みなさん、こんにちは。甲斐・広瀬法律事務所の弁護士で、「介護事故の法律相談室」を運営している甲斐みなみと申します。
今回は、重大な結果が生じやすい誤嚥事故を例にとって、損害賠償請求が認められるのかどうかを検討・解説していきます。
深刻な結果が生じやすい誤嚥事故
介護事故には転倒・転落事故のほか、誤嚥、入浴中の溺死などさまざまな類型があります。
今回のテーマである誤嚥事故は、転倒・転落事故ほど頻度は高くありませんが、深刻な結果が生じやすい事故になります。
それはひとたび気道に食げ物が詰まってしまうと、窒息死に至ることが多くあるからです。
もし一命をとりとめることができても、低酸素脳症になり後遺障害が残ることが多いです。
私自身が相談を受けてきた中で、実際に損害賠償請求の手続まで行うのは誤嚥事故が一番多いです。
それは、死亡等の重大な結果が生じることが多いためだと思われます。
誤嚥事故の原因
それではまず、誤嚥事故が起こってしまう原因について考えてみましょう。
- 食材や提供方法
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提供した食材が飲み込みにくく、本人の嚥下(えんげ)能力に合わせた大きさでなかった場合、誤嚥事故の原因となることがあります。
昔から、お餅を喉に詰まらせて高齢者が亡くなったというニュースが絶えませんよね。
これはご本人の嚥下能力に合わない、誤嚥しやすい食物を提供してしまったからだと考えられます。
- 見守りや介助の問題
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二つ目に、十分な見守りをせず、あるいは食事介助の方法が適切でなかったことが原因になることがあります。
被介護者によっては一口ずつ「ゴックン」と飲み込んだかの確認が必要な場合がありますし、口の中に食べ物が残っていないかまで確認が必要な場合もあります。
- 誤嚥後の措置
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三つ目に、誤嚥後の緊急対応が、深刻な結果を招く原因になることがあります。
誤嚥した場合、口腔内の物を除去し吸引したり、背中を叩いたり、救急車を呼ぶなど、迅速かつ適切な対応をすることが求められます。
ところが事案によっては、誤嚥が疑われたのに救急車を呼ぶのが遅かったということがあります。
ただ誤嚥が生じた後の措置が問題となる場合、はたして適切な措置を取っていれば助かったのか、という因果関係の問題がつきまといます。
判例に基づいた事例解説
それでは誤嚥が原因で、低酸素脳症の後遺障害が残ったケースに沿って、損害賠償請求が認められるかを検討していきたいと思います。
ある判例(熊本地方裁判所平成30年2月19日)を基に解説していきましょう。
「誤嚥注意」と診断されていた女性
70歳で認知症とパーキンソン病を患っていた女性の利用者Xのケースです(※実際の事案は大脳皮質基底核変性症でしたが、病名を変更した事案を設定しています。)利用者Xは1月から、特別養護老人ホームYのショートステイを利用していました。
入所当時は時間をかけつつ、自分で普通食を食べていましたが、半年ほど経つと自力で食事を摂取しないことが増え始めていました。
そして8月になったとき、利用者Xは要介護4と認定されました。
このとき主治医による意見書では、食事は「全面介助」とされ、留意点として「誤嚥に注意」と記載されていました。
それから女性Xは、10月に正式にその特別養護老人ホームYに入所しました。
そのとき施設が作成した利用者Xのケアプランでは、食事前後に口腔内を確認することが記載されています。
しかし入所して翌月の11月、利用者Xに誤嚥事故が発生。
誤嚥事故当日の利用者Xの夕食の介助は、その施設の介護士Zが行っていました。
利用者Xは4割ほど食べ終えた時点でしゃっくりが出始めましたが、介護士Zが利用者Xに食事を続けるか尋ねたところ、Xは(身振り等で)食べると答えたそうです。
そのとき、まだしゃっくりはおさまっていませんでしたが、Zは食事介助を継続。
女性Xが6割ほど食べ終えた時点で、しゃっくりはさらに強くなりました。
Zは再び食事を続けるか尋ねたところ、Xは(身振り等で)もういいと言いました。
そこで介護士Zは食事介助を中止し、Xの口腔内に食物が残っているか確認することなくその場を離れました。
食事を終えてからしばらく経って、Xが苦しそうに汗をかいているのを別の職員が発見しました。
看護師が口腔内から少量の残渣物を掻き出し、背部を叩き、吸引器で吸引したところ、米粒状の残渣物が吸引されました。
Xはその後、救急搬送され、一時は心肺停止に陥りましたが蘇生。しかし、低酸素性脳症の後遺障害が残ってしまいました。
過失についての判断
過失(あるいは安全配慮義務違反)が認められるためには、事故の結果を予見することができた(事故の予見可能性があった)にもかかわらず、結果を回避する措置を怠った(事故の回避可能性があったのに回避義務を果たさなかった)ことが必要です。
ここからは、介護士Zに過失があったかを考えていきます。
過失とは、事故の結果を予見でき、避けることができたのに、その注意を怠ったことをいいます。
事故の予見可能性
過失の判断をするためには、事故にあった方が、事故前にどのような心身の状態であり、どのような介護を要する状態であったかを把握する必要があります。
この事例に沿って確認していきましょう。
①身体状態の確認
- 利用者Xは認知症とパーキンソン病で要介護4であった
- 1年前までは何とか自分で食事の摂取ができていたが、今年の夏(事故3か月ほど前)からは食事摂取が困難となった
- 事故3か月前の主治医意見書では食事は全面介助で、誤嚥に注意が必要と記載されていた
被介護者のこういった心身状態を前提としたとき、介護者Zの対応に過失がなかったかをみていきましょう。
この事例では、利用者Xは事故の3か月前から食事摂取が難しくなり、この時点で要介護認定が3から4に上がるほど能力の低下が認められます。
そして、要介護認定が4に上がる時の主治医意見書では誤嚥に注意が必要であると記載されていました。
これに加えて、事故が起こった時には、Xにしゃっくりが出ています。
喉に食べ物が残っているタイミングでしゃっくりが出ると、嚥下のタイミングがずれ、誤嚥する危険が高いといえます。
また、ケアプランで食後に口腔内の確認をすると書かれていたことから、口腔内に食物が残存することによる誤嚥のリスクもあったといえるでしょう。
したがって、Xが事故時の食事の際に誤嚥を起こすリスクは、十分に予見することができたといえそうです。
誤嚥事故の場合、利用者側が敗訴している裁判例では、誤嚥事故を「具体的に予見することが不可能であった」という理由で過失が認められず、敗訴していることが非常に多いです。
「具体的に予見」することができたかどうか、これが勝負の分かれ目と言ってもよいと思われます。
事故の回避可能性
結果を予見できたとしても、結果を回避できる手段があったのか、これを行う義務が介護士Zにあったのかも重要です。
これを「結果の回避可能性」といいます。
今回のケースでは、しゃっくりが出た段階で、介護士Zが食事介助を中断し無理に食べさせようとしなければ、そもそも誤嚥は生じなかったと考えられます。
また、嚥下能力が低下してきた人は、口腔内に食べ物をためてしまうことがあるので、食事介助をした人が「ゴックンと飲み込んだかどうか」、「口の中に食べ物が残っていないか」を確認する必要があります。
本件では、介護士Zは、飲み込んだかどうかの確認はしていたようですが、口の中に食べ物が残っているかどうかまで確認せずに、その場を離れてしまいました。
本件の経過からすれば、食事をいったん終えた後に(判決では、食事を終えてからXが苦しそうにしているところが発見されるまでの正確な時間が不明ですが、前後の記載からすると、おそらく数分程度後に)、Xの容態が急変しています。
Xの口の中には食べ物が残っており、それが誤嚥につながったと考えるのが自然です(その時にしゃっくりが続いていた影響もあるかもしれません)。
以上のとおり、予見可能性も結果回避可能性も認められることから、過失ないし安全配慮義務違反は認められそうです。
判決の詳細
熊本地裁の判決は以下のとおりです。
過失の有無
介護士Zは、利用者Xのしゃっくりが治まっていないのに、すまし汁などの流動性の高い食物を与える食事介助を継続。
その途中でしゃっくりが強くなったにもかかわらず、食事介助の終了時に口腔に食物が残っていないことを確認せずに離席。
これらの理由から、介護士Zには安全配慮義務違反があった。
介護士Zには、介護サービスの契約に基づく債務不履行としての過失、あるいは安全配慮義務違反が認められます。
介護サービスの契約をしていた特別養護老人ホームYには、一定の賠償義務が認められそうですね。
過失相殺
利用者側にも一定の落ち度があれば、損害賠償の額が減額されるという「過失相殺」が認められることがあります。
ただ今回のケースをみたところ、利用者Xの側に落ち度はないと思われます。
利用者Xの損害額
実際の損害額について、裁判所はXの被った損害として、事故前のXの状態と事故後のXの状態を比較して慰謝料を判断しました。
具体的には、利用者Xは事故以前、認知機能や日常生活上の能力が低下していたものの、見守りがあれば杖で歩行することができ、施設の行事に参加することができていました。
しかし事故後は、寝たきりとなって行動能力のほとんどを失うに至ったことから、慰謝料を1200万円と認定しました。
そして特別養護老人ホームYに、入院諸費用等の損害を加算した約1960万円の損害賠償を利用者Xにするよう命じる判決を出しました。
なぜ事故は起こったか
今回のケースをもとに、どうして事故が起こったのか、どうすれば事故を防ぐことができたのかを考えてみたいと思います。
判決を読んでいると、施設側としては、Xの食事がなかなか進まないことがある中で、何とか全量を摂取させてあげたいという気持ちを持っていたようです。
そのことが、しゃっくりが出ても食事を無理に継続したことにつながったのかもしれません。
しかし、判決でも、介護士Zに介護に関する知識や経験が十分でなかったために、しゃっくりによる誤嚥の危険についての認識を欠いたのではないかと指摘されている部分があります。
介護に携わる者としての知識・経験の不足が一つの原因かもしれません。
また、決定的なのは、ケアプランでも、食事後は口腔内を確認することとされていたのに、Zがこれをせずに席を離れた点です。
決められているルールをその通りに実行しなかったことも、事故につながったと言えそうです。
事故を予見できたかを見極めるポイント
先ほど、誤嚥事故の事案では、誤嚥を「具体的に予見」することができたか否かが勝負の分かれ目と思われると述べました。
この「具体的に予見」することができたかに関して、ポイントとなるのは、これまでの介護経過の中で、誤嚥しそうな出来事があったかどうかです。
熊本地裁判決の事案では、しゃっくりが出ているのに食事を続けたという特殊性もあってか、ショートステイ利用中や入所後に、Xに誤嚥しそうな出来事があったかどうかがわかりません。
そこで、私の経験した誤嚥事故の事案を例にとって、少しだけ補足説明をさせていただきます。
介護経過で事故の結果を予見できたケース
私が担当した事案で、脳梗塞による後遺症と認知症のため、よく噛まずに食べ物を口に入れる傾向のある利用者が、誤嚥事故で死亡したケースがありました。
依頼を受けて介護記録を検討したところ、最後の誤嚥事故が発生する前からヤクルトを飲んでむせたとか、次から次へと食べ物を口に入れてむせている、または口腔内に食べ物が残っていたといった記載がたくさんありました。
また、事故2日前には、施設内でカンファレンスが行われ、当該利用者については、口腔内に食べ物をたくさん詰めるので、食事の際の見守りを必ずしないといけないことが話し合われていました。
このような介護経過を踏まえて、誤嚥は「具体的に予見」することができたと主張したところ、この事案はスムーズに示談で解決できました。
このケースからも分かるように、介護経過の中で、リスクを感じるような出来事があったかどうかも重要なポイントとなります。
例えば、これまで誤嚥について何のリスクも指摘されておらず、ご家族も誤嚥については特に心配してもいなかったのに、施設に入所した初日や翌日に、突然食べ物が詰まって窒息死したという事案のご相談を何度か受けたことがあります。
このような事案では、(ご家族も予測できなかったのですから)事業所側に誤嚥を予見することはできないと思われます。
最後に一言
誤嚥リスクを指摘されていなかった人が、入所直後に誤嚥事故を起こすことがあるということは、施設入所という環境の変化により、心理的に何らかの影響があったことが関係しているのかもしれないと個人的には感じています(全くの想像ですが、緊張して焦って飲み込んだとか、かみ切りにくい物でも家ではないので口から出せず、無理して飲み込んだなど)。
利用者側としては、ヘルパー利用、デイサービス、ショートステイ、施設入所など、段階を踏んで、介護サービスを受けることに徐々に慣れていくことが必要なのかもしれませんね。
今回は、誤嚥事故で重い後遺障害が残った判例の事案を題材に、損害賠償請求ができるかどうか、事故が起こった原因などを検討しました。
次回以降は、異なる介護事故の類型についても、具体的なケースをもとに検討していきたいと思います。
今回のテーマまとめ
- 嚥下に不安があるときは、必ず施設に予め伝えておきましょう
- 被介護者に応じた食事介助を行いましょう
- 食事介助の方法などについて、ご家族は適宜施設に確認し要望を伝えましょう