湊かなえ「何事も答えは一つではない。背景に思いを巡らす想像力が大切」
2008年のデビュー作『告白』で第6回本屋大賞を受賞。その後は『少女』(2009年)、『贖罪』(2009年)、『Nのために』(2010年)、『夜行観覧車』(2010年)とベストセラーを連発し、これまでに映画化・ドラマ化・漫画化された作品は20作以上の超人気作家・湊かなえ氏。ミステリー界で“イヤミスの女王”として君臨する同氏が放つ最新作『ドキュメント』は爽快な青春小説で、新たな作風で挑戦を続けている。デビュー当時から常に読者を魅了する作品を生み出すきっかけは過去のある出来事であったと語る湊氏。作品づくりに掛ける思いと、人とのかかわりの中で得た人生の気づきについて話を伺った。
文責/みんなの介護
最初の読者に楽しんでもらえる作品を書きたい
みんなの介護 2021年3月25日、湊さんの最新刊『ドキュメント』が発売されました。2018年刊行の『ブロードキャスト』の続編で、高校部活シリーズ第2弾になります。湊さんといえば、『告白』『少女』『贖罪』などに代表される“イヤミスの女王”として有名ですが、最新刊は爽やかな青春小説でした。作風が大きく変化したのはなぜでしょうか。
湊 私は作品を書くとき、最初に掲載される媒体を常に意識しています。
書き下ろしの単行本であれば、私のことを知っている読者が多いと思うので、皆さんの期待を裏切らないよう、ミステリー小説を書きます。しかし、前作『ブロードキャスト』は私にとって初めての新聞連載でした(注:神戸新聞ほか7紙で2017年1月から2018年3月まで連載)。おそらく「湊かなえ」を知らない読者が大半で、しかも年齢層も幅広いので、多くの人に楽しんで読んでもらえる作品を書きたいと思いました。もちろん、“イヤミス”なんてもってのほか。新聞を開く朝から、読者の方をイヤな気分にさせるわけにはいきません(笑)。とにかく前向きで、明るい物語を書きたかったんです。
みんなの介護 読者として幅広い年齢層の方が想定される中で、特に意識されたところはありましたか。
湊 今回の作品を一番読んでほしいと思っていたのは、中学生や高校生などの若い読者です。近年、若者の新聞離れが問題視されていて、事実、当時中学生だった私の娘も、新聞をまったく読んでいませんでした。そこで、小説の主人公を高校生にして、学校を舞台にした物語にすれば、若い世代の人たちも興味を引かれて読んでくれるんじゃないかと考えました。
放送部を題材にすることで社会問題に触れたかった
みんなの介護 『ブロードキャスト』と『ドキュメント』は、ある高校の放送部が舞台になっていますね。なぜ、放送部のことを書こうと思ったのでしょうか。
湊 理由は二つあります。
一つは放送部は普段からすごく面白い活動をしているのに、それが世間にほとんど知られていないのはもったいない!と思ったからです。小説家としてデビューする前の一時期、私は淡路島の高校で家庭科の非常勤講師をしていました。その高校がNHK杯全国高校放送コンテストの常連校だったのです。放送部の活動を近くで見聞きして、ぜひ放送部を取り上げた作品をつくりたいと強く思うようになりました。
もう一つの理由は、放送部員を主人公にすることで、作品の中で身近な社会問題への問題提起ができると考えたからです。大会で作品を披露する際は実際の放送を想定した時間制限が設けられています。例えば、ラジオドキュメント部門は6分30秒以上7分以内、テレビドキュメント部門は7分30秒以上8分以内となっています。放送部は、その時間に収まるように番組を制作して地方大会に応募するのです。
その制作過程で、題材選びや構成に真摯に向き合う彼らの姿を小説の中で描けると考えました。また、新聞小説として書く以上、その中で何らかの社会問題を扱いたかったし、小説の中の社会問題とリアルな社会での問題がときどきリンクするのも面白いと思ったんです。
『ブロードキャスト』と『ドキュメント』はもともと一つの小説でした
みんなの介護 最新作『ドキュメント』は、『ブロードキャスト』の続編にあたります。続編を書こうと思われたのは、いつ頃からだったのでしょうか。
湊 実は、『ブロードキャスト』を書き出す前から、『ドキュメント』までのプロットはできていました。むしろ、本当に書きたかったのは『ドキュメント』だったとも言えます。
主人公が放送部に入部したあたりから、展開づくりの作業がどんどん楽しくなっていって、物語もさらに膨らんでいきました。企画当初から新聞小説の連載期間は決まっていたので、そのままいけば連載終盤で『ドキュメント』で取り上げた部分を駆け足で終えなければいけなくなります。それだけはどうしても避けたかったので、当初は主人公の高1・高2時代を描くはずだった『ブロードキャスト』を高1の1回目のコンテストまでで一旦終了させて、高2の2回目のコンテストに挑戦する姿を『ドキュメント』で収めることにしました。
みんなの介護 作品づくりにおいて、湊さんがいつも心掛けているのはどんなことですか。
湊 テーマを設定するとき、「今、自分が最も知りたいことは何だろう?」とか、「今、自分が○○の立場だったらどうするだろう?」といった疑問から入ることが多いですね。
作品づくりの根底にあるのは、物事に対して「知りたい」という気持ちです。必ずしもミステリーにこだわっているわけではありませんが、「なぜこうなったのだろう」とか「これからどうなるのだろう」という純粋な気持ちは、読者が物語を読み進める力になるし、作者にとっても物語を書き進める力になると思います。
骨髄提供のドナーにまつわる友人との考えの不一致で新たな気づきを得た
みんなの介護 湊さんが作品づくりにおいて、「知りたい」という気持ちを重視するようになったのには、どんなきっかけがあったのでしょうか。
湊 結婚・出産を経て、何か新しいことに挑戦しようと思って脚本の投稿を始めた頃、親族の男性が急性骨髄性白血病を患いました。彼が生きていくには骨髄移植の道しかなく、コーディネーターの方に骨髄をご提供いただけるドナーを探していただくこととなりました。「ドナーが見つかった」と連絡を受けたとき、親戚一同どんなにホッとしたことか…。ところが数日後、そのドナーの方はなぜか骨髄提供をキャンセルされたのです。やっと見えた希望の光が消えてしまったことに対し、私は「ひどい」と思わずにいられませんでした。
私はその一件を親しい友人に話しました。当然、その友人も共感してくれると思ったのに、友人は意外にも「そのドナーの人の気持ちもわかる」と言ったんです。骨髄移植をする場合、健康な人なら問題はないと言われていますが、ドナーにもごくまれに後遺症が出るケースがあるそうです。その友人は持病があり、「病気と常に立ち向かっている人間は、後遺症が出たら…と考えるんだよね。だから私も辞退しちゃうかも」と言いました。
とても気の合う仲で、毎日同じように暮らしてきたと思っていた彼女が自分と真逆の考えを持っていたことにショックな気持ちもありました。ですがそのときから、「答えは一つではないのかもしれない」と考えるようなったんです。同じ一つの現象でも、見る人の性格や生活環境などの違いによって、まったく別物に見えている可能性があります。骨髄提供のドナーの人にも、もしかすると何か大変な事情があったのかもしれません。それがどんな事情なのか、背景にはどんなことがあったのか。その想像力が私の創作の原点になっている気がします。
撮影:丸山剛史
湊かなえ氏の小説 『ドキュメント』(KADOKAWA)は好評発売中!
人と人。対面でのコミュニケーションがむずかしくなった今だからこそ、「“伝える”って何だ?」ということを、青海学院放送部のみんなと、真剣に考えてみました。 ――湊かなえ
連載コンテンツ
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