昨年から続くコロナ禍の中、その対策は未だに大変な状況に置かれています。とはいえ、菅政権の公約であった「7月下旬までに希望する高齢者のワクチン2回接種を完了する」という目標はまずまず達成することができました。
ワクチン担当大臣の河野太郎さんや、システム面でフォローされた担当官の小林史明さんをはじめ、厚生労働省、総務省、経済産業省、国土交通省各省庁のご担当者の皆さんのご苦労には頭が上がりません。
また、医療機関および保健所・地方衛生研究所にお勤めのすべての医師・看護師・保健師ほか医療関係者、歯科医師、獣医師を含め接種に協力をしてくださった皆さん、都道府県・自治体職員といったワクチンのデリバリーまで手配を担った皆さんに対し、この場を借りて感謝を述べさせていただきます。
高齢者へのワクチン接種は
希望者にはほぼ行き渡った!?
新型コロナに対して効果が大きいとされるmRNAワクチン(ファイザー&ビオンテック社製、モデルナ社製)の2回目接種を終えた65歳以上の高齢者の割合は85.9%に達しました(2021年8月22日時点)。接種を希望される高齢者には、ほぼ行き渡ったのではないかと思います。
もし皆さんの周囲に、薬などを飲んでいないにもかかわらず接種を終えていない高齢者の方がいらっしゃったら、どうか接種をするよう勧めていただければと思います。
人類の歴史は感染症との戦い!
医学と公衆衛生の進歩はけっこうすごい
この連載でも、かねてより書いてきたところではありますが、感染症と人類の戦いの歴史は有史以来延々と続いてきたものです。今回の新型コロナのような大規模感染症の前にも、世界中で多くの人たちが天然痘や結核、麻疹などで命を落としてきました。
私が公衆衛生や社会保障について興味を持ち、医療政策の立案に携わろうと思った大きな理由も、「感染症対策って大事だよね」「命を守るために私たちに何ができるんだろうか」と思ったからにほかなりません。
今、日本で高齢となり隠居して老後を送っておられる方や、その支援をされている皆さんのご家族の中にも、若くして感染症で亡くなられた方がいるかもしれません。
私には、90歳になる実父がいます。昭和一桁の生まれで四男の父は、3人の兄を結核などの感染症で、幼い時に亡くしています。今では長男の扱いである父は、老境になって、かねがね「あのころ、今みたいな薬があればなあ」と呟きます。
私は、お盆のシーズン前には必ずお参りを兼ねて山本家のお墓に掃除に行きます。その際、墓石に刻まれた墓誌に、本来なら近所づきあいをするであったろう叔父の名前が刻まれているのを見ると切なくなります。
感染症である結核に人類が「勝利した」と言っても、それまでの人類有史以来の長い戦いの果てに、子どもが死なずに済むようになったのは、戦後少し経ってからのこと。せいぜいここ半世紀ちょっとの話でしかありません。私の父の世代ですら、実は感染症の恐怖に怯え、「子は7歳までは神のうち」とされて、いつお別れがあってもおかしくない時代であったことを忘れてはいけないと思うのです。
そう思えば、戦前戦中に行われた成人式というのはどれだけ日本社会において重いものであったかが容易に想像できます。また、多産多死とされた社会が、現代とまったく異なる価値観や規範のもとで人々の暮らしを支えてきたかを考えると、今は何と恵まれた時代なのかと医学や公衆衛生に深い感謝の念を抱かざるを得ません。
ワクチンの発明はまさに奇跡!
一方で日本人全体の接種はまだまだ…
新型コロナは、高齢者だけでなく若い人にも重い症状を引き起こします。さらに、亡くなる可能性も高い病気です。しかし幸いなことに、この手のウイルスに効果があると見られるmRNAワクチンを開発し、実用レベルにまでできたというのも、世界的にみれば奇跡と言ってもおかしくありません。もしもこの発明と実用化が3年、5年とズレていたら、今ごろ世界はどうなっていたことでしょう。
これらは真の意味で人類の叡智です。かけがえのない業績の積み重ねで今に至ることを皆さんも理性ではわかっているのだと思います。
しかし、実際には「感染のリスクを気にせず外出し、友人や同僚と酒を飲み語らう人たち」や「新型コロナを持ち込んでしまうリスクをわかっていながら、まだ感染の広がっていない地域に思わず帰省してしまう人たち」であふれ返っています。
国民には外出自粛を促しておきながら、その一方で東京オリンピックを開催したうえ、コンサートやプロ野球など大規模イベントを実施。そもそも仕事に行くのに毎朝満員電車に乗り、オフィスでは人が密集して働いています。つまり、以前の行動様式はいまだに変えられてはいません。
今でこそ、ワクチン接種が進み、新型コロナに感染して命を落としてしまう高齢者の皆さんは劇的に減りました。しかし、重症化する働き盛りの日本人が増えて、自宅待機の人数が全国で拡大していることもまた事実です。
日本人の全人口で見れば、ワクチンの2回接種を終えた国民はまだ34.3%にすぎません。やはり一刻も早くワクチンを全国民に接種し、今まで以上に留意して感染しないようにしたほうが良いでしょう。
若い世代でも後遺症が発生する?
基本的な感染対策は継続しましょう
もともと新型コロナは、高齢者や基礎疾患をお持ちの方を死の危険にさらしてしまうと言われていました。そのため、ワクチンはこうした方々や医療関係者を優先しての接種が急がれました。しかし、新型コロナによる後遺症の存在は恐ろしいものです。
若年層や30~40代は新型コロナで亡くなる割合が低い年代とはいえ、残りの人生にも影響を及ぼしかねません。新型コロナはその特性上、脳の神経系や血管に作用する可能性が指摘されています。集中力がなくぼーっとしてしまうという「ブレインフォグ」という症状を引き起こすとも言われているのです。
昨今の研究では、ファイザー&ビオンテック社製のワクチンを2回接種した人でも、感染そのものを防ぐ能力は4割強だとされています。半分以上の人は無症状か軽症でも感染する怖れがあり、他人に伝染させるリスクが指摘されています。
さらに、後遺症を引き起こすことがわかってきました。ワクチンを2回接種した人でも、中長期的な影響を考えて、なるべく外出を控え、酒席に参加することはやめたほうがいいと、私は思います。さらに、きちんとマスク・手洗いを励行してできる範囲の防衛策を心がけるほかありません。
何より、現在流行しているデルタ株は、変異ウイルスの中でも感染力が極めて強いことで知られています。従来株とされた昨年の流行の波のウイルスに比べて、咽頭部に表出するウイルス量が約1,000倍。それほど感染力の強いウイルスになっています。こうなると、「屋内でマスクをしているから大丈夫」とはならず、とにかく流行の波が収まるまで大人しくしているほかありません。
今では、ワクチンを2回接種するだけでは不充分ではないかという議論も起こっています。3回目を打つ「ブースター接種」が必要なのではないかとも言われています。イギリスの研究結果でも見られるように、アストラゼネカ製の不活化ワクチンとの併用も行って、ウイルスに抵抗する中和抗体価の引き上げもかなり意識的にやっていかなければならないかもしれないのです。
いずれにせよ「ワクチンを打ったから終わり、新型コロナ問題は解決!」とはならず、むしろ、5年なり10年なり、中長期的な影響や変異株の発生も考えて腰を据えて対策をしなければなりません。
進化した医療とそれを支える政策、そしてそれらに対する理解を社会が深め、国民一人ひとりがきちんと身を護ることで、新型コロナを克服するしかないのではないかと思います。
原稿執筆段階ではわかりませんが、さらなる感染拡大の恐れもあります。読者の皆さんも可能な限りの自衛をされたうえで、健康にお過ごしいただければと願っています。