お迎えに行っても、かたくなに「デイサービスには行かない!」と拒否をする利用者さん。何度行ってもこの対応…もう介護職の我々にできることはないなぁ…。
「宅老所はいこんちょ」を見学
年をとって認知症になっても、介護サービスを受けたがらない人がいます。デイサービスに行ってくれれば、家族は助かるのに…。そんなとき、介護職にできることはあるのでしょうか。筆者の一人(東田)が、「連れ出しの名人」と噂の高い「宅老所はいこんちょ」の小林敏志(こばやし・さとし)さんを訪ねました。

「はいこんちょ」とは、小林敏志さんの故郷、長野県下水内郡栄村の方言で「ごめんください」という意味です。小林さんは地元の大規模施設(老健と特養)で10年間働いたあと、2014年4月、奥さんの実家がある栃木県鹿沼市で「宅老所はいこんちょ」を開設しました。築35年の民家を使った定員15人の地域密着型通所介護事業所です。
はいこんちょ流介護のコツ(1)
その人の得意な何かの先生になってもらう
本人を主体にすると、来てもらえる

「僕の仕事は、デイサービスに行きたがらない人を連れてくることです」と小林さんは言います。家族やケアマネージャーが「どうしても行ってくれない」と諦めた「頑固なお年寄り」を訪問して仲良くなり、「はいこんちょ」へ遊びに来てもらうのです。
なかには、玄関まで来ても入りたがらない人もいます。そういうときは、「みんなと握手だけでもしてください」とお願いし、スタッフが出てきて「また来るのを待ってますよ」といっぱい握手をして帰すのだとか。「今日は雨だから行かない」と断られると、「じゃあ、晴れた日に出直します」と次の約束だけをして帰ります。信頼関係をつくるのに、十分な時間をかけているのです。
「介護を受けてください」と頼んでも来てもらえない人には、その人の得意なことを教えに来てもらいます。元保健師のおばあさんには、体操を教えに通ってもらいました。ポイントは、みんなに教えて欲しいとお願いすること。介護職が「利用させてあげますよ」と誘うのではなく、お年寄りに「仕方がない、行ってあげよう」と思わせるのがポイント。本人を主体にすると、来てもらえるのだそうです。
将棋を教えに来る人、蕎麦打ちを教えに来る人、太極拳を教えに来る人…。「はいこんちょ」には、自分の得意な何かを教えに来てくれるお年寄りがたくさんいます。みんな利用者なのですが、自分がデイサービスで介護を受けているとは思っていないのかもしれません。
はいこんちょ流介護のコツ(2)
誕生日に感謝状を渡してお礼をする
役割を持つことが生きがいになる
「認知症が深くても、自分が好きなことをしているときはイキイキしますから」と小林さんは語ります。居場所がなくなったお年寄りが、役割を持たせてもらうことで「はいこんちょ」が居場所になり、生きがいを取り戻していくのです。
毎月の誕生会には、役割を果たしてくれた利用者に感謝状を出すのも「はいこんちょ」流です。

「感謝状 ○○○○殿 はいこんちょでの蕎麦教室の師範としてご活躍頂き感謝申し上げます。あと3年はよろしくお願いします。他にも、畑仕事や棚の組み立て、囲碁ボランティアなど数えきれないほどの役割を担って頂いております。お忙しいとは思いますが、引き続き地域活動にご尽力頂けたら幸いです。今後ともご支援よろしくお願いします。 平成○年○月○日 宅老所はいこんちょ 所長 小林敏志」
こんな感謝状を渡して表彰式を行うと、お年寄りはすごく喜んでくれるそうです。パソコンの無料ソフトで作り、ラミネート加工を施した感謝状は、認知症ケアの切り札になっています。
はいこんちょ流介護のコツ(3)
利用前からコンタクトしておく
まずは相手との関係づくりから入る
小林さんは、すぐには利用につながらない人でも頻繁に訪問しています。要介護認定を受けていない人であっても、家族が困っていれば会いに行くのです。あらかじめ仲良くなっておけばお年寄りの性格や特技がつかめ、いつか「小林君のいる事業所なら、遊びに行ってやろうか」と思ってもらえるからと語ります。
利用者で、月に何日かうつ状態になって引きこもる94歳のおばあさんがいます。家族とうまくいっていないので、食事のときも自分の部屋から出てこないのです。そんなとき、小林さんは毎日迎えに行きます。食べ物を持って行っても会ってもらえず、置いて帰るだけの日々です。夏場は脱水が心配なので、アルカリイオン水を置いてきます。

「いくら空振りが続いても、朝のお迎えだけは必ず行きます。本人がお願いして行くのではなく、デイサービスからお願いされたから行ってあげるという状態になれば、出てきてもらえますから」
これが小林さん独特の認知症ケアであり、地域への混ざり方なのです。
「ムダが多いと、コストがかかるじゃないか」という意見も出そうですが、「はいこんちょ」は初年度以外黒字が続いています。昨年までは日曜日がお休みでしたが、利用者も働き手も多いので、今年から日曜日もデイサービスを行うことになりました。
現在、2軒目の民家を借りて「地域の居場所づくりを始めたい」と小林さんの夢はふくらみます。最初からビジネスにするのではなく、関係づくりから入る「はいこんちょ」流は、ほかの介護事業所でも参考になるのではないでしょうか。
●地域密着型通所介護●介護保険外事業(お泊まりデイサービス)●自費デイサービス(入浴のみなど)●ナイトステイ(19時~朝7時)●自費介護サービス(病院付き添いや見守り、ゴミ屋敷の掃除など)
〒322-0005 栃木県鹿沼市御成橋町1-2406-8
電話●0289-78-4347 FAX●0289-78-5156

できることは多い。まずは利用者に「お願い」してみよう