こんにちは。介護老人保健施設で介護課長をしている高橋秀明です。
複数の利用者さんが過ごしている介護施設では、利用者さん同士でトラブルになることがあります。
特に、認知症ではない利用者さんが、認知症の方を誹謗中傷してしまうケースが少なくありません。
今回は、施設の利用者さん同士のトラブルについて、どう対応したら良いのかをお話しします。
認知症になると場に合わせた行動が難しい
私たちは家族だったりご近所さんだったり職場だったりと、誰かとつながることで生きていますよね。
そして当たり前ですが、性格、人生経験、価値観などは個々人によって違います。
そのため、人が集まることで「好き・嫌い」が分かれたり、人柄の「良い面・悪い面」などにおいて相性が合わなかったり、という場合があるのです。
このように、どんな人にとっても人間関係は難しいものですが、そこに「認知症」が加わることで、さらに人間関係の複雑さが増すことがあります。
認知症は「さまざまな脳の病気(原因となる疾患は70種類以上と言われている)によって記憶などの知的能力が衰退し、日常生活に支障がある状態」を指します。
脳が司っているのは記憶、認識、理解する能力だけではありません。
人間関係において大切な、感情や欲求に流されることなく物事を判断する能力も司っているのです。
そのため、脳の機能が低下することによって「社会のルールや倫理観に基づいて行動する」「場の雰囲気を乱さないように行動する」などの、場に合わせた対応が難しくなります。
そのことを理解していなければ、認知症の方を「おかしな人」「自分勝手な人」などと思ってしまう可能性があると思います。
認知症の方同士がトラブルになった場合の対応方法
利用者さんの間でトラブルになった場合の対応方法についてお話しします。
まずは、認知症状の方同士でトラブルになった場合の事例を紹介しますね。
談笑していた認知症のAさんとBさんが、急に言い争いを始めました。
それを見かけた僕はしばらく様子を見ていましたが、2人の言い争いが激しくなってきたため、間に入りました。
2人とも中核症状(物を忘れたり、判断力が低下したりすること)が進行しているため会話の内容につじつまが合わず、言い争いを始めた理由は定かではありません。
そこで僕が数分間にかけて場面転換を図ると、場の空気が変わり、2人はまた談笑を始めました。
距離を離すだけが選択肢ではない
トラブルが発生すると、介護施設の職員はトラブルの当事者同士の距離を離して対応しがちになります。
しかし、トラブル回避にのみ焦点をあてすぎると、私たち専門職が利用者さん同士の人間関係を断ち切ってしまうこともあり得ます。
認知症の方は記憶障害により、直前の出来事を忘れてしまいます。
言い争いをしても少し時間が経てばその事実も忘れて、何事もなかったように穏やかな時間を過ごすことができます。
ただ、言い争いがエスカレートすることもあるため、私たちが間に入るタイミングは見極めておく必要があります。
認知症の方と、認知症ではない方がトラブルになった場合の対応方法
次に、認知症の方と、認知症ではない方のトラブルの事例を紹介します。
認知症の方に通所リハビリテーション(以下、デイケア)に通う、アルツハイマー型認知症状態であるCさんのケースです。
Cさんは利用初日に、いきなり大きな声で歌を歌ったり、「あー」と大きな声を発したりしていました。
そんなCの様子を見ていた、デイケアに通うDさんは「ちょっと静かにしてくれない?」とCさんに言いました。
それでもCさんの大きな声が続いたので、Dさんは「うるさいっ!」「静かにしなさい!」と強い口調で注意をしました。
続けて「あの人おかしいよ」「まわりに迷惑をかけていることに気づかないなんて変な人だね」など、Cさんを否定するような発言をするようになりました。
その状況を見た職員たちは、認知症のCさんが強い口調で叱責(誹謗中傷)をされることで、傷つくことや言い争いなどが生じる可能性があることを考慮しました。
そして、2人が接触しないように、ひとまずその日は座席を変更して対応をしました。
他の利用者さんは認知症をよく理解していないことがある
Dさんのような利用者さんと、介護施設で働いている職員は、認知症であるCさんの行動に対して認識が違います。
職員たちは認知症がどのようなものかを理解しているため、Cさんの言動を「場をわきまえない非常識な行為」「自分勝手なふるまい」とは捉えず、このようなことも起こり得ると受け止めることができます。
しかし、Dさんのような他の利用者さんは、もともと認知症であるCさんがどんな人なのかも、認知症がどのようなものかもわかりません。
そのため、認知症のCさんの言動について「場をわきまえない非常識な行為」「自分勝手なふるまい」だと認識してしまい、強い口調で叱責してしまったのだと思います。
このように、認知症の状態ではない利用者さんたちは、認知症の状態にある方に対して「おかしな行動をする人」「困った人」「どうしようもない人」というレッテルを貼りがちです。
その理由として考えられることのひとつに「認知症を知らない、認知症を正しく理解してない」という背景があるのではないかと考えます。
このような場合、認知症の方が安心できる環境を職員がつくりあげ、落ち着いてもらうことに尽力をしたうえで、認知症の状態ではない利用者さんに「認知症」について説明し、理解をしていく必要があると思います。
利用者さんたちは自分が理解できる症状に対しては心配したり、相手の感情を推し量るような言葉をかけてくれます。
それを例えにして説明すると、納得してもらいやすいです。
認知症ではない方に理解をしてもらうためには
具体的には、他の利用者さんに以下のように説明してみましょう。
足を骨折した人を見ると「痛いでしょう、大変ですね」と言ったり、麻痺がある方を見ると「歩けないことって不便だろうな」と相手の立場を考えますよね。
麻痺や怪我などは目に見えるから、心配することができます。
認知症は目に見えませんが、脳の病気によって「新しいことが覚えづらくなったり、少し前のことを忘れてしまったり、目の前にいる人が誰か、今日が何日かわかりづらくなる」ことがあると言われています。
だからみなさんから見たらおかしな行動や言葉をいうことがあるかもしれませんが、それは病気が原因で引き起こされているのかもしれません。
僕の経験からお伝えできることは、必要以上に認知症をタブー視するのではなく、丁寧に説明することで「そういうことなんだ」と知ってもらうこと、「それなら仕方ないね」と理解してもらうこと、「辛いでしょうね」「他人事じゃないね」「何か私に手伝えることあるかな」と共感してもらうことが大切だということです。
理解や共感までいかなくとも、認知症を知ってもらえるだけで「非常識極まりない」という考えが、「それなら仕方がない」という考えに変わる可能性があります。
認知症について、日本では一般市民の方に広く啓発が進んできていると実感しています。
しかし、これから認知症の方が増えていくことが予想される介護施設を利用する方々に対しても、認知症についての理解をしてもらうことが必要だと思います。
嫌な記憶を丁寧に上書きする対応も必要
認知症の方は、知識は忘れやすいけども、感情は記憶に残りやすいと言われています。
そのため、物忘れ(記憶障害)が深刻であるのに、言い争いをしたことや否定されたこと、責められたことなど、嫌な気持ちになった記憶についてはよく覚えている…というケースもよくあります。
出来事そのものは明確に覚えてなくても、そのときの感情(嬉しかったこと、悲しかったこと)が強く残ることは、私たちも同じだと思います。
そして、感情は喜びや嬉しさよりも、不安や恐怖などのほうが強く残ってしまうと言われています
利用者さん同士のトラブルを可能な限り、回避していくための環境調整も必要だと思います。
しかし人間同士だからこそ、ときには感情のぶつかり合いやすれ違いは起こるでしょう。
私たち専門職は、そんなときこそあらゆる手段を駆使して、認知症の方の「嫌なことがあった」というマイナスの感情を、プラスの感情に上書きをするようなサポートを丁寧にしていく、それも支援のひとつだと考えます。