斎藤幸平氏は、歴代最年少の31歳(当時)で、マルクス研究界最高峰の賞ドイッチャー記念賞を受賞した哲学者である。斎藤氏が上梓した『人新世の「資本論」』では、資本主義がもたらした気候変動という危機を乗り越えて、いかに次なる社会を構想すべきが描かれる。斎藤氏は、どのような思いで執筆を行ったのか。斎藤氏の活動の原点についてお話を伺った。

文責/みんなの介護

アメリカの炊き出しボランティアで見た格差に衝撃

みんなの介護 まず経歴についてお聞かせください。そもそも斎藤さんが哲学を専攻し、そのなかでもマルクスについて研究を始めたきっかけは何だったのですか?

斎藤 哲学を専攻した理由は、「より良い社会をつくる仕組み」について考えるのが好きだったからです。高校生ぐらいから、哲学や思想に興味がありました。その後アメリカの大学に留学しました。そこであるきっかけから、貧しい人たちにむけて無料で炊き出しをする「スープキッチン」という場所でボランティアをすることになりました。期限切れの食品や寄付された果物なども配っていました。

自分の通う大学の食堂は、あまった食べる物がどんどん捨てられる、いわばアメリカの豊かさを凝縮したようなところでした。しかし、その大学のすぐ近くに、毎日の食べるものにも事欠く人たちがいる。私は、ボランティアをしながら、「同じアメリカでこんなにも格差があるのか。ひどい無責任社会じゃないか」と衝撃を受けたわけです。

資本主義が非常に進んでいるアメリカは一面ではものすごく豊かですが、他面ではとても貧しくて見捨てられた人たちが大勢いる。キャンパスのなかで学生たちは平等や多様性などを議論しているけれど、一歩外にでると、とんでもない不平等が存在していたのです。

そこで、「マルクスを使って、資本主義社会の弊害を考えないといけない」という思いが高まりました。マルクスという思想家は、「より良い社会をどうしたらつくれるか」を生涯にわたって考え続けた人です。そのため、現代においても参照できたらと思いました。マルクスは、どのように考えるべきかインスピレーションを与えてくれる思想家だと思っています。

みんなの介護 その後、どのような経緯で『人新世の「資本論」』を執筆されたのですか?

斎藤 ドイツの大学院に進んだ頃に、東日本大震災で福島の原発事故が起こりました。東京が大量に電力を消費しているツケを、福島という地方がいかに重く背負ってきたかを知り、東京出身の私の中には深い反省の念が生じました。このようなことも、結局、資本主義がもたらした格差の現れの一つではないかと思いました。そして、格差問題を研究するようになったのです。

その発展として、「人間と自然の関係」や「技術と社会と持続可能性」などといった問題を考えるようになりました。その頃から、気候変動にも関心を持つようになりましたね。

気候変動が深刻化していることを、単に技術革新によって二酸化炭素を減らして解決する話に矮小化しないために、あえてマルクスを使いました。「ライフスタイルや社会のあり方そのものを抜本的に変えていくきっかけとして考えてほしい」という思いがあったのです。そして、若い人たちも読めるような形で広く訴えかけたいと考え、『人新世の「資本論」』を書きました。

想像力を磨くには、世界の出来事について知ること

みんなの介護 斎藤さんのように、環境破壊の危機をリアルに感じるための方法はありますか?

斎藤 世界でどのようなことが起きているのか。インターネットを使って動画を検索してみてはどうでしょうか。人類の経済活動が引き起こす危機を映像として見るのです。

たとえば2019年に起こったオーストラリアの山火事の映像やマダガスカルの飢餓も良いでしょう。それが遠いと感じるのであれば、7月の伊豆山土砂災害の熱海の様子や8月の九州豪雨の映像を見ても良いでしょう。

生活が破壊されてしまった、同じ日本に生きる人の苦悩が想像できないとしたら、それは相当深刻な事態です。最低限の知識と想像力を身につけて、そこから少しずつ想像力を広げていく。そうすれば、もっといろいろなことに関心が強まっていくのではないでしょうか。

未来の人たちに、安心できる環境を残す使命がある

生活や未来にかかわる問題は、政治家任せにせず声を上げるべき

みんなの介護 社会変革は、政治家だけのものではなくなってきていますね。

斎藤 「政治家に任せておけば良いや」という考えでは、危ない。今の日本の政治家は、男性が多く年齢層も高い。彼らにとって気候変動や介護に関する問題は、ほど遠い存在です。

ですので、自分たちの生活や未来に直結した問題を、その人たちに任せてしまうことは危険です。自分たちで考えて声を上げていくことが、ますます必要になってくるのではないでしょうか?

みんなの介護 現代において、やはりSNSが社会運動のために力を発揮すると思われますか?

斎藤 私は、必ずしも「SNSで声を上げることで社会が変わる」とは思いません。しかし、問題意識を共有する仲間は見つけられるかもしれません。

職場でハラスメントなどの問題があっても、一人で抱え込んでしまい、相談できる人や問題意識を共有できる人がいない場合があります。また、地方に住んでいたら、気候変動の問題を一緒に議論できる人たちがいないケースもあります。

そのような場合でも、SNSでいろいろな人たちとつながることができ、アドバイスをもらえる可能性が広がります。また、コロナ禍で増えたオンライン勉強会に出て、気候変動の問題をもっと考えることができるかもしれません。

そこで出会った人同士で、「デモにも参加してみよう」という話が出て、だんだん広がっていくきっかけにもなることもあります。かつてに比べれば、そのような運動を知り、自分が参加できる可能性が広がってきていると思います。

50年後、「なぜ、何もしなかったの?」と言われないために

みんなの介護 斎藤さんは、子供たちにどんな未来を残していきたいと思っていますか?

斎藤 今の社会を続けてしまうと、彼らの夢や生存を奪うような地球環境しか残りません。現代は、そうした危機的な状況にあるわけです。50年後、「破滅することがわかっていて、止めることもできたのに、なぜ何もしてなかったの?」と孫の世代に必ず聞かれます。

そうならないために、普通の生活を送れるような地球環境を残しておく必要があるのではないでしょうか。

私たちがこの気候危機を止められる最後の世代だという意識を強く持ち、しっかりとアクションを起こしていくべきだと思います。

私は大学教員として自分たちの社会が孕んでいるさまざまな矛盾や不自由、抑圧を反省して変えられるように、しっかりと声を上げ、問題点を考えられる大人になってほしいといつも思っています。

コロナ禍で浮き彫りになった格差

みんなの介護 資本主義の弊害について、どのように感じていますか?

斎藤 資本主義によって、行き過ぎた格差と深刻な環境破壊の2つの問題に直面していると感じています。このことは、特にコロナ禍にあって浮き彫りになりました。

例えば、コロナ禍が始まった2020年2月から2021年8月までの1年半ほどの間に、日本の富裕層トップ50人が資産を50%ほど増やしたという状況があります。これは日本だけではなく、他国を見ても同じです。また富裕層は、暑さが厳しい夏でも冷房が効いた部屋でテレワークを行い、アプリでレストランの食事を届けてもらう生活を続けられているわけです。

他方で、エッセンシャルワークと言われる仕事に就いている人たちは、テレワークで仕事ができないばかりか、自分たちの身を感染のリスクにさらしながら働き続けています。それにもかかわらず、「長時間労働」や「低賃金労働」といった過酷な労働環境で働かなければいけない人が多いわけです。これは、どう考えても何かがおかしい。

では、なぜ新型コロナのような感染症が世界中に一気にひろまったのでしょうか。私たちの経済活動は、この30年ぐらいでますますグローバル化して加速しました。とめどない経済成長を目的とする資本主義のシステムの下では、環境負荷が非常に大きくなってしまっています。それが地球全体を覆い尽くして、私が本の中で「人新世」(人類が地球を破壊し尽くす時代)と表現した時代になっています。地球上の自然が徹底的に破壊されて、非常に深刻な環境負荷をかけながら、生活が成り立っているわけです。

資本が利潤をあげるために、森林を切り開き、自然の奥深くまで人々がわけいっていくからです。また、効率重視のモノカルチャー農業が広がるとウイルスを封じ込めておくことができません。こうしたリスクは何年も前から科学者たちによって指摘されていましたが、それが現実になったのです。

気候変動も、二酸化炭素などを大量に排出する利益重視の資本主義のせいです。だから、資本主義に急ブレーキをかけるべきなんですね。もし資本主義社会が変わらなかったとしても、超富裕層の人たちは、当面は今まで通りの生活を続けられるでしょう。しかし、今さまざまなところで起きている山火事や豪雨、干ばつというものがますます増えていっています。水不足や食料危機のような問題が深刻化すれば社会全体は大混乱に陥り、結局すべての人が困ることになるわけです。

私たちは、今まさに現実として持続可能性を重視した社会に転換しないといけないところに差し掛かっています。

みんなの介護 コロナ禍において、資本主義が生み出す弊害が一層明確になったというわけですね。

そうですね。資本主義に基づいた社会のあり方は、今回のような生死を分かつ危機のときにますます格差を広げてしまいます。そして、そもそも人間の手による自然破壊が命を脅かしているのであれば、まったく持続可能でも公正でもないでしょう。

私の『人新世の「資本論」』の主張が広く読まれていることも、「このままではいけない」と感じている人が多いからなのではないかと感じます。

気候変動対策に残された時間はわずかである

みんなの介護 斎藤さんのご著書からは、「今変わらないといけない」という思いが強く伝わってきます。なぜそう思われるのか改めてお聞きできますか?

斎藤 それは、気候変動対策に残された時間がわずかだからです。このことは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の気候変動についての報告書を読んでもわかります。

世界規模で見れば、発展途上国の人たちが気候変動の影響をモロに受けています。具体的には、1.2℃の気温の上昇によって命を奪われている発展途上国の人たちがいます。また、人間以外の生物も含めれば、何十億の生物が命を失っています。

私たちが今まで通りの生活をタラタラ続ければ続けるほど、自分たちより弱い立場に置かれた人間や動物などがどんどん命を奪われる結果になっていってしまう。

こうした状況を少しでも食い止めようとするのであれば、抜本的な転換が必要です。もはや一分一秒たりとも無駄にはできません。

みんなの介護 日本における社会運動の可能性はどのように感じていますか。

斎藤 日本にも気候変動に伴う影響が出ています。夏は熱波や酷暑に悩まされるほか、豪雨や大型の台風などもやってきます。土砂災害で家が潰れて亡くなられる方もいます。また、そこまで大きな被害はないにしても、育てていた農作物などが全部ダメになってしまう人もいます。気候変動による影響は、これからますますひどくなっていく。

ですので、強い危機感を持った人が環境問題に立ち向かうための運動を起こす可能性はあります。

自然破壊は待ったなしのところまで来ている

資本主義の中で軽視されてしまったエッセンシャルワーク

みんなの介護 介護業界で起こっている諸問題については、どのように感じていますか?

斎藤 介護労働というのは、高齢化していく日本の社会を成り立たせるために絶対必要なエッセンシャルワークです。しかし、それだけ重要なのにもかかわらず、恒常的な人手不足の状態です。

人手不足の解消のためにも、労働に見合う賃金を支払うことと、労働環境をしっかり改善していくことは欠かせない条件です。

みんなの介護 コロナ禍にあって命がけで働くエッセンシャルワーカーのやりがいばかりにフォーカスしても解決にならないということですね。

斎藤 そうですね。エッセンシャルワークの人たちの仕事は、社会に直接的に役に立つ、意味があるものです。そのため、必要以上に頑張ってしまうということもあります。そして、やりがいが搾取され、低賃金に押し込められてきた背景もあるわけです。

コロナ禍で戦われているエッセンシャルワーカーの姿だけを見てヒーロー扱いするだけではいけません。コロナ禍で実感したエッセンシャルワークの重要さを忘れないためにも、社会のあり方を変えていく必要があります。

エッセンシャルワークを重視して来なかった背景には、セクシズムがあります。家事や子育てなどの再生産にかかわる労働を、これまでの社会は女性に押し付けてきました。

そして、再生産にかかわる労働は、「それほど難しい仕事ではない」「社会的にはあまり重要ではない」などと考えられてきました。その価値観の一部が、そのまま残っています。

ですので、エッセンシャルワークや介護にかかわる労働が、人々が安心して過ごすためになくてはならない仕事だということを認識して、価値観の転換をしていくことが必要です。

またこれらは、私が『人新世の「資本論」』の中で書いている脱成長型の経済に移行していくことが目指す目的とも重なります。

労働者協同組合は、介護職と相性が良い

みんなの介護 介護職の労働問題を解決する方法はありますか?

斎藤 一案ですが、昨年制定された労働者協同組合法は介護の現場の労働環境を変える大きな切り札になるのではないかと思っています。

現状では、介護事業を経営する主体は民間企業が多く、企業は当然ながら、利益をあげることを最優先にしています。ところが、収入である介護報酬は、国が決める金額の枠があるわけですから、利益を出すためには介護の現場で働く人への賃金を抑えるのが手っ取り早い。あるいはぎりぎりまでスタッフの数を減らすわけですね。

介護職の収入を上げるべく国が介護報酬を引き上げても、労働組合が強力でない限り、賃金の額や人員の数は基本的に会社側が決定するので、賃金が上がるとは限りません。これだけ大変で重要な仕事にもかかわらず、実際、低賃金のままですよね。

また経営主体が社会福祉法人であったとしても、賃金を抑えたままにして、理事たちが高額の報酬を得ているケースも多いようです。つまり、現場で、エッセンシャルワークをしている人たちにお金が届く前にピンハネされているような状況が多発している。一方、多額のお金を得ている経営層・管理層は実質的に介護のケアに携わるような仕事をしていないという大きな矛盾があるわけです。

経営側のピンハネによって低賃金や長時間労働になってしまうのであれば、介護職の人たちこそ、労働者協同組合の事業所を運営していってはどうかと思うのです。

やり方としては、5人や10人といった人数で集まって、自分たちで出資し、事業所をつくってしまう。その中でさまざまな仕事を割り当てて、シフトを組みます。この程度のマネジメントであれば、経営陣がいなくても十分自分たちでできます。

こうした労働者協同組合では、自分たちが意思決定することができるので、より楽しく柔軟に働く環境をつくっていくことができるでしょう。ピンハネがなくなる分だけ、給料を上げていくこともできるでしょう。

介護職こそ、実質的な運営をもっと現場に落としこみ、労働者であると同時に経営者でもあるような働き方が合うのではないでしょうか。

国は、そのようにより良い働き方やケアのあり方を模索している事業所にもっとお金を出すべきです。そして、悪い事業所にはどんどん撤退してもらった方が良いと思います。

私の知り合いにも、労働者協同組合の介護事業所を運営している人がいます。そこでは、障がいを持っている人たちも一緒に働いています。労働者協同組合には、多様性を生かしながら、やりがいがある介護を実現する余地があります。

また、資本主義の中で栄えていた仕事がなくなるのであれば、それを機にケア労働やエッセンシャルワークがさらに重視されることにつながれば良いなと思います。

まずは、自分たちの手で何ができるか考えよう

みんなの介護 労働者側は何から始めれば良いでしょうか?

斎藤 労働組合に入って活動するのが一番だと思います。「今の職場のやり方に従うしかないし、我慢して働こう」というメンタリティーを持ち続けていたら、何も変わりません。介護・保育業界では、誰でも入ることのできる介護・保育ユニオンがありますよね。

保育の話になりますが、最近では一斉退職や突然の閉園がよくメディアで話題になります。これは、利益重視の経営側がコロナ対策などで儲からないとなるや否や、保育士や親御さん、園児のことを考えずに閉園してしまうからです。そうした保育園では、日々の運営でも人員削減などによって絶えず現場の保育士に過剰な負担がかかっていて、それは事故や虐待のリスクも高めています。

それに反対の声を上げると、イジメやパワハラを園長たちから受け、辞職に追い込まれることもあります。そうした状況に耐え切れなくなり、一斉退職となる。

同じような構図は介護でもありますが、そもそもこうしたケア労働は利益優先の事業形態とは馴染まないのです。

働き方を少しでも良いものに変えていくためには、自分一人の力ではどうしても弱くなってしまいます。ですので、労働組合に入ってしっかり活動をすることも現状を変える一歩になるでしょう。

職場によって状況が異なるので、具体的な解決策は異なります。交渉によって変わるところもあれば、ストライキが必要なレベルのところもあります。そのため、一概にこのような道へ進んで、こうするべきだということはないわけです。

「自分たちの手で何ができるかを考えなければいけない」という発想の転換がまずは必要です。

ケア労働は本来、効率や生産性とは相容れないもの

幸せを感じながら生きられる社会へ

みんなの介護 「脱成長コミュニズム」について、どのような思いで提言されたのですか?

斎藤 『人新世の「資本論」』で主張した脱成長コミュニズムとは、持続可能な社会をつくるために、経済を成長させることだけを目的にすることをやめるというものです。そして、保育や介護、教育や医療など、誰もが生活していくのに必要なものを、私はコモン(公共財)にしていく。コモンとはみんなが安定して生活できる基盤であり、それが広がった社会が、コミュニズムです。

個人個人の幸せや健康、家族や友人と過ごす時間を大切にし、それぞれの才能を開花させながら働き、私たちの営みを支えてくれている自然を大切にすることのほうが、経済成長よりも本質的で重要ですよね。いったん経済成長を追求するだけでいいのか、と問いをたてると、多くの人は経済成長以外のものの重要性にすぐに気づくわけです。

その答えに気づいたら、積極的にアクションをとっていくべきでしょう。そうすれば、今のような社会のあり方は変わると思います。大量の広告による消費の煽りもゆるやかになるでしょう。長時間労働で得た賃金でいろいろなものを買って自然環境を破壊する速度も弱まると思います。

この脱成長コミュニズムに向かって、具体的に、何をどうするかは、みんなで考える必要があります。しかし、発想の方向として、舵を切っていく指針にできるのではないでしょうか。

「脱成長コミュニズム」は新しい社会を模索する共通認識

みんなの介護 「脱成長コミュニズム」を主張なさったあと、どのような反響が寄せられていますか?

斎藤 例えば、SDGsがすごく流行り、「持続可能な社会のために何かしないといけない」ということは、多くの人が感じています。しかし、SDGsのための取り組みをしている人であっても、「これでどうにかなることではないだろうな」と感じでいるわけです。そのような世相を反映するように、サラリーマンの方などから、「斎藤の言うことに一理あるな」という声をいただいています。

さらに言えば、企業でそこそこのお給料をもらって働き、すごく幸せかと言えばしんどいわけです。大企業で働きながら疲れている人もたくさんいます。今の日本社会は、基本的に競争する社会になっています。そのため、何らかの形で競争から脱落してしまえば非常に苦しい立場に置かれます。

逆に、絶えず競争に勝ち残ろうと頑張って、勝ち残ったとしてもしんどい。ですので、「これ以上成長だけを目的として競争を続けることに、本当に意味があるのか」と薄々感じている人がたくさんいます。

ましてや、それが地球環境を破壊していて、将来の世代の夢や希望、生きる基盤さえも奪おうとしているのであればなおさらです。

そのような状況になってきたことを受けて、今度は「どういう社会を私たちがつくっていくべきなのか」を、もっとみんなで議論しないといけない段階に入ったのではないでしょうか。

みんなの介護 ちなみに、新しい社会に移行するのを邪魔しているものは何だと思われますか?

斎藤 今まで通りのやり方が楽なので、古い価値観を続けようとしている人たちです。それはつまり、一世代前のそれなりに成功した人たちということです。この人たちは気候変動の影響もそれほど受けずに人生を終えていく逃げ切り世代です。未来のための重要な選択肢は、若い世代のもの。逃げ切り世代は、逃げ切るためだけに生きていないか、考え直してほしいですね。

そして、新しい社会への移行を望む人たちが、一体となって声を上げていくことが非常に重要です。それは、これまでの社会のあり方に違和感を抱く若者たちやエッセンシャルワーカー、性差別に悔しい思いをしてきた女性たちかもしれません。

みんなで、「社会を持続可能なものにするだけではなく、もっと公正なものにしていかなければいけない」と声を上げていくべきです。

価値観を変えるということは難しいわけです。しかし、確実に変わってきていると思います。悲観せずにしっかり声を上げていくことが大事です。

人間はみんな完璧ではありません。自分の足りない面を反省しつつ、そのうえで「もっと良い社会をつくっていくにはどうしたら良いか」を考えたいです。

また自然破壊については、これから絶望的な状況になります。気温も1.5℃上がるのはもう避けられないとIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書でも言っています。

「それならば仕方がない」とか、「とにかく俺が生き残るんだ」とあきらめたり開き直ったりするのではなく、どうすれば良いかを考え続けるべきです。

みんなの介護 最後に「みんなの介護」の読者に伝えたいことはありますか?

斎藤 生産性を上げるという考え方と、ケアワークは基本的になじみません。なぜなら、経済成長を求め続ける社会においては、儲けを出すためにもっと効率化を進めないといけないからです。

例えば、人員削減を行い、その分を細切れの作業でベルトコンベア型にしていくとします。そうすると、働いている側も忙しすぎて余裕がなくなり、ケアの質そのものが劣化していってしまいます。

それによって、事故が起りやすくなったり、利用者の方や職員へのいじめや虐待につながってしまったりする可能性が高まります。2012年には、パーキンソン病の高齢者を入浴中に長時間放置して溺死したのだ事故もありましたよね。

生産性や効率化だけを求める介護現場では、ケアの質が下がってしまいます。そして、どうしても人に対する扱いがぞんざいになっていってしまいます。時折、介護施設で悲しい事件が起きてしまうのも、スタッフが精神的にも肉体的にも疲弊しきっているからではないでしょうか。

本来、介護労働が何のためにあるのかと考えることが必要です。そして、ケアは経済成長や効率化と相容れないものであることをもっと重視して、社会全体がそのことを受け入れるべきです。経営者は、介護で儲けようという発想からは脱却しなければいけません。

撮影:五十嵐和博

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森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07