12月15日、報道でもかなりすったもんだしておりました、収入のある後期高齢者に対する医療負担2割への変更が閣議決定しました。「働ける高齢者は働きましょう」という政府の力強いメッセージに、葛藤を覚える有権者も多かったのではないでしょうか。
後期高齢者の医療費負担は「原則2割」に。
しかし対象の「年収200万円以上」は根拠なし⁉
現在、清掃業などを含む軽作業や農業、勤めていた職場での定年後の再雇用などで働く高齢者の割合は増加してきています。2020年9月15日時点での75歳以上の後期高齢者は約1,871万人。単身世帯で年収約383万円以上を稼ぐ現役並み所得を得ている後期高齢者、約130万人ほどは、現行の制度でも医療費を3割負担しています。
つまり今回の2割負担の話は、「所得があって3割負担をしている人たちの下に、新たな2割負担という区分ができるよ」という話ですね。
年収約383万円未満の単身世帯は原則1割負担となっているわけですが、政府は社会保障財源の問題から「2022年度から一定の収入がある後期高齢者の負担を2割に引き上げたい」としていました。
人数の目安でいえば、当初の公明党案である課税所得・年収240万円以上を見込んだ場合、今回の負担増の対象となるのは、所得を基準として上位20%の人になります。つまり、約200万人の高齢者が影響を受けるわけです。一方、政府や自由民主党案では、医療費を2割負担する所得層は上位約40%となる約520万人(年収170万円以上)までにするべきだと主張していました。
政府・自民党案の170万円以上と、公明党案の240万円以上とで揉めた結果、最終的に真ん中らへんを取って「医療負担2割となる高齢者は、課税所得・年収200万円以上とする」という妥協案が成立するわけであります。
条件を200万円以上とする根拠はそもそもまったくありませんし、対象となる高齢者がどのくらいの負担となるのかという試算もはっきりしません。まあそういうことになったわけであります。
ザッツ日本政治と申しましょうか。調整して、落としどころをつくらないと話が進みませんからね。仕方ないね。
「高額医療費制度」の自己負担増は見送りに!
社会保障費の問題は未来の世代にも影響する
もっとも、どのくらいの所得の人がどれだけ医療費を払っているのかという平均値や中央値を頑張って計算して算出したところで、ご存知の通り、病気になってしまえば多額の医療費がかかります。一方で、健康で働きながら穏やかに暮らしている人にとっては、基本的に社会保障費は常に「払い損」となります。
国民皆保険制度の難しさは、統計上は健康な人が少数の傷病者や高齢者を支えるという社会保障のありようを示しているのですが、実際に自分や大事な親族が病気になって初めて実感できる部分が多々ある点です。身近な風邪や予防接種、歯医者さんひとつとっても「自分は健康だ」と思い込んでいる人ですら実はかなり保険制度のお世話になっている、というのが我が国の実態です。
病気になったときには多額の医療費がかかるのだから、それを国民全体で社会保障という形でリスクを分かち合おうというのが趣旨ですので、致し方のないこととも言えます。
一方で、社会保障費において一番問題だとされてきた「高額医療費制度」について、負担金額の見直しは見送られました。病気をした場合、医療負担は高額になります。その際の負担が、個人に単独でかからないようにするための重要な政策だからです。
一方で、諸外国では特に「死の選択」として一定の年齢以上の高齢者は公的な社会保障として医療費を支払わない動きが進んできています。いつ我が国もその流れに乗る議論が出るかはわかりません。
もともと社会保障制度を計量的に見ている側からすれば、人口ボリュームの大きい団塊の世代が後期高齢者入りをしてしまう2025年になると、社会保障制度が現行のままでは維持できず、税金の投入がどんどん増大していくことになります。今働いている現役世代だけでなく、学生さんや子ども、あるいはまだ生まれてこない赤ちゃんにまで「先食い」で負担を強いる話になるわけですから、なかなか大変なことです。
感染症対策などに目が向けられる一方で
介護分野の改革は後回しに…
後期高齢者に2割負担をお願いする年収のラインを巡っては、与党・自由民主党と公明党の間に大きな議論がありました。大まかに分けて前述した「負担をお願いする年収のラインを自民党案の170万円にするか公明党案の240万円にするか」と「児童手当の見直しをセットで議論するか」とで揉めていた印象です。
一連の議論で私が1番気になったのは、「児童手当や医療提供体制、待機児童や男性の育休といった部分で語られる面が強かったな」という点です。とりわけ新型コロナ対策のような突発的な大変動に対する社会保障系議論について網羅的に語られる一方、介護や医薬分業、オンライン診療、医療情報の共有化といった分野はあまり進展が見られませんでした。
あくまで地域包括ケアとして「医療・介護」がまとめられ、かかりつけ医を含めた医療提供体制に対する支援の仕組みはあれども、病院の運営にダイレクトにかかわる看護師や介護保険制度の仕組みに業務も所得も依存する介護業界の議論は含まれていません。
12⽉6⽇に開催された介護給付⾦分科会の資料や議事録には、2021年度の次期介護報酬改定で主眼とされた「地域包括ケアシステムの推進」について、特に異論なく進めている旨が記載されています。
つぎはぎ的な支援策で果たして十分なのか⁉
2025年に向けて介護業界では慎重な議論が続く
2021年1月には、具体的な答申が介護給付費分科会から出る予定です。懸案となる新型コロナ対策にかかわる加算やADL等維持加算などの議論は縫合策、パッチワーク感もあり、続く2024年同時改定、そして2025年の団塊の世代後期高齢者入りに向けて、かなりシビアな調整が進んでいくものと思われます。
単に同世代の人口が多いからという理由で国家財政の観点から脇に追いやられる団塊の世代の皆さんがかわいそうだなと私ですら思うわけですが、一連の議論を見ていると「我が国というのは、追い込まれないとなかなか話ができない社会なのだな」ということを強く感じます。
こんな問題が起きることは、それこそ1990年代からわかっていたことなんですけどね。