本来であれば、社会制度改革にまつわる大枠の議論を進めて、医療や介護、年金のあり方について充分な議論をしなければならない時期に差しかかっているはずですが、先の参議院議員の選挙期間中に元総理・安倍晋三さんが演説中に銃撃されてしまった事件で、さまざまな議論が止まってしまっております(2022/8/29執筆時点)。

もちろん、介護制度や医療情報、薬品流通といった個別の制度的議論は進んでいますが、国家財政的な手当てが充分に得られるのか不明な段階で各手続きについて議論をしても、後から「実はあれは駄目でした」とか「無理なのでなかったことに」などと言われそうで本当に困ってしまうわけですね。

その中でも、実務上の問題として現在取り組みをしっかりやらんとあかんと思われているのが医療情報の利活用分野であります。

個人の医療データを「仮名加工情報」として活用…で、法整備はどうするの?

先日、厚生労働省で医療データの仮名加工情報(※)をどないするんやという検討会が開催されておりました。ところが、その会議中に座長である森田朗さんが、集まった有識者の皆さんに対して、「匿名化を仮名化にすることでどのようにリスクが増えるのか誰か説明を」と議論の根幹のところを問いかけたところ、誰もこれに正面から返答ができなかったという体たらく。

大変なことではないかということで、社会保障行政と個人情報の取り扱い方面に所縁の深い皆さんがざわざわしておりました。

※仮名加工情報とは…データ内の特定の個人を識別できる情報(氏名等)を、ガイドラインに従って削除または他の記述に置き換えることで、他の情報と照合しない限り特定の個人を識別することができないように加工した情報のこと

実際、筆者も先日、所属先のセミナーで日本医師会名誉会長の横倉義武さんをお呼びして医療情報における仮名加工情報の取り扱いについての議論も整理しておりました。

この仮名加工情報の法整備とデータ運用指針があって初めて、医療機関同士の連携や、在宅医療・介護へのデータ利用もできることをすっ飛ばしてるんですよね。

出典:『医療分野における仮名加工情報の保護と利活用に関する検討会(第2回)』(厚生労働省) 更新

インフォームドコンセントは意味がない!?現代の医療は善意で成り立っている

地域の医療を見守るかかりつけ医が他院と医療連携を行うために「紹介状」を書くことがあります。

かかりつけ医は、それなりに重篤ですぐに精密検査や手術の適用を検討しなければならない際に「紹介状」を書きますが、診療データをどう扱うかの問題に直面します。

患者の意志や了解が確認できないかぎり(本人同意原則として)、かかりつけ医と大学病院・基幹病院間での医療データの連携が難しい状況だからこそ、「インフォームドコンセント(情報共有をしたうえで、医療機関と患者との医療処置・方針に対する合意)」が大事だと教えられています。

しかし、自分の健康に関する問題について、患者は必ずしも適切な判断を下せるわけではありません。特に、まだ確定診断も出ていないような病名に基づいて「あなたの主訴や病状からするとこの病気である可能性が高いので、このような処置をしますね」と医師に説明を受けたとして、患者が「わかりました、それでお願いします」という返答は、本当に理解をしたうえでの本人同意であるのか、実は判然としないわけですよ。

患者よりも圧倒的に病気に対する知識を持っている医師からの説明を受けて「あんたの説明はこれこれがおかしい。誤診だ。説明内容や治療方針に同意しない。帰るわ」などと患者が言い始めたら、それはそれで「面倒くさいこと」になります。

いわば、日本の医療行為や介護に関する業務フローは、お互いが医療行為や介護に誠実に考えて、それなりに知識があって行っているという大前提のうえでの「限りない善意」によって成立しています。嘘はつかないし、医師や歯科医師、介護関係者と患者さん、高齢者とが深い信頼で相互に話し合えているという、ある種のファンタジーがあるんですよね。

医療データの利活用が進まない理由。「とにかく同意」は必要か!?

これらの例はあくまで一部の問題を説明したものにすぎません。一連の仮名加工情報の議論で問題となるのは、患者さんや高齢者の本人同意がなければ医療データを運用できませんという慣例的な不合理をどう改善するかです。

医療データの利活用については、その取得に際して提示された目的が明示されたうえで、それに見合った適切な利用の限定・制限と、提供先の医療機関・社会福祉法人への情報利用の統制が必要となります。

医療や介護を提供する医療機関や社会福祉法人が、得られた医療データを転々と流通させることに関しては統制された提供とするべきである一方、医療データを仮名化して本人として特定できないようにしたデータの非選別利用、すなわちデータはちゃんとデータとして扱う前提であれば、あとは漏洩対策などの安全管理の問題だし、第三者が本人を特定できないのであれば、究極には本来インフォームドコンセントも医療機関間連携などにおける情報提供も要らんよねという話になってきます。

単純な話、高齢者が多数住まう老人ホームや高齢者サービス付き住宅の入所も含めて、必要な手続きや制度説明、大量の書類が毎回行き交います。書類の保管や整理するだけでも一苦労ですよね。

何だかわからないけど本人に説明して同意を示すサインをもらっても、本当にわかっているのかどうかは定かではない。そういう仕組みから早く脱却したいんです。

ただ、上記のようになるべくわかりやすく説明しようにも読者の皆さんにすぐにはご理解いただけなさそうな内容になってしまいます。そういう世界で悪戦苦闘している私ら界隈も悩みが深いんだよ、とぜひご理解いただけますと幸いでございます。