湊かなえ「何事も答えは一つではない。背景に思いを巡らす想像力が大切」
歳を重ねても意地を張らずに素直な人間になりたい
みんなの介護 湊さんは自分自身の老後について、どのようなイメージを抱いているのでしょうか。
湊 こんなことを言うと人間性を疑われるかもしれませんが、「自分は絶対に子どもたちの世話にはならない!」と声高に主張すれ方であればあるほど、要介護になる確率が高いように感じています。そういう人は反感を買いやすいし、年を取ってから生きにくくなるのではないでしょうか。
だから私は、いつか誰かのお世話になることを前提に考え、誰かに何かしてもらったら今のうちから「ありがとう」と必ず言葉で伝えるようにしています。年齢を重ねても意地を張らずに、「お願いします」と素直に言える人間になりたいです。
身近な人を傷つけないように普段から自分を律する
湊 自分自身、要介護にならないように、日頃から食生活に気をつけたり、基礎体力づくりに努力する必要はあるでしょう。しかし、それでも要介護にならないという保証はありません。むしろ、「自分は誰の世話にもならない」と考えるほうが、人間としておごっているのではと感じています。
大切なのは、自分が何かをお願いしたとき、快く「わかりました」と言ってくれる人が近くにいるかどうか。まずはそういう人間関係を築いておくほうが重要なのではないでしょうか。
みんなの介護 若いうちからの心掛けが大切、ということですね。
湊 はい。それでも人間年を取って、体も自由に動かせなくなったりすると、つい気持ちに余裕がなくなって、身近な人を傷つけるようなことを言ってしまうかもしれません。そうならないためには、普段から自分を厳しく律しておくべきです。いつか私を助けてくれる人に不快な思いをさせないよう、例えば自分が足を踏まれても「ありがとうございます」と逆に言うくらい、身近な人間関係には気を配っていきたいと考えています。
自分の感性や感情を補充する機会を「待つ」のではなく「つくる」
みんなの介護 湊さんは以前に受けたインタビューで、「人生には人生を支える三本の柱が必要」と答えていましたね。そして、自分にとっての三本柱は「家庭・仕事・趣味である」と。その人生観は今でも変わっていませんか。
湊 変わっていません。今でも、人生を支える三本柱が必要だと考えています。柱が三本あれば、そのうちの一本が折れたり、うまくいかなくなったりしても、残り二本で何とか人生を支えることができます。二本で支えているうちに壊れた一本を修復したり、別の何かを柱に据えたりすればいいのですから。
そのインタビューを受けた頃はおそらく、家庭と仕事の比重が重くなりすぎていて、趣味の時間がなくなっていたのではないかと思います。
私の趣味は登山で、サイクリング同好会の仲間と大学4年の頃から始めたのですが、メンバーに家庭ができると、いつしか登山に行かなくなっていました。そのうち、小説家としてデビューした私は、家からもほとんど出なくなってしまったのです。しんどかったですね。外に向かって自分をアウトプットするばかりで、自分の感性や感情を補充する機会を失っていました。趣味の登山を再開したかったのですが、連載をいくつも抱えていて、そう言い出せる環境でもありませんでした。
そこで、思いついたのです。山の小説を書こう、と。そうすれば、「取材」ということで大手を振って登山ができます。そうやって『山女日記』という連作小説が生まれました。
私たち人間は、「時間ができたら○○しよう」と思っているうちは一生できません。何かをやりたいと思ったそのとき、無理矢理にでも時間をつくってすべき。『山女日記』で12年ぶりに趣味の登山を再開した私は、今でも定期的に登山を楽しんでいます。
みんなの介護 趣味の登山を再開して、人生を支える家庭・仕事・趣味の三本柱のバランスが取れてきたということですね。
自分の葬儀のとき最後のお別れの曲に何を選ぶか
みんなの介護 最後にご自身の老後についてお伺いしたいと思います。現在、自身のお墓やお葬式を前もって準備する「終活」という活動が広く知られるようになりました。湊さんはご自身のお葬式などについて何か考えることはありますか。
湊 お葬式そのものというより、「自分の葬儀のときにどんな音楽を流すか」はときどき考えます。
私の実家の近くにある葬儀場は、葬儀が終わって出棺するとき、「故人の好きだったお別れの音楽を流す」というサービスをしています。その葬儀場で何度か葬儀を経験した私たち家族は、自分の葬儀にはどんな曲を流そうかとあれこれ思いを巡らすようになりました。
妹とよく私たちの両親の葬儀にどんな曲をかけるか話していて、父親はカラオケでいつも歌っていた北島三郎さんの「風雪ながれ旅」だと意見があっていました。ですが父親に聞くと、洋画『OK牧場の決斗』の主題歌がいいんだそうです。若い頃にその映画が好きで、西部劇のガンマンに憧れていたんだとか。それを聞いて、はっと気づきました。お父さんははじめから“お父さん”だったわけではなく、少年時代・青年時代があって、お母さんと出会って、それから私たちの“お父さん”になったのだと。
一方の母親については、CDでよく流している加藤登紀子さんの「百万本のバラ」が最後の曲候補だと思ったのですが、母親の答えは昔の歌謡曲の「みかんの花咲く丘」で、これには妹と二人でとても驚きました。私の実家はみかん農家で、母は嫁ぎ先での農作業で苦労していたにもかかわらず、「みかんの花咲く丘」を選んだのですから。最後の最後に、母は自分の人生と折り合いをつけて、自分の一生を肯定できるようになっていたんですね。といってもまだ健康に楽しく暮らしていますが(笑)。
みんなの介護 それは興味深いです。自分の半生をゆっくり思い返しながら葬儀のときに流す音楽を考えるのも良いですね。
湊 そうですよね。自分の終活に正面から向き合うのはちょっとしんどいですが、「出棺のときどんな曲を流したいか」なら、家族とも気軽に話ができると思います。どうか、自分の一生を象徴するような「究極の一曲」を見つけてください。
撮影:丸山剛史
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人と人。対面でのコミュニケーションがむずかしくなった今だからこそ、「“伝える”って何だ?」ということを、青海学院放送部のみんなと、真剣に考えてみました。 ――湊かなえ
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