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小笠原文雄「朗らかに生きて清らかに旅立てる健やかな社会に変えたい」

最終更新日時 2020/08/31

小笠原文雄「朗らかに生きて清らかに旅立てる健やかな社会に変えたい」

医師・医学博士であり、日本在宅ホスピス協会会長である小笠原文雄氏の信条は、「末期がんなど、病状がどんなに絶望的な患者でも、最期まで自宅で朗らかに暮らし、清らかに旅立てるようにケアすること」。2013年、社会学者・上野千鶴子氏との共著『上野千鶴子が聞く 小笠原先生、ひとりで家で死ねますか?』(朝日新聞出版)がベストセラーに、2017年刊行の『なんとめでたいご臨終』(小学館)は14刷を数えるロングセラーとなっている。2020年には健やかな社会づくりに貢献した人に贈られる「ヘルシー・ソサエティ賞」を医師部門で受賞。今回はこれまで1,500人以上の患者を在宅で看取ってきた小笠原氏に、在宅医療がなぜ幸せな死をもたらすのか、ご自身の死生観を交えて語っていただいた。

文責/みんなの介護

「家にいたい」という願いが叶うと、清らかに旅立てる

みんなの介護 小笠原さんの著書『なんとめでたいご臨終』を拝読して、感銘を受けました。親を看取ったばかりの家族が笑顔でピースしている写真を見て、家族の皆さんも晴れやかなお気持ちになられていたのではないかと思います。小笠原さんが病院ではなく、在宅医療にこだわっているのはなぜでしょうか。

小笠原 答えは簡単です。ご本人の「家にいたい」という願いが叶うと、朗らかに生きて清らかに旅立てるので、ご遺族が目に涙を浮かべながらも「よかった~」と笑顔で見送ることができるんです。 “なんとめでたいご臨終”の現場に立ち会えたご遺族もうれしそうで、私自身もとてもうれしい気持ちになります。こういったことは病院ではありえなかったことでした。だからこそ、在宅医療、在宅看取りが大切なんですよね。

みんなの介護 誰でも在宅医療は受けられるのでしょうか。

小笠原 もちろんです。厚生労働省の調査では、終末期の療養場所について約6割の人が自宅療養を望んでいるにもかかわらず、自宅で死を迎えられる人は15%以下です。末期がんでも、ひとり暮らしでも、お金がなくても、誰でも在宅医療や在宅看取りは可能だということを知ってもらいたいので、日本在宅ホスピス協会会長として啓発活動しています。

自宅で穏やかに旅立った患者との出会いから、本格的に在宅医療に取り組むように

みんなの介護 小笠原さんが在宅医療をもっと普及させたいと考えるようになったのは、何かきっかけがあったのでしょうか。

小笠原 名古屋大学医学部を卒業後、病院に勤務しながら研究生活を続けました。ところが目を悪くし、勤務医としての激務が難しくなったので、1989年、岐阜市内で小笠原内科を開業しました。開業する前は往診しないつもりでしたが、妻から「断ると患者さんがかわいそうだから」と言われ、開業当初から在宅医療と訪問看護を始めることに。そして開業3年後の1992年、私の人生を一変させた診療体験がありました。

みんなの介護 どういった体験だったのか、詳しくお聞きしてもよろしいですか。

小笠原 大腸がんから腸閉塞になり、病院で緊急手術を受けた2年後に在宅医療を開始したNさん(72歳)という男性がいらっしゃいました。ある日、いつものように午前8時過ぎに訪問診療を終えて帰ろうと玄関を出た私に、奥さんが「先生、男の人って最期までかっこつけるのね」と話しかけてきました。話を聞いてみると、その前日、Nさんから「明日、旅に出るから、いつものように鞄と靴を用意してくれ」と言われたそうです。「どこに行くの?私も連れてって」と言うと、「今度は遠いところに行くから、君は家で待っていなさい」と言われたとか。それで今朝、鞄と靴を枕元に置いておいたのだそうです。私はおもわず奥さんに「えっ、Nさん、今日死ぬつもりなの?」と聞いてしまいました。何故、驚いたかというと、その日の朝のNさんは終始にこやかで、すぐに亡くなるとは思えなかったからです。

みんなの介護 まるで医療ドラマを見ているようですね。それから、どうなりましたか。

小笠原 Nさんの奥さんから「たった今、主人が旅立ちました」と電話が入ったのは、その2時間後です。私が「すぐ往診します」と返事すると、奥さんは「先生、主人はもう旅立ったんですよ。それよりも目の前の患者さんを診てあげてください。うちへはそれから来てくださればいいですから。主人がこんな幸せな死に方をしてくれて嬉しいんです」と言われ驚きました。もっと驚かされたのはNさんの死に顔があまりに穏やかで、笑みを浮かべていたことです。それまで、病院で数多くの患者さんの死を見てきましたが、死ぬときは苦しいのがあたり前だと思っていました。「何故、穏やかに死ねたのか」という疑問がおこり、探求心が私の中に芽生えたんです。

笑顔で長生きするコツ「あくび体操」

ところ定まれば、こころ定まる

みんなの介護 小笠原さんが提供されている「在宅ホスピス緩和ケア」とは、具体的にどういった医療なのでしょうか。

小笠原 言葉を一つひとつ説明しましょう。「在宅」とは、患者さんが暮らしているところ。「ホスピス」とは、いのちを見つめ、生き方、死に方、看取りのあり方を考えること。「緩和」とは、痛みや苦しみを和らげること。「ケア」とは、人と人がかかわり、お互いにあたたかいものが生まれ、生きる希望が湧き、力がみなぎること。「在宅ホスピス緩和ケア」とはこんな在宅医療です。

みんなの介護 「ケア」と聞くと介助などをイメージしますが、ここではどういったケアになるのでしょうか。

小笠原 ケアと言っても2つあります。1つ目のケアは何らかの物理的・身体的な行為です。介護では、掃除・洗濯・調理・買いものなどの「生活援助」と、食事・着替え・入浴・排泄などの介助を行う「身体介護」を指すのが一般的でしょう。医療では、痰(たん)の吸引や経管栄養注入など、医療的ケアを指す場合が多いですね。2つ目のケアはこころのケアです。「在宅ホスピス緩和ケア」を実践する中で重要視しているのはこちらのケアになります。患者さんと医療・介護スタッフのこころが通いあうことで、患者さんが安心されるだけでなく、医療・介護スタッフも癒される関係が生まれます。

みんなの介護 病院よりも自宅であれば、患者さんは気も休まって、こころのケアの質も一層高まりますね。

小笠原 そうですね。病院は安心できる場所のようで、実は病気と闘うというストレス空間でもあります。対照的に「住み慣れた暮らしの場所」は癒しの空間です。私は、「生まれる所は決められないが、死ぬところは自分で決める。ところ定まれば、こころ定まる。その人らしい暮らしの中に、希望死・満足死・納得死がある」といつも話しています。自宅に限らず、「ここに居たい」と思える場所で暮らすことが安心につながるのです。ストレスを取るには「あくび体操」もいいですよ。あくびをするとリラックスでき、血管を拡張させます。『なんとめでたいご臨終』にも記載しましたが、あくび体操は血管拡張療法としてだけでなく、心臓リハビリ・呼吸リハビリにもなり、誰にでもリラックス効果があります。

余命5日と言われた患者も自宅に戻ったら8年も長生き

みんなの介護 小笠原さんが治療した患者さんの中には、病院を退院して自宅療養したからこそ長く生きることができた、という人も少なくないようですね。

小笠原 そういうケースをたくさん見てきています。その象徴的な例が、『なんとめでたいご臨終』に書いた「退院したら5日の命」のYさん(女性)でしょう。当時60代後半で子宮腫瘍などを患っていたYさんは、大量の胸水と腹水に苦しみ、「このまま入院していれば1ヵ月の命、退院したら5日の命」と医師に宣告されていたそうです。2012年1月、Yさんの妹夫婦が小笠原内科の相談外来に来て、「姉は家にひとり残してきた目の不自由な息子が心配なんです。家に帰りたいと願っていますが許可がおりません。何とかしてください」といわれました。そこで、Yさんが入院する病院でカンファレンスを開いてもらい、妹夫婦と小笠原内科のスタッフ総勢7名で行って、主治医に「たとえ5日の命でも、息子と暮らす家で死ねたら本望ですよ。退院させてあげてください。退院後、また入院したいと言えば、そのときは入院させてください」と、頭を下げたのです。その結果、Yさんは緊急退院できました。

みんなの介護 小笠原さんの本を読んで、「緊急退院」できることを初めて知りました。

小笠原 話し合いは必要ですが、緊急入院と同様に、緊急退院もできるんです。Yさんの緊急退院後、在宅ホスピス緩和ケアとして私がまず実行したのは、点滴液の変更です。Yさんの顔や体もパンパンに膨れあがっていたからです。入院中、Yさんは一切食事ができなかったので、1日に必要なカロリーを摂取するため、1,500kcalの高カロリー輸液を2,000ml点滴されていました。また、1日1,200mlもの胸水を抜いていたので、脱水にならないよう、1日1,000mlの水を命がけで飲んでいたそうです。そんなことをしていれば、顔も体もむくむのはあたり前ですね。だから私は思い切って、点滴のカロリーを10分の1に、水を5分の1に減らしました。

みんなの介護 必要なカロリーを減らして、Yさんはどうなりましたか。

小笠原 まず、むくみが改善しました。胸水も減り、呼吸が楽になり、空腹感が生じたんです。少しずつ食べられるようになったので、ご本人も生きている実感・喜びを噛みしめていました。何より、息子さんと一緒にいられる安心感が、Yさんのこころを朗らかにしたのでしょうね。退院5日目で、少し元気を取り戻しました。

みんなの介護 退院したら5日の命と言われていたYさんが、退院5日目で元気になったんですね。

小笠原 そうです。1ヵ月後には介助されながら日向ぼっこができるようになり、2ヵ月後には大好きな畑仕事もできるようになりました。腫瘍マーカーであるCA125の値も、2ヵ月後にはまだ2,040ありましたが、3年後には正常値の9まで下がりましたね。私が2019年1月に出演した『世界一受けたい授業』(日本テレビ系列)では、Yさんが畑で採れた大根を両手で持ち上げ「バンザ~イ」と喜んだ姿が大きな反響を呼びました。「退院したら5日の命」と言われてから8年後の2020年、Yさんは息子と暮らした家で笑顔で旅立たれたんですよ。

みんなの介護 まさに在宅ホスピス緩和ケアの賜物ですね。

小笠原 そうですね。訪問診療の際に一緒に楽しんだ「あくび体操」が懐かしいです。

亡くなる直前まで元気でいられる在宅ホスピス緩和ケア

みんなの介護 最近、在宅ホスピス緩和ケアを受けられた方で印象に残っている方のお話を聞かせてください。

小笠原 はい。入院中のEさん(70歳女性)は血液疾患の末期状態、肺炎も患い高熱で、いつ死んでもおかしくない状態でした。さらに新型コロナウイルス感染予防で面会もできないため、家族が「Eさんは家に帰りたがっているし、会えないままお別れするのは嫌だ」と、小笠原内科の相談外来に来ました。

緊急退院後、Eさんに在宅ホスピス緩和ケアを提供すると、熱も少し下がり、家族とプリンを食べたり、テレビを見たりしながら家族との時間を楽しんでいました。ところが退院12日目の夕方、Eさんの血圧は突然下がり、翌朝、旅立たれました。Eさんのお顔は微笑んでいて、ご家族も「家に帰れてよかった」と喜んでいらっしゃいました。

在宅ホスピス緩和ケアを受けると、亡くなる直前まで元気でピンピンと過ごし、亡くなるときはころりと旅立たれる方が多いのです。「ピンピンころり」ができると患者本人はもちろんのこと、見送るご家族も喜ばれます。

安楽死に関する脚本家・橋田壽賀子氏との対談

みんなの介護 安楽死をめぐっては、2017年に『安楽死で死なせて下さい』(文春新書)を書いてベストセラーになった、脚本家・橋田壽賀子さんとも対談されていますね。

小笠原 はい、有意義な対談でした。橋田さんからは「他人に迷惑をかけるのは嫌だから“安楽死”で死なせてください」と言われました。

みんなの介護 橋田さんの反応はいかがでしたか。

小笠原 在宅ホスピス緩和ケアの説明をしました。

在宅ホスピス緩和ケアを受けると、耐え難い苦痛で苦しんでいた方も含めて、多くの方は笑顔が戻り、最期は苦しむことなく亡くなっていく。というのも、在宅ホスピス緩和ケアでは、病気と戦う治療ではなく、痛みと苦しみを取り除き、生きる希望が湧くケアをするからです。

居心地の良い自宅に戻って、こころのケアまで含めた在宅ホスピス緩和ケアを受けることで、患者さんは人間らしい暮らしを次第に取り戻し、病人とは思えないくらい元気になっていく。そして急に歩けなくなり、その後3~7日のごく短い日数の間に穏やかに死ねます。だから安楽死を考えなくても良いのです。その上で、「迷惑をかけたくないって言うけど、医者は人の命を救うために医者になるんですよ。その医者に『殺してくれ』というのは迷惑の極みですよ」と伝えました。橋田さんはハッとされたようでした。

安楽死以外に今の状況を打破できる方法を知らなければ、短絡的に安楽死を希望することも理解できます。しかし、ほかに苦痛を取りのぞく方法や生きる希望を見出せる方法があることを教えてあげれば、きっと話に耳を傾けてくれるでしょう。

死ぬまで意識をなくす「持続的深い鎮静」は“抜かずの宝刀”

「持続的深い鎮静」は患者を二度死なせ、従事者にトラウマを与えてしまう

みんなの介護 医学界には、「安楽死」とごく近い概念の言葉として、「持続的深い鎮静」というものもあると聞きました。

小笠原 どちらも耐え難い苦痛があり、本人の強い希望で行うという点では同じだと思います。しかし、「安楽死」は死なせる行為であり、「持続的深い鎮静」は、死ぬまで眠らせる行為という点が異なります。目的が違いますよね。

持続的深い鎮静は、患者さんの耐えがたい苦痛を緩和するために、強力な催眠鎮静剤を用いて、患者さんを死ぬまで眠らせる鎮静法ですが、持続的深い鎮静をされた患者さんは、二度死にます。一度目に「こころの死」、二度目に「肉体の死」です。二度も死ぬなんて、残酷なことだと思いませんか。

みんなの介護 確かに、患者さんが気の毒で可哀相な気がしますね。

小笠原 それだけではありません。持続的深い鎮静に関わった医師や看護師、ご遺族の中には、トラウマや心の重荷になったり、精神科に通われる方もいらっしゃいます。

持続的深い鎮静を使えば、患者さんは苦しみから解放されますが、意識もなくなり、ご家族と今生の別れにもなります。この鎮静法が道義的に許されることなのかどうか、医療従事者の間でも以前から議論されてきました。例えば2016年1月、NHK『クローズアップ現代』の「“最期のとき”をどう決める?“終末期鎮静”をめぐる葛藤?」という特集の中で、持続的深い鎮静が取り上げられ、私もコメンテーターとして意見を述べたことがあります。

持続的深い鎮静は最後の手段として必要な医療だと思っています。しかし、“抜かずの宝刀”です。末期がんなどで瀕死の状態にある患者さんがいて、もはやどんな薬も治療法も効果がなく、耐えがたい苦痛にのたうち回っているとすれば、何としてでも「楽にしてあげたい」と思うのが人情でしょう。そのための鎮静法は必要です。しかし、まだ楽にしてあげる方法があるにもかかわらず、安易に持続的深い鎮静をすることは、医の倫理からも許されません。苦痛を取り除く方法がわからないときはスキルのある医師に聞くべきだと思います。

みんなの介護 持続的深い鎮静で印象に残ったケースはありますか。

小笠原 はい、Qさん(90歳男性)のケースがあります。Qさんは、白い壁に白いシーツという色のない無機質な部屋の中で生きる気力をなくし、酸素吸入をしながら「家に帰りたい」と苦しんでいました。その後、心不全の憎悪による耐え難い苦痛の対処法として持続的深い鎮静を勧められたのです。

みんなの介護 結局、その方は持続的深い鎮静をすることになったのでしょうか。

小笠原 いいえ。持続的深い鎮静を拒否し、緊急退院されました。その後、在宅ホスピス緩和ケアを開始。苦しみが和らいだようで、生活感溢れるあたたかい家の空気や家族との時間の中でQさんは笑顔を取り戻しました。緊急退院から1週間毎日朗らかに過ごされたQさんは、家族全員の笑顔に見送られて旅立ちました。

痛みを取ることが笑顔への近道

みんなの介護 耐えがたい苦痛がありながら、持続的深い鎮静を行わずに済む方法があるんですか。

小笠原 ありますよ。在宅ホスピス緩和ケアを提供してもらうことです。具体的には、モルヒネの持続皮下注射、自分で痛みが取れるPCA(Patient Controlled Analgesia)を躊躇なく使うこと。さらに、苦しみの原因である大量の点滴を減らしたり、夜だけ熟睡する「夜間セデーション」を行ったり、こころのケアをしたりすることです。

みんなの介護 モルヒネ、特にPCAの使い方がポイントなんですね。PCAについて詳しく教えていただけますか。

小笠原 PCAとは痛みが出たときに本人自身がボタンを押す鎮痛の装置のことです。ボタンを押すとモルヒネが投与されます。痛みが取れるまで何度押してもいいのです。実際にはPCAは15分に1回しか作動しないように調整しているので、呼吸抑制で死ぬことはありません。だから安心して過ごすことができます。

多くの医師は呼吸抑制を怖がって、モルヒネを小出しに使いますが、小出しに使っていると痛みがひどくなることがあります。痛みを緩和しないと、痛みは2倍にも3倍にも増幅され、耐え難い痛みになってしまうのです。医師は「絶対に痛みを取る!」と腹をくくり、ときには大胆にモルヒネを使う勇気も求められます。

みんなの介護 そのほかにも、痛みの緩和に適しているものがあれば教えてください。

小笠原 「夜間セデーション」というものがあります。夜間セデーションとは、夜だけしっかり睡眠薬を使うことです。患者さんは夜中ぐっすり眠ることができ、朝目が覚めるので、とても安心されます。万が一、夜中に病気の悪化で死ぬことになっても、眠りの中で旅立てるので、ひとり暮らしの方にはとても喜ばれます。

モルヒネや夜間セデーションを上手に使い、在宅ホスピス緩和ケアをすると、苦痛が取れて安心できます。安楽死や持続的深い鎮静を必要としない、健やかに暮らせて笑顔で旅立てる社会が良いですよね。

医療と介護のスペシャルチームで患者をサポート

みんなの介護 小笠原さんは、ひとり暮らしの患者さんの在宅看取りを実践されていますね。難しくないのですか。

小笠原 それほど難しくないですよ。ひとり暮らしの患者さんの在宅看取りが難しいと思われる理由に、「夜中に急変したら不安」とか「離れて暮らす家族の反対」、「お金の心配」、「孤独死ではないか」、「介護は大丈夫なのか」などが挙げられます。これらがすべて解決されたら安心ですよね。

在宅ホスピス緩和ケアなら解決できます。具体的な方法は、1)モルヒネで痛みの不安を取り除く、2)夜間セデーションで夜はぐっすり眠れる、3)離れたご家族とサポートチームが情報共有アプリを使うことで、医療・看護・介護すべての情報がリアルタイムに把握、4)介護保険で生活を支援、5)緊急時用に、電話の近くに注意事項と訪問看護ステーションの電話番号を記載、6)ご本人の気持ちを何度も確認できるように「アドバンス・ケア・プランニング(ACP:人生会議)」を行う、などです。

小笠原内科で看取ったひとり暮らしの患者さんは約100人ですが、約9割の方が誰かがいるときに旅立たれています。大好きなヘルパーさんが来た日や妹が遊びに来た日、遠方の孫が見舞いに来てくれた日など、喜びの中で旅立たれる方が多いです。反対に「ひとりで死にたい」と希望された方は、全員願いが叶っています。“人は死ぬときを選ぶ”と思わずにはいられません。

みんなの介護 それはとても不思議ですね。

小笠原 はい、私はこれを“いのちの不思議さ”と呼んでいます。ひとり暮らしの患者さんの在宅ホスピス緩和ケアで欠かせないのがチームの存在と、医療・看護・介護などの多職種連携です。他の専門医の協力やボランティア、地域との関わりまで含めて進めていきます。小笠原内科には、これら全ての司令塔となる「トータルヘルスプランナー(THP)」という専門職がいることも、ひとり暮らしの方の看取りを成功させている要因ですね。

独居の在宅看取りで自費負担があったのは1割未満

みんなの介護 独居の方を支援するのにこれだけ対策すると、相応のお金がかかるのではないでしょうか。

小笠原 2000年に介護保険ができたおかげで、あまりお金がかからなくなりました。小笠原内科が2017年7月から2020年6月までの3年間で独居の在宅看取りをした患者数は37人(うち、26人はがん患者)、うち自費ヘルパーの負担があったのはたった2人で、1割未満でした。自費ヘルパー代を除くと、かかった費用の平均は死亡月で約4万5,000円、その1ヵ月前は約3万5,000円、2ヵ月前は約2万5,000円だったので、皆さんが思っていらっしゃるよりも安いなという印象ではないでしょうか。

みんなの介護 先ほど、「在宅ホスピス緩和ケアはチームプレイ」だというお話を伺いました。日頃から何か実践していることはありますか。

小笠原 「とにかく、人の話をよく聞く」ということですね。地域の特性や家族関係のことなど、わからないことは看護師に聞いています。

医療についても、特に自分の専門外の分野でわからないことがあれば、その分野の医師に「すみません、教えてください」と頭を下げます。また、家族や、ケアマネージャー、介護職、ボランティアの方たちからも、いろいろ教えてもらうことがあります。人の話を聞くことは「こころのケア」にもつながる、とても重要な作業だと認識しています。

死ねる喜び”を感じられる「なんとめでたいご臨終」は遺族への贈り物

「あんまり悔しいので、夫を3日待たせることにしました。」

みんなの介護 小笠原さんのご著書『なんとめでたいご臨終』で、「明日旅立つから、鞄と靴を用意してくれ」と奥さんに告げて亡くなられた方のお話がありました。聞くところによると、その後にその方の奥さんも看取られたそうですね。

小笠原 そうなんですよ。最後にそのNさんの奥さんのケースをご紹介しましょうか。Nさんが1992年に笑って旅立った後、奥さんは元気にひとり暮らしを続けていました。間質性肺炎を患った彼女が寝たきりになったのは、2017年6月のことです。

奥さんが寝たきりになって1週間ほど経った頃のことです。訪問看護を終えて戻ってきた若い看護師が、不思議そうな顔で私に「奥さんが『昨晩、主人が私を迎えにきて、そこに立っていました』と、部屋の隅を指差すんです。奥さんにはせん妄(意識障がいの一種。妄想や幻覚、幻聴を体験する現象のこと)の症状が出ているみたいです。先生、ちょっと奥さんの様子を見にいっていただけませんか」と報告してきました。報告してくれた看護師は、訪問看護の仕事に就いてまだ日が浅かったので「せん妄」と言いましたが、私たちは、空気が和むので「お迎え現象」と呼んでいます。死期の近づいた患者さんにはよくある現象で、特別珍しいものではありません。

そこで私が奥さんの様子を見にいくと、特別変わった様子はありませんでしたが、私にも「昨日、夫が迎えにきました」と言いました。「ああ、そうなの。それじゃあ、一緒に逝くの?」と聞いてみると、奥さんはにっこり笑って、こう言いました。「先生、西方浄土って広いんですね~。主人ったら私を25年間もひとりでほったらかしにして旅を続けていたんですよ。迎えに来るのが遅すぎます。あんまり悔しいので、夫を3日待たせることにしました。3日後に旅立ちます」と。

みんなの介護 ずいぶんかわいらしい奥さんですね。

小笠原 今思うと不思議なんですが、ちょうどそのタイミングで『なんとめでたいご臨終』の見本が送られてきたんですよね。それでその日に持参して「せっかくだから」と、冒頭のNさんのエピソードを奥さんに読んで聞かせてあげました。すると奥さんは涙を流しながら喜んでくれました。

みんなの介護 奥さんはその後、予言どおり3日後に旅立ったのでしょうか。

小笠原 そうはならなかったんです。1週間後に奥さんを訪ねてみると、満面の笑みでした。「あれ、3日後に死ぬんじゃなかったの?」と私が冗談めかして聞くと、「だって先生の本、おもしろいんだもの。読んでたら頭がさえちゃった」と茶目っ気のある返事。彼女は3回も読破して、30日後に夫の元へ旅立たれました。

人生に満足し、遺族も納得できる死に方ができる社会にしたい

小笠原 (写真を見せながら)これが、奥さんが旅立ったときの写真です。周りを囲み、笑顔でピースをしているのがご遺族です。

みんなの介護 とても良い写真ですね。読者の皆さんにお見せできないのがもったいないくらいです。

小笠原 この写真を見ていて、ふと思うんですよね。このとき、奥さんは振り返りながら、「おやおや、みんな笑顔でピースをしているのね。わたしの生き方・死に方が良かったんだね。じゃあ安心して、あの世へ旅立とうかな」と微笑んでいたんじゃないかなって。

どうせ生きるなら笑って生きたい。最期まで“生きる喜び”を感じて暮らしたい。しかし、人間には必ず死が訪れます。「どうせ死ぬなら笑って死にたい。遺された人のお役に立ちたい」。そんな“死ねる喜び”を感じられたら、幸せの極みだと思います。

本人が希望を持って生き、人生に満足し、遺族も納得できる死に方ができる、つまり「希望死・満足死・納得死」の願いが叶う理想的な生き方・死に方を「なんとめでたいご臨終」と呼んでいます。誰しもが叶えられる健やかな社会にしたいですね。

小笠原文雄氏の著書『なんとめでたいご臨終』(小学館) は好評発売中!

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森田豊
医師・医療ジャーナリスト
2022/11/07