年金問題を扱う社会保障を専門とする界隈が騒然となっております。昨今も、衆議院選挙を目前にして「社会保障をどうするの?」という話の中で、財務省事務次官の矢野康治さんが「バラマキをやめろ」と与党・自民党に先制パンチを浴びせて大騒ぎになりました。それもこれも必要な政策の財源を年金制度が大半を占めてしまう恐れがあるために慌てている側面があります。
もともと公的年金は、およそ5年に1度の財政検証という「年金に必要な資金は将来にわたって大丈夫なのか?」と基礎調査をやります。そのうえで、「このままだと年金を払う原資が足りないな」という場合は、必要な制度改革を実施する仕組みになっています。そこで、厚生労働省は2019年財政検証のレビューを2020年末に発表し、次の改革につながる追加試算を公表しました。
次の財政検証は概ね2024年に実施される予定になっています。
2024年の年金改正で基礎年金額が大幅に下がる!?
2021年9月10日に厚生労働大臣の田村憲久さん(当時)が記者会見で、2024年の次期年金制度改正における基本的な方向性を打ち出したんですが、簡単にまとめると次のようになります。
- どうやら基礎年金額は大変な減額の予定
- 国民年金の状況が危ういので、基金が厚い厚生年金から繰り入れ
- それでも財源が足りないのは確実なので、国税投入の制度改革も
このように、ちょっとビックリな案を出してきています。9月10日ごろと言えば、前総理大臣・菅義偉さんの突然の総裁選見送り宣言があったりしたときで、東京オリンピック・パラリンピックも終わり、コロナ禍もちょっと一服した状況でした。その中で、いずれ検討しなければいけないこととはいえ、中身が強烈だったので私もビックリしたんです。
年金制度自体は、2004年に「100年安心プラン」と銘打って、経済状況や人口動態・勤労世帯の減少や年金を受給する老年世帯の増加を見込んで「マクロ経済スライド」という仕組みができており、基金の運用状況を見ながら年金支給額を調整できるようになっています。もっとも、私たちの人生が100年でも安心というよりは、保険料徴収と年金支払いのバランスをとることで「年金制度自体は何とか100年は存続するよ」というレベルのものでしかないことは覚えておいて損はないかもしれません。
少子高齢化が進展し、子どもを産むことができる女性の数が少なくなってしまっている以上、今から日本人の人口が増加して、勤労世帯が増えることはなかなか難しいでしょう。また、物価も供給過剰と需要不足でデフレ傾向が続いていて、物価上昇を抑えるために存在している中央銀行たる日本銀行が率先して物価インフレ目標を2%にするとか設定している現状ですので、調整と言っても基本的には「年金支給額を下げる」以外の調整はしていません。
公的年金は社会保険にあたり、日本国民が支払う社会保険料である年金拠出金を根拠にして支給されます。つまり、年金そのものは財産権にあたります。したがって、大原則として日本政府は社会保険料を払ってもらうにあたり、取り決めているルールに基づく給付額を約束している限り、勝手に減額することは許されず、後から別の繰り入れ算段をするのは権利の侵害になりかねません。年金の支払いは国家と国民の間の契約ごとなのであって、後から都合が悪くなったからと言って「すまん、減額するわ」というのは国家が国民に対して行う詐欺も同様だ、ということですね。「ベーシックインカムをやりますよ」とか、「年金基金を安定させるために前述のマクロ経済スライドを超えて調整しますよ」というのは大変なことになります。
1986年に創設された基礎年金の拠出金制度において、この基礎年金給付の財源は、国民年金、厚生年金、共済年金などの加入者比率で割り振られることになっているため、単に当時の厚生労働大臣である田村さんが記者会見に出てきて「お金が足りないから基礎年金とかの制度を変更して給付水準切り下げる検討始めるよ」という話では収まらないのです。そんな軽い話ではありません。
圧倒的に資金が足りない!深刻な財源問題
そもそも2004年の段階で、年金制度改革をするにあたり、「年金100年安心プラン」と大風呂敷を広げたのが悪いのもかもしれません。先にも述べた通り、支払い水準を切り下げれば基金は100年保つかもしれませんが、老後の人生に必要なお金を年金で賄おうとしても足りないのでは、制度的に何の意味があるのかという話になります。
さらに旧民主党政権時に、政権与党の旧民主党と野党であった自由民主党、公明党と「三党合意」として「税と社会保障の一体改革」をやるということで、目的財源として消費税が5%から8%に引き上げられました。また、年金改革法案が上程され、社会保障制度改革推進法の制定とともにマイナンバー制度の推進や社会保障制度改革国民会議の発足が決まりました。
なんかゴチャゴチャしていますが、要するに「社会保障が危ないから、消費税を増税して資金不足の手当てをして、国民から払ってもらう税金と社会保険料を一本化してどうにかしよう」としたところに問題点があります。
その結果、消費税の増税も社会保障改革も不人気だったため、その後の解散総選挙で旧民主党が惨敗し、自民党政権が立ち上がったというのが流れです。結局、国民からすれば年金が減ったり基金が崩壊したりするのは嫌だけど、それをどうにかするために増税するのも嫌ですよね。先述した財務省の矢野さんのように「だからといって、バラマキのように国債を発行して減りゆく未来の日本人にツケを残すのはよろしくない」という発想も出てきます。
厚生労働省もこのままだとマズいということで、基礎年金切り下げの動きを何とか国税投入で防ぎ、年金制度の不可逆的な崩壊を防ぎたいという考えがあるのでしょう。
同様に、制度面から見ると、もともとここまでの高齢化を見越さずにやってきた年金制度を途中で放り投げるわけにはいきませんから、税金を投入するしか方法はなくなります。
他方、現状では基礎年金の半分は政府からの税金で、残り半分が国民年金・厚生年金の基礎年金拠出金で成り立っています。
国民が支払う社会保険料が基礎年金拠出金にあたり、働き手の減少によってここが減っていく限り、投入できる税金の額も減ることになります。これを制度上、「もっと税金を入れられるようにすれば基礎年金の支給額は減らないじゃん!」という話なんですよね。
ところが、税金の方が基礎年金の財源として多いのなら、「なんで年金基金制度を運用してるの?」って話に戻ってきます。「働く人の厚生年金は残して、それ以外の基礎年金と国民年金は解体でいいんじゃないか」という話は当然ながら出てきます。
さらには、厚生年金に入れなかったパートや非正規雇用で働く人たちやフリーランス、また一部の個人事業主などは、普通の勤め人と似たような社会保険料をずっと払ってきた(人もそれなりにいる)にもかかわらず、一連の年金制度改革がそのまま断行されると制度の割を食って、見事な敗者になります。ますます我が国は正社員万歳になってしまいかねません。
制度の不具合は明らか!もっと幅広い議論を!
というわけで、厚生年金の一部と国民年金を一体化して、国民からの年金拠出金の水準を増やせば、自動的に税金からの投入金額も増えるとして、厚生労働省が画策するのも当然ではあります。厚生年金もまた資力が無限大ではないので、制度的にはどんどんくたびれていきます。また、これ以上税金を投入するなら年金制度をそもそもなぜ維持しているのかという話に戻ってしまいますので、ここもまた議論が必要です。
これら一連の問題は、2009年の財政検証でははっきりとわかっていて、すでに指摘されていたことです。そこから足掛け12年経った今、「どうしよう。お金足りないんだけど」と騒いでいるのが今回の議論と思っていただければ間違いはありません。
政府も厚生労働省も財務省も必要な議論を積み重ねてきているのは間違いないのですが、野田政権末期の社会保障改革の流れから、制度的な手当が進まないまま現在に至ってしまったのは残念です。まあ、なんとかしないとなあと思ってたんでしょうが…。
本当は、自民党総裁選でこの手の議論がもっと幅広に行われるべきだったと思います。今秋の衆議院選挙、さらに来年夏の参議院選挙で、真の意味での長期政権になるかどうかが問われるということであれば、もう少しこの話題が議論されても良いのではないでしょうか。